高貴な方々の住まわれる
森のお屋敷に嫁がれることになった、まさか様。
美しいだけでなく、大変な秀才であり
海外経験が豊富な帰国子女
独身時代は、国際的なお仕事をされていたそうです。
「国際感覚が身に付いたスーパーウーマン」
という触れ込みに、村人の誰もが安心しました。
アウェーでの活躍はお手のもの‥
そう思ったからでした。
しかし村人たちは、ほどなく
「まさか!」を口走ることになるのでした。
結納の日、祝福に訪れた村人の前に
振袖姿で現れた美しいまさか様が
まさかのヨチヨチ歩きだったからです。
七五三の季節に神社で見かける、幼児のあれです。
「海外生活が長かったので
着物を着慣れていらっしゃらないだけだ。
かえって初々しいではないか」
村人たちは好意的にとらえました。
盛大な結婚式では、長い衣装のスソが廊下に引っかかり
何度もつまづきそうになるまさか様を
村人はヒヤヒヤしながら見守りました。
何度目かで、スソを持つ係の女性を振り返り
キッとにらみつける、まさか様。
そのお顔は、ご婚約前の怖い娘さんを
ほうふつとさせました。
「やっぱり、あれが本当のまさか様ではないのか」
という声もありましたが
着物を着るとヨチヨチ歩きになってしまう
まさか様の足さばきが原因と知らない人々は
「優秀なキャリアウーマンだから
出来の悪い部下に厳しいのだ」
と反論しました。
真相がどうであれ、結婚式は済んだのです。
怖いから返そう、というわけにいきません。
森のお屋敷の方々がお決めになったことですから
村人は、お屋敷の方々に寄せる思いと同様に
まさか様を誇りに思い、尊敬し、憧れ
大好きになるしかないのです。
ただ、ここで言われる「国際感覚」の意味は
わかったような気がした村人たちでした。
「ご自分の国のことは、あんまりご存知ない」。
さて、まさか様の独特な国際感覚は
お着物だけでなく、お洋服にも現れました。
森のお屋敷の方々が揃ってお出ましになる際
他の方と同じ色の衣装をお召しになることが
たびたびあったのです。
特にご次男の奥様や、ご親戚の奥様のお一人と
頻繁に衣装がかぶります。
並んで立たれると、まるで双子のようです。
村人たちは最初、偶然だと思いました。
そして次に同じことがあった時は
ペアルックと思いました。
「さすが、まさか様。
もう仲良しになられて、お揃いを楽しんでおられる」。
けれども作法に詳しい者は
「まさか!」と、密かに驚いていました。
お屋敷の女性たちが揃ってお出ましになる時は
各自が衣装の格を揃えるのはもちろん
特に色は、重ならないように配慮します。
この国のセレブは、調和を重んじるからです。
上流階級は完璧な縦社会。
子供より親、次男より長男、分家より本家と
立場の上下が厳格に決まっています。
衣装の色ひとつでも、上から順に決めますから
順番が後のかたは
すでに決まっている色を避けます。
ですから衣装がかぶるという事態は
上のほうに位置するどなたかの
強い意志による故意でしか
起こるはずがないのでした。
これが3回、4回と続きますと
村の女たちの中にも
「まさか!」と言う者が出てきました。
まさか様と同じ色の衣装をお召しの
ご次男の奥様や、ご親戚の奥様の
当惑を抑えた懸命な笑顔に気づいたからです。
庶民といえど、女であればわかります。
心して装った席で、同じ服を着た別の人がいたら
たとえ偶然だとしても大変な衝撃です。
それは残酷な事故以外の何物でもありません。
庶民であれば、泣きながら帰れます。
しかし森のお屋敷の方々は
笑顔で耐え抜くしかありません。
個人的な感情で中座するのは
マナーに反するからです。
村の女たちはその姿に、真の高貴を見るのでした。
女たちの「まさか!」は
海外から要人をお招きした時、確信に変わりました。
出迎えたまさか様が
要人の奥様と同じ色のお洋服をお召しだったからです。
満面の笑みのまさか様。
引きつった笑顔のお客様。
まさか様の得意技「双子の刑」は
お身内だけでなく、外部にも炸裂した模様です。
これが何回か続くと
今まで気づかなかった村人たちも
さすがに「まさか!」と言うようになりました。
「止める者はいないのか」
「おもてなしどころか
喧嘩を売っているのではないのか」
そんなささやきに
「まさか様には、双子のお妹様がいらっしゃる。
お揃いは、まさか様の親しみの表現なのだ!」
残り少なくなった擁護派が叫ぶ言い訳は
むなしく響くのでした。
どっとはらい。
この物語はフィクションであり
実在する団体や人物とは一切関係ありません。
