同居する義母ヨシコは最近、青春を謳歌している。
我々の住む後期高齢者ばかりのデンジャラス・ストリートで
2年前から始まった老人健康体操のお仲間とすっかり仲良くなり
老婆の友情を育んでいるのだ。
中でも特に親しくなったのが、原さん。
私とは高校の同級生だった、原君のお母さんである。
彼女は、ヨシコと同い年の88才。
10年ほど前、ご主人に先立たれて以降
原君夫婦と未婚の孫が実家に帰って来て同居を始めた…
その経緯はヨシコと同じだ。
どちらも明るくおしゃべり好きで
のんびりしているところも似ているからか
二人は急速に仲良くなり、原さんはうちへよく遊びに来るようになった。
そりゃもうキャッキャと、女学生のように楽しそうだ。
同じデンジャラ・ストリートの住人でありながら
老人体操が始まるまで、お互いの存在を知らなかった原さんとヨシコは
「もっと早く知り合っていればよかったね」
ことあるごとにそう言い合う。
「お父さん、わたしゃ今楽しいけん、まだ迎えに来んとってね」
仏壇に向かって亡き夫にそう頼むのも同じだ。
私はそれを聞きながら、つい思ってしまう。
「え…まだあの世へ行くつもりはないのかよ…」
この気持ちは多分、原君の奥さんも同じではなかろうか。
原君も二人の睦まじさを喜んでいて
時には母親とヨシコを遠くへドライブに連れて行ってくれる。
嫁が一番嬉しいのは、姑の留守。
ヨシコが朝から夕方まで一日中いないなんて
近年には無かったことだから、これは私も非常に嬉しい。
普段は嫁に気兼ねで大っぴらに親孝行ができないらしき彼は
母親とヨシコを車に乗せ、3人であちこちを観光するのが楽しい様子だ。
そんなある日の午後、原さんはヨシコを自宅に誘った。
「いつもお邪魔してばっかりじゃあ悪いから、たまにはうちにも来て」
ホイホイと出かけたヨシコだが、秋の夕暮れは早い。
おしゃべりをするうち、あっという間に暗くなり
仕事から帰って来た原君が
ほんの100メートル余りの距離を車で送って来てくれた。
帰って来たヨシコは、いつになく神妙な面持ちである。
「原さんとこのお嫁さんはツ〜ンとして、私に挨拶もしないのよ。
原さんとも、ろくに口をきかないんだって。
食事は夜だけ用意してくれるそうだけど、お盆に乗せたのを渡されて
原さんは自分の部屋で一人で食べるんだって。
家族が食べる時に、台所へ行ったらいけないんだって」
いつも明るく楽しい原さんの現実を知って、ショックだった模様。
あんたもそうしてくれたら、どんなに静かだろう…
それを聞いた私は思ったが、今さら言えないので無反応を通す。
原君の奥さんは私より一つ年上だそうだけど、なかなかやるじゃん。
厳格なルールを決めないまま中途同居になだれ込んだばっかりに
上辺の愛想を浮かべて我慢する私より、ずっと潔い。
しかしヨシコの衝撃は、それでは終わらなかった。
翌朝、ヨシコの友だちである骨肉のおトミの娘、聖子ちゃんから電話が。
「おばちゃん、昨日は原さんの家に行って
暗くなるまで帰らなかったんだって?」
聖子ちゃんと原君の奥さんは同級生で、仲がいいらしい。
原君の奥さんは、ヨシコがなかなか帰らなかったことを
聖子ちゃんにしゃべったのだ。
もっとも聖子ちゃんの用件は、そのことではない。
彼女の母親おトミとヨシコの3人で、ドライブに行こうというお誘いだ。
おトミは認知症が進み、今では話をすることもできなくなったが
聖子ちゃんは週一のペースでヨシコを誘う。
しかし肝心のおトミが何もしゃべらないので面白くないヨシコは
何やかんやと理由をつけて
聖子ちゃんの誘いを断ることが多くなっていた。
この時も例のごとく、ヨシコが体調を理由に断ると
「おばちゃん、原さんの家には長居ができても
私とお母さんには会えないの?」
聖子ちゃんから鋭い指摘が。
なにしろ彼女の母親の友だちは、絶滅寸前である。
インスリンのおタツは3〜4年前に亡くなったし
尿漏れのおチヨは認知症で寝たきり。
バランスのおシマは旦那さんが暴力系の認知症で
精神病院へ強制入院となったため、急に一人暮らしになって
ドライブを貫徹する気力を失った。
聖子ちゃんは夢うつつの母親に少しでも刺激を与えたくて
唯一残ったヨシコを誘うのに一生懸命なのである。
「なんて恐ろしい…」
自分の行動が、思わぬ第三者に筒抜けだったと知り
電話の後で真剣に怖がるヨシコだった。
原君の奥さんは美人だけど、私にもそっけない。
旦那の同級生ということで警戒しているのか、それとも人見知りなのか
キラリと光るメガネの奥の目は、とっても冷たいわ。
暗くなってもお迎えに行かなかった私まで、非難された気分よ。
「これからは原さんの家へ行かずに、うちへ来てもらいんさい」
「そうする!」
共通の敵が出現し、結束する嫁姑であった。