殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

現場はいま…その後・2

2023年05月16日 08時14分45秒 | シリーズ・現場はいま…
ダンプで取引先に連れて行って欲しい…

ノゾミから頼まれた次男は、彼女に疑惑を持つようになった。

一回ダメと言われたら諦めればいいものを

理由をつけて執拗に食い下がるのはおかしいと言うのだ。


が、人の旦那と遊ぶだけでは飽き足らず、就職までせしめるような女は

漏れなくおかしいものよ。

対象の人物がマトモかそうでないかは、車の停め方一つを見てもわかる。

社員でも来客でも、今まで会社の駐車場に車を停める人間を

何百人となく見て来た私に言わせれば

およその人間性は車の停め方で把握できると言っても過言ではない。


と言うのも、うちの会社は昔から、白線を引いてない適当な駐車スペースが

事務所の周囲に何ヶ所か散らばっている。

適当だからこそ、停める本人の個性が滲み出るというわけ。


男でも女でもマトモな人間は、事務所から離れた位置へきちんと停める。

この業界は厳格な縦社会、建物に近い便利な場所は役職者の位置という

謙(へりくだ)りの意思を表すと同時に

自分の後から別の車が入って来る可能性を考えて、端っこに駐車するのだ。

駐車には几帳面でも他のことはズサンという夫のアシスタント

シゲちゃんのような例外もたまにはいるけど

駐車の仕方をひと目見れば、大抵のことはわかるというものである。


ノゾミは、事務所のすぐ隣へ斜めに横付けするタイプ。

後から入る車のことを考えるどころか

事務所に一番近いこのスペースに、自分以外は停めさせないぐらいの勢い。

謙虚な常識人は絶対にしない、名付けて“重役停め”だ。

夫の方が遠慮して、ノゾミの邪魔にならないよう、車を隅に停めている。


大昔、義父の会社に入り込んだ夫の愛人、未亡人のイク子も

名前は忘れたが、やはり夫の愛人だったレンタルモップの営業ウーマンも

事務所に出入りする際、このような停め方をしていた。

オトコの会社は自分の物、どこへどう停めても勝手だと勘違いするらしい。


松木氏や藤村も同じような停め方をするので、ついでに言うが

こういうことをする人間はおしなべて仕事が苦手。

縦社会の不文律が肌でわからない者が、この業界で生きていくのは難しい。

そして自分の車が誰かの邪魔になるかもしれないという予測をしない者は

物事を一連の流れで把握できない。

仕事を流れでなく単発でとらえ、作業の内容が一つずつブツ切りになるため

いつまで経っても職場のお荷物だ。


本人にはそれがわかってないので、いっぱしの仕事人ぶるが

一時が万事という言葉があるように、いつまでも周りの手をわずらわせ

やがては嫌われて身を滅ぼす。

初めて会社に来て車を停めた瞬間から、この未来は見抜かれているのである。


とはいえうちの場合、仕事はできなくてもいい。

あの何もしない事務員トトロでさえ、2年も務まったのだから

たいした仕事をやらせているわけではない。

最低賃金の範囲内で、留守番をしてもらえれば十分だ。


何でノゾミの駐車の仕方を知っているかって?

最初のうち、夫は私が会社へ行かなくていいように気をつけていた。

もちろん私も行く気は無く、ノゾミの入社以来、会社とは距離を置いていた。

夫に板挟みのストレスをかけたくないからだ。

彼にはゆったりと過ごしてもらいたい。

そしてできるだけ長生きしてもらって

給料、ひいては年金をしっかりもらっていただかなくてはね。


が、それも長くは続かなかった。

原因は、近頃の郵便事情である。

土日の配達が無くなったのを機に、郵便関連が何かとゆっくりになり

「今日出したから明日着く」という安心感は消滅。

ちょっと油断していると、郵便物の配達が何日も後になってしまう。


残念ながら、夫にはそこまで読めなかった。

期限付きの書類に慌てることが何度かあり、夫から急きょ要請された私は

家で書類を用意して会社に届けたことが何度かあったのだ。


こんな時、事務所に近づかれては何かと困る夫は、外で私の到着を待つ。

事務所の窓には厳重にブラインドが下ろされ

ノゾミも私もお互いの姿を目撃できないようにしてある。

涙ぐましい努力ではないか。


昔はこんなことをされたら、女をかばっていると思って腹を立てただろうが

今は何ともない。

私にザンネンな女を見られたら、福祉だの慈善だのと言って笑われるので

隠しているのだ。

よって、会社へ行った私が見物できるのはノゾミの車だけである。

ホコリをかぶった古いジープを拝んで、さっさと帰るのみ。


前例は未亡人イク子だけなので、データと呼べるほどではないものの

不倫相手の会社にノコノコ就職する女の車って

どうして古いジープなんじゃろか。

イク子もまた、いかめしいジープだったのだ。

「私はそこらの女じゃないわよ」みたいなこだわりは見せたいが

お財布が付いて行かないというところか。

思わぬ共通点を発見し、自身の長年に渡る研究?の成果を

確認したような気がして満足する私であった。


とまあ、私の方はノゾミの車を見て「おかしい」と決めつけていたのだが

次男の言うところの「おかしい」は、どうやら意味が異なるらしい。

ノゾミはアキバ産業のスパイではないのか…彼はそう言うのだ。

アキバ産業とは、うちの会社の隣で営業する同業者。

先代から仲の悪かったライバル会社である。


ノゾミの旦那は、そのアキバ産業の二代目社長の弟分。

いつも一緒に行動し、ニコイチと呼ばれているのは以前から有名だった。

一方で女房のノゾミも旦那と同じく、アキバ産業の社長と親しいらしい。

家族ぐるみのお付き合いというより、「知らぬは亭主ばかりなり」の類いだ。

ノゾミがうちへ入って以降に聞こえてきた、未確認の噂である。


「わざわざ商売仇の愛人を雇うなんて、なんとまぁ懐が大きいもんだ」

そういった皮肉を複数の人に聞かされた次男は

知らぬは亭主だけじゃなく、うちの親父もそうじゃないのか…

ノゾミはアキバ社長の命令で、親父を騙したんじゃないのか…

色仕掛けでうちへ入ったのは、取引先の情報を得るためじゃないのか…

そう懸念するのだった。


ちなみにアキバ産業は昔から、よその仕事を奪うのがお家芸。

義父も何度かやられて怒り狂っていたが

アキバ産業自体は、この手法を繰り返して大きくなった。

ズルいと言いたいのではない。

この業界は常に、食うか食われるかだ。

横取りはれっきとしたビジネススタイル、取られる方に落ち度がある。

アキバ産業は、情報収集や接待の仕方がうまかったのだと思う。


が、長い不況が続くうちに先代が亡くなり

二代目の現社長が引き継いでからは、十何年か前の我が社と同じく

深刻なジリ貧状態に陥っている様子。

交流は一切無くても、そういうことは隣同士であれば感じるものだし

我々は親の会社がダメになっていく過程を実際に体験しているため

手に取るようにわかるのだ。


よその仕事を奪うしか起死回生の手段が無いとなれば

自分の愛人をスパイとして潜入させてでも情報収集に努めるのは

やはりズルいというより企業努力のうちだと思う。

もしもノゾミが本当にアキバ産業のスパイだったとしたら

「あっぱれ」と賞賛しようではないか。

《続く》
コメント (4)
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