殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

現場はいま…トリオ・3

2023年10月25日 14時27分26秒 | シリーズ・現場はいま…
単位の変更を却下され、次は配車に手を出して怒られ…

前任の松木氏と同じ道を辿るピカチュー。

彼が松木コースを歩むつもりであれば

次は港湾事務所に船舶の着岸許可の印鑑をもらいに行くなどの

猿でもできる単純な用事を発見して夫から奪い

本社に向けて、さも重要な仕事をしているかのように振る舞うはずだ。


彼らは、責められるのをひどく恐れる。

何もわからないんだから誰も責めはしないのに、一人で勝手に恐れ

その恐怖を払拭するために、どんなことでもやってしまう。

何もわからないからこそ、周囲にとって迷惑なことを平気でやってしまうのだ。

うちには未経験の年配者が赴任するとこうなるという前例が二つあるので

おそらく間違いない。


それらをマスターしたら、ほどなく本社への告げ口が始まる。

暇にあかせてこちらの日常を観察、大袈裟に報告して

本社の視線を自分から遠ざけるのだ。

並行して、こちらの仕事を横取りして自分の成績にしようと企むようになり

やがては夫を追い出して自分が成り代わろうとするようになるのが松木コース。


が、ピカチューの場合、そこまで進まないと思われる。

なぜなら彼は、松木氏や藤村のように

職を転々とするうちに歪んだテンテン族とは毛色が異なる。

のどかな島の生コン工場へ何十年も勤続した真面目人間であり

仕事の傍ら、山村の自宅周辺で稲作に従事している農耕民族だ。

つまり勤続の信用と農業の退路を持っているため、切羽詰まった飢餓を感じない。


さらに彼は松木氏や藤村と違って本社直接雇用でもなく

本社営業部の一員でもない。

つまり前任者とは雇用条件が異なるため、成績ゼロを責められて苦しむことは無い。


しかも62才という、ピカチューの年齢的ネックが存在する。

松木氏と藤村が中途採用でいきなり営業所長に抜擢され

こちらへ着任した頃はどちらも52才。

転職を繰り返したために少ないであろう年金を案じ

来たるべき老後に向けて野心をギラギラさせながら、最後の一発勝負に賭けていた。

が、ピカチューに残された時間は少なく、追い落とすターゲットである夫も同様。

どちらもじきに引退だから、人を蹴落としてまで自分が居座る必要性が無い。

前任の二人より、気楽ではないかと思われる。

ただしあからさまな悪人より、悪気の無い善人の方が

取り返しのつかない大胆なことをやらかす場合があるので

油断しないでおこう。



さて、ここまではシゲちゃんとピカチューに触れた。

タイトルにあるトリオのトリを飾るのは

言わずと知れた事務員のノゾミ42才…通称アイジンガー・ゼット。

彼女は相変わらず、勤めてくれている。

性格はともかく、頭が良いので仕事はスムーズだ。

他のことはどうでもいい。


夫は、彼女が隣のライバル会社、アキバ産業の社長と愛人関係で

うちのデータを盗むために夫に近づいたことが判明しても

「ノンちゃん」と呼んで可愛がってきた。

あれ、浮気者特有の心理なのよね。

他人のものとわかっても、騙されたと知っても

一回握ったロープは向こうが切るまで離さない。

それを未練がましいと呼ぶんだけど、本人はそうじゃない。

最後の最後まで、可能性は残しておきたいらしい。


「会社に入れたら絶対バレるのに、何でわかりきったことをやらかすの?

やっぱりバカでっか?」

そんな疑問をお持ちの方もいらっしゃるだろう。

バカは認める。


ともあれ社内恋愛で結婚された方は、けっこうおられると思う。

恋愛中は楽しかったし、楽しかったから結婚なさったはず。

秘密を持つのは楽しいし、公になって冷やかされるのも楽しいものだ。

しかしそうなるには、たまたま同じ会社だった…

たまたま同じ部署になった…

たまたま社内のレクリエーションで話すようになった…

など、偶然の出会いという条件が必要になってくる。


一方、自分で人事を決められる自営業者は、そのシナリオを自分で書ける。

言うなれば、社内恋愛の自作自演が可能になるわけだ。

会社で偶然出会うのではなく、好きな人を会社に入れてしまえば

その日から楽しい社内恋愛が始められるではないか。

めぼしい女性の入社を待つより

最初から自分のオンナを入れた方が早く楽しめるという寸法よ。



というわけで、少なくとも夫の方は

嬉し恥ずかしラブリーライフを送って7ヶ月が経過。

夫が楽しければ、私は嬉しい。

毎日、命の洗濯をして、できるだけ長生きしてもらいたい。

年金、あてにしてるからね!


だけど近頃は、さすがの夫も熱が冷めてきた模様。

というのも5月に結婚した次男の新居は、会社にほど近い地域にある。

そのアパートは、夫が毎日通っておしゃべりをする青果店の持ち物。

安く貸すから住んで欲しいと言われ、一も二もなくそこに決めた。


次男のアパートの何軒だか隣には、アキバ産業の本社事務所があった。

さらに住み始めて知ったのだが、アイジンガー・ゼットが旦那と暮らす一軒家は

次男のアパートの向かいだった。


ご近所だとわかり、お互いに驚いた二人。

その時、家賃の話になって、彼女はこともなげに言った。

「ここ、アキバ産業の社宅だから、家賃はタダ同然なのよ」

バブル期の先代たちは、会社の近くに物件が空くと競って買い求めたものだ。

その名残りの家らしい。


それはさておき、アイジンガー・ゼットの旦那とアキバ社長は

ニコイチと呼ばれるほど確かに仲がいい。

が、いくら仲良しでも、住居まで与えてもらうのは不自然だ。

アイジンガー・ゼットの旦那はアキバの社員ではなく、隣町にある工場の後継者。

昔はアキバ産業より、ずっと大きな会社だった。

歴代の社長一族は旧家の名士で通っており

昭和期になって雨後のタケノコのごとく出現した

うちやアキバ産業のような建設業とは格が違う。


今は落ち目とはいえ、その末裔がよその会社の社宅へ転がり込むなんて

男のプライドは無いのか…

それともあの家は、アイジンガー・ゼットの愛人報酬なのか…

モヤモヤした次男は、夫にこの件を話した。

ノンちゃん夫婦がアキバ社長と色々な意味で親密なのは夫も知っていたが

そこまでとは思わなかったので、びっくりしていたそうだ。


以後、私も夫の体温低下を感じる。

アイジンガー・ゼットが、完全にアキバの手の者と認識したのだろう。

あからさまな変化は無いが、出勤する時におしゃれをしなくなったように思う。

新しい服も欲しがらなくなったし、月に3回の散髪の頻度も下がった。

乙女か。

《続く》
コメント (2)
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