森のお屋敷に嫁がれることになった、まさか様。
美しいだけでなく、大変な秀才であり
海外経験が豊富な帰国子女
独身時代は、国際的なお仕事をされていたそうです。
「国際感覚が身に付いたスーパーウーマン」
という触れ込みに、村人の誰もが安心しました。
アウェーでの活躍はお手のもの‥
そう思ったからでした。
しかし村人たちは、ほどなく
「まさか!」を口走ることになるのでした。
結納の日、祝福に訪れた村人の前に
振袖姿で現れた美しいまさか様が
まさかのヨチヨチ歩きだったからです。
七五三の季節に神社で見かける、幼児のあれです。
「海外生活が長かったので
着物を着慣れていらっしゃらないだけだ。
かえって初々しいではないか」
村人たちは好意的にとらえました。
盛大な結婚式では、長い衣装のスソが廊下に引っかかり
何度もつまづきそうになるまさか様を
村人はヒヤヒヤしながら見守りました。
何度目かで、スソを持つ係の女性を振り返り
キッとにらみつける、まさか様。
そのお顔は、ご婚約前の怖い娘さんを
ほうふつとさせました。
「やっぱり、あれが本当のまさか様ではないのか」
という声もありましたが
着物を着るとヨチヨチ歩きになってしまう
まさか様の足さばきが原因と知らない人々は
「優秀なキャリアウーマンだから
出来の悪い部下に厳しいのだ」
と反論しました。
真相がどうであれ、結婚式は済んだのです。
怖いから返そう、というわけにいきません。
森のお屋敷の方々がお決めになったことですから
村人は、お屋敷の方々に寄せる思いと同様に
まさか様を誇りに思い、尊敬し、憧れ
大好きになるしかないのです。
ただ、ここで言われる「国際感覚」の意味は
わかったような気がした村人たちでした。
「ご自分の国のことは、あんまりご存知ない」。
さて、まさか様の独特な国際感覚は
お着物だけでなく、お洋服にも現れました。
森のお屋敷の方々が揃ってお出ましになる際
他の方と同じ色の衣装をお召しになることが
たびたびあったのです。
特にご次男の奥様や、ご親戚の奥様のお一人と
頻繁に衣装がかぶります。
並んで立たれると、まるで双子のようです。
村人たちは最初、偶然だと思いました。
そして次に同じことがあった時は
ペアルックと思いました。
「さすが、まさか様。
もう仲良しになられて、お揃いを楽しんでおられる」。
けれども作法に詳しい者は
「まさか!」と、密かに驚いていました。
お屋敷の女性たちが揃ってお出ましになる時は
各自が衣装の格を揃えるのはもちろん
特に色は、重ならないように配慮します。
この国のセレブは、調和を重んじるからです。
上流階級は完璧な縦社会。
子供より親、次男より長男、分家より本家と
立場の上下が厳格に決まっています。
衣装の色ひとつでも、上から順に決めますから
順番が後のかたは
すでに決まっている色を避けます。
ですから衣装がかぶるという事態は
上のほうに位置するどなたかの
強い意志による故意でしか
起こるはずがないのでした。
これが3回、4回と続きますと
村の女たちの中にも
「まさか!」と言う者が出てきました。
まさか様と同じ色の衣装をお召しの
ご次男の奥様や、ご親戚の奥様の
当惑を抑えた懸命な笑顔に気づいたからです。
庶民といえど、女であればわかります。
心して装った席で、同じ服を着た別の人がいたら
たとえ偶然だとしても大変な衝撃です。
それは残酷な事故以外の何物でもありません。
庶民であれば、泣きながら帰れます。
しかし森のお屋敷の方々は
笑顔で耐え抜くしかありません。
個人的な感情で中座するのは
マナーに反するからです。
村の女たちはその姿に、真の高貴を見るのでした。
女たちの「まさか!」は
海外から要人をお招きした時、確信に変わりました。
出迎えたまさか様が
要人の奥様と同じ色のお洋服をお召しだったからです。
満面の笑みのまさか様。
引きつった笑顔のお客様。
まさか様の得意技「双子の刑」は
お身内だけでなく、外部にも炸裂した模様です。
これが何回か続くと
今まで気づかなかった村人たちも
さすがに「まさか!」と言うようになりました。
「止める者はいないのか」
「おもてなしどころか
喧嘩を売っているのではないのか」
そんなささやきに
「まさか様には、双子のお妹様がいらっしゃる。
お揃いは、まさか様の親しみの表現なのだ!」
残り少なくなった擁護派が叫ぶ言い訳は
むなしく響くのでした。
どっとはらい。
この物語はフィクションであり
実在する団体や人物とは一切関係ありません。