図1 加速する量子もつれの伝搬の概要図
ボーズ粒子は有限の速度を持って移動することを解明した。また、ボーズ粒子が同じ場所にたくさん集まるとそれぞれが協力し合って量子もつれの伝達速度を大きくすることを明らかにした。この現象は、特定の情報伝達路においてボーズ粒子が集中することで、その伝達路の情報伝達速度が向上することを意味する。例えば、2次元格子上にボーズ粒子が配置されている状況では、中央部の粒子の密度が低い(a)場合、その部分の伝達速度も比較的小さくなる。しかし、多数のボーズ粒子が中央部に集中している(b)場合、そこでは伝達速度が大きくなる。
本研究は、情報伝達の加速という、以前は考えられなかった現象を明らかにしました。従来、多くの科学者は、ボーズ粒子系もフェルミ粒子系と同様に、情報は一定の速度で伝達されると考えてきました。この新しい発見は、そのような直感に反するものです。しかし、この加速現象は理論上可能であっても、実際の自然界では起こりにくいということも、本研究では指摘しています。通常の条件下では、情報伝達は依然として有限の速度を持つことが、共同研究チームによる以前の研究結果で証明されています注)。本研究で取り上げた概念であるリーブ・ロビンソン限界は、情報伝達速度に関して可能な最大速度の限界を設定する理論的な枠組みです。ボーズ粒子の相互作用におけるこの限界を正確に理解するためには、さまざまな状況下での伝達速度をすべて考慮に入れる必要があります。この問題が解決されなかった主な理由の一つは、ボーズ粒子同士の相互作用がとても複雑で、すべての可能性を考慮することが困難だった点にあります。この課題に対処するため、共同研究チームは情報が最も早く伝わる条件を理論的に予想した上で、その条件が本当に最適であることを数学的に証明することに成功しました。この成果は、複雑な粒子の相互作用を理解し、情報伝達の限界をより深く掘り下げるための重要なステップです。
本研究の応用として、リーブ・ロビンソン限界を活用して、量子コンピュータ上で相互作用するボーズ粒子系をシミュレートする新しい手法を開発しました。量子多体系では、多くの量子力学的な粒子が複雑に相互作用しており、これを従来のコンピュータで正確かつ効率的にシミュレートするのは難しい課題です。ここで量子シミュレーションの技術が重要な役割を果たします。共同研究チームは、量子コンピュータを使用して量子ビットを操作し、目的の量子系をデジタル的に模倣するデジタル量子シミュレーションに焦点を当てました。このプロセスでは、ボーズ粒子の動きを模倣するために、時間を細分化して区間ごとに適切な量子演算を実行する必要があります。量子もつれの生成量、つまり時間内にどれだけの量子もつれが生じるかは、必要な量子演算の量を決定する鍵となります。本研究で得られたボーズ粒子系のリーブ・ロビンソン限界により、量子もつれの生成量を定量的に評価することが可能になりました。これにより、ボーズ粒子のデジタル量子シミュレーションを、高い精度を保ちながら最も効率的に実行するための方法が確立されたのです。この進展は、量子シミュレーションの分野における大きな一歩となり、複雑な量子系の研究や量子コンピューティングの応用範囲を広げる可能性を秘めています。
光子は他のボゾンと共存することができます。ボゾンはその性質上、同じ量子状態を持つ複数の粒子が存在できるため、光子は他のボゾン(例えば、WボソンやZボソン、グルーオンなど)と同じ空間で共存することができます。
ただし、これらのボゾンは異なる相互作用を持ち、具体的な条件や環境によって影響を受けることがあります。例えば、電磁相互作用を介して光子と他のボゾンが関与するプロセスがあるかもしれません。また、場の理論や素粒子物理学における標準模型により、様々なボゾン同士の相互作用が記述されています。このため、光子と他のボゾンは共存することができますが、それぞれの相互作用の違いを考慮することが重要です。
AI
ボース粒子とフェルミ粒子は、統計力学において重要な概念です。これらの粒子系における情報伝達速度が一定の速度で伝達されるというのは、通常の熱力学的な議論の範囲内で成り立つものです。
しかし、特殊相対性理論や量子情報理論においては、情報伝達速度が光速を超えることは一般的には認められていません。情報の伝達速度が光速を超えると、因果律の原則に反する可能性があります。このような超光速の情報伝達は、通常の物理法則に矛盾するため、一般的には受け入れられていません。
したがって、一般的な物理法則に従う限り、ボース粒子系やフェルミ粒子系においても情報伝達速度が光速を超えることは考えにくいとされています。
リーブ・ロビンソン限界速度(Leeb-Robinson bounds)は、量子力学において情報が伝達される速度に関する限界を示す概念です。1972年にエリオット・リーブとデレク・ロビンソンによって提案されました。
リーブ・ロビンソン限界速度は、情報伝達速度が光速よりも速い場合に生じる因果関係の矛盾を回避するために導入されました。この限界速度は、量子系において局所な操作で情報を伝達する速度が光速よりも速くないことを示しています。具体的には、この速度が万有引力定数、プランク定数、およびボルツマン定数などの物理定数の関数として表現されます。
リーブ・ロビンソン限界速度は、量子情報理論における重要な概念であり、量子力学における因果律や情報伝達速度に関する理論的な制約を理解する上で重要な役割を果たしています。これによって、因果関係の矛盾を回避しつつ、量子系における情報伝達の速度に関する枠組みを確立することが可能となります。
AI
- 注)Tomotaka Kuwahara and Keiji Saito, Lieb-Robinson Bound and Almost-Linear Light Cone in Interacting Boson, Systems Phys. Rev. Lett. 127, 070403 (2021)
- 1. ボーズ粒子
ボーズ・アインシュタイン統計に従う量子粒子で、整数のスピン(角運動量の量子数)を持つ。この性質により、複数のボーズ粒子が同じ量子状態を同時に占有することが可能になる。典型的なボーズ粒子には光子(光の粒子)、グルーオン(強い力を媒介する粒子)、および一部の原子がある。 - 2.量子もつれ
二つ以上の粒子がその量子状態において密接に関連し合っている現象で、一方の粒