殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

現場はいま…その後・1

2023年05月12日 11時03分29秒 | シリーズ・現場はいま…
さあ、皆さまお待ちかね?の

4月から入社した事務員兼、夫のカノジョ…

ノゾミのその後をお話しさせていただこう。

とはいえ、めざましい進展は無い。

こっちは楽しみにしていたというのに、何とも不甲斐ない女である。


私は彼女に会ったことが無いので、どんな顔形か知らない。

が、夫の相手は皆、似たようなものなので見たいとも思わない。

どいつもこいつも不細工だから、見る価値なし。

そのくせ自信満々で、性格に難あり。

そいつらのトップバッターが私だったから、入籍したまでよ。

美人は自分の商品価値を知っているため、なかなか落ちにくいし

落としたところでお金がかかるので、夫は手を出さない。


次男の話によれば、ノゾミさんはガリガリに痩せていて鶏のようだという。

その鶏、いやノゾミは

前任のトトロより頭がいいだけマシだということで、次男には好評だった。

しかし半月もしないうちに、ボロクソだ。


そのきっかけだが、書類に社員の名前を書く時

ノゾミは自分の付けたニックネームを書いていた。

次男のヨシキは「YOO」、マルさんはただの「◯(マル)」。

その二つを書いていたところで次男が気づき、書き直すように言ったところ

ノゾミがブツブツと言い返したので

「これは大事な書類じゃし、親にもろうた大事な名前じゃけん

勝手に略さんといて!」

そう強く言ったら、ふくれて書き直したという。


この人、あんまり働いたことが無いのかもね。

仕事を無断で自分流にアレンジするのが、その証拠。 

本人は合理化のつもりでも、会社にとって迷惑なことは意外に多く

何も知らないのにそれをやると嫌われる。


問題の書類はどこかへ提出するものではなく、社内用。

だからノゾミは名前を略したと思われるが

数年に一回ある外部の監査では、もれなく監査員のチェックが入る。

その時に社員の名前がYOOや◯じゃあ、「ナメとんか?」ということになり

監査が厳しくなる可能性が生じる。

そんなことを知らないから、できるのだ。


次男から話を聞いた私は、他の社員にどんな名前を付けるのかを知りたくなったが

おそらく話しやすい次男と、人当たりのいいマルさんだけだろう。

こういう無茶をやる人は、安全な相手と危ない相手をちゃんと見極めているものだ。


それから数日も経たないうちに、ノゾミは次男に言った。

「ダンプで取引先に連れて行って。

どんな所か見てみたいわ」

本人は軽いおねだりのつもりらしいが、実はこれ、かなりの大胆発言。

営業ナンバーを付けた車両が

勤務中に部外者を乗せるのは、業界の御法度だからである。


なぜ御法度か。

トラック、バス、タクシー、霊柩車などは

人や荷物を運搬することで運賃を得る。

運賃が発生するのだから、お金にならない物は積まないのがルール。

助手席に運転手の友だちが乗っているタクシーに、客は乗りたいと思うだろうか。

同様に、わけわからんギャラリーを助手席に乗せたダンプにも

大事な荷を運ばせるわけにはいかない。

公私を分けた信用の証が、緑色の営業ナンバー…

通称グリーンナンバーだ。


会社の安全運転管理者でもある次男は、驚いて即座に言った。

「お断りします」

しかしノゾミは納得しない。

「仕事を覚えるためには、実際に取引先に行ってみるのが一番いいと思うのよ」

「勤務中に部外者を乗せるわけにはいかん。

事故が起きたら責任取れんし」

「雇用保険があるから大丈夫」

「気は確か?

決められた仕事以外で怪我しても、雇用保険は出んよ」

「じゃあ、事故を起こさなければいいじゃないの」

「そんなの、誰にもわからんじゃないか。

こっちがちゃんとしとっても、年寄りが突っ込んでくる時代じゃ」

「そんなこと言わずに乗せてよ」

「無理!

乗っとる間、あんたの時給はどうなるんよ。

遊んどっても給料もらうことになるじゃんか。

グルじゃ思われたら嫌じゃ」

「遊びじゃなくて、これは研修」

「あんたの研修の手伝いするほど、わしゃ偉うないもん」

「取引先だけじゃなく、ダンプのことも知りたいのよ。

色々理解しておいた方が、仕事にもプラスになると思うし」

「ダンプに乗らんと仕事が覚えられんのなら、覚えてもらわんでええけん」

「それじゃ困るでしょ?」

「わしゃ困らん」


乗せろ乗せないの攻防はさらに続き、何を言ってもダメなので

「ワシは婚約中じゃけん、子供でも婆さんでも

他人の女を助手席に乗せるわけにはいかん」

最終的にそう言ったら、ノゾミはシブシブ引き下がった。


しかし、これで終わらない。

次のターゲットはマルさんだ。

「僕は会社で一番後輩だから、勝手なことはできません」

ノゾミと次男のやり取りを見ていた彼は、そう言って断った。


ナメている次男とマルさんがダメとなると

ノゾミは他の社員に一人ずつ当たり始める。

しかしその頃には次男から無線連絡が回っていたので、頼まれた者は順番に断った。

長男も自分に頼んできたらケチョンケチョンにしてやろうと

手ぐすねひいて待っていたが、きつい彼に依頼は無かった。


“研修”を依頼されなかった人物は、もう一人いる。

社内で唯一の女性運転手、ヒロミだ。

昼あんどんの藤村が、会社に自分のハーレムを作るつもりで入れた第一号…

いわば藤村の置き土産であるヒロミは、相変わらず勤めている。


たとえ厄介な用事でも、頼まれるはずが頼まれないとなると

世話好きのヒロミは面白くないようだ。

「あの女、男好きなんよ…私にはわかる」

そう言って、かなり腹を立てていたという。


怒り狂う次男からこの話を聞いて、私は何だか懐かしい気がした。

ダンプに乗せろとねだるのは、ノゾミがお初ではない。

その昔、夫の姉カンジワ・ルイーゼもよくやっていたことだ。


30年余り前、義父の会社は景気が良く、イケイケ状態だった。

運転手も新人がどんどん入って来て

中にはジャニーズみたいな若くて可愛らしい男の子も何人かいた。

会社って勢いのある時は、若く優秀な人材が集まるものなのだ。


経理をしていたルイーゼは、取引先に何かと用事を作り

ジャニーズのダンプに乗りたがった。

当時はまだグリーンナンバーの規定が緩く

「運転手以外は乗らない方がいい」という程度の認識だったのである。


ただしルイーゼが乗るのはジャニーズのダンプだけで

オジさんやお爺さんのダンプには決して乗らない。

しかし当のジャニーズたちは

ルイーゼを乗せて取引先に行くことを非常に嫌がっていた。

そもそも運転手という生き物は、一人が好き。

一人が好きだから運転手になるのだ。

逃げ場の無い密室で、遠慮な相手から根掘り葉掘り質問されたり

ドライブ気分ではしゃがれるのは、苦痛以外のなにものでもない。


しかも大型ダンプの座席は高い位置にあるため、ただでさえ目立つ。

ルイーゼを乗せていて、妻や彼女と誤解されたら災難だ。

しかし、社長の娘だから乗車拒否はできない。

次は誰が指名されるか…ジャニーズたちは戦々恐々としていた。


やがて会社が斜陽を迎えると、ジャニーズたちは次々に辞めて行き

オジさんやお爺さんばっかりになった途端

ルイーゼは会社にあまり来なくなった。

そのあからさまに、苦笑するしかなかったのはさておき

ノゾミとルイーゼは似ていると思った。

《続く》
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする