実家の母サチコは、週に3回のデイサービスに
ようやく慣れてきた。
最初は嫌がって、迎えが来ても行かずに帰ってもらったり
前日に自分で施設へ電話して断っていたが
困り果てた施設の人に要請されて、私が月水金の朝
実家へ行って送り出すようになったらシブシブ行くようになった。
行ったらすぐに身ぐるみ剥がされて風呂に入らされ
その後は昼食、体操、昼寝と半強制的な日課をこなすのが
気まま星人のサチコには苦行だったらしい。
が、行けばチヤホヤしてもらえるのを知り
今ではまんざらでもない様子だ。
デイサービスに慣れると、次の課題は宿泊。
毎週金曜日にはデイサービスの後、施設に残ってそのまま泊まり
土曜日のデイサービスを終えてから帰宅するプログラムである。
しかし泊まる日の午後になると泣き出して、連れて帰ってもらったり
「明日は泊まりません」
と施設に電話をかけて宿泊拒否が続き
一度も泊まることは無かった。
私はそれについて、気にしてなかった。
今の施設は毎日、昼と夕方に弁当を配達してくれ
デイサービスで週に3回もお守りをしてくれるのだ。
食事の世話がいらないのと、デイサービスに行っている間は
執拗な電話から解放されるだけで、私は十分ありがたかった。
しかし、そうも言っていられなくなった。
サチコ本人が、老人ホームに入りたいと言い出したからだ。
昼間をデイサービスで賑やかに過ごすようになると
一人ぼっちの夜が一層つらくなってきたのだった。
手のかかる老人が、自ら老人ホームへ入居したがっている…
これは私にとって、願ってもない朗報である。
要介護2でも入れるグループホームや
介護サービス付き高齢者住宅、通称“サ高住”は
すでにリサーチ済み。
どちらも月20万弱と高額ながら、空きはほとんど無いが
こっちには道路拡張による家の立ち退き問題が控えているので
優先的に入れてもらえる可能性が高いように思う。
が、一度も泊まったことが無いのに施設へ入所しても
続くわけがない。
入院した時と同じく、帰ると言って暴れたあげく
退所するのは火を見るよりも明らか。
サチコはそういう人間である。
「とにかく1回、今の施設に泊まって練習してみようや」
よって私は説得を続けたが、どうしてもその気になれないサチコ。
うちへ泣きながら電話をかけてきては
「老人ホームへ入れて欲しい」
と無いものねだりを繰り返すばかりだった。
こういう非生産的なことを口にし
あまりの執拗に周囲が動かざるを得ない状況にして
他者が自分のために尽力するさまを眺めるのは彼女の趣味。
そして願望が達成したあかつきには
「やっぱりやめる」と言い出して全てをひっくり返すのは
彼女の癖。
昔からそうなので、わかっている。
だから、本気にしてホイホイと乗ってはいけないのだ。
今の施設のケアマネにも
9月末まで入院していた精神病院の相談員にも相談してみたが
やはり答えは同じ。
「一回泊まってみて、話はそれから」
ということだった。
その間もその後も、サチコは相変わらず施設入所に憧れ続け
施設の人たちにも私にも
「入りたい、入りたい」と繰り返すばかり。
だけど本気で言っているのではない。
こういう爆弾発言をすると周りが驚いて
ちゃんと向き合ってくれるから言っているだけだ。
無駄な“入りたい発言”に辟易した私は、洗脳を試みることにした。
「あんたが今、通うとる施設は、本当は老人ホームなんじゃ。
デイサービスはオマケじゃ。
もう老人ホームに入っとるのと同じじゃけん
好きなだけ泊まって、飽きたら帰りゃええんじゃ」
嘘ではない。
サチコの通う小規模多機能型居宅介護施設は
在宅介護…つまり自宅で生活する老人のサポートが基本だが
泊まりたければ数日、あるいは数週間に渡って泊まることができる。
細かい規定はあるらしいが、自宅と施設の両方で生活できるので
うまく利用すれば、両方のいいとこ取りができる便利な所なのだ。
“本当は老人ホーム”…これは効いた。
騙されたサチコは先週、初めて泊まった。
《続く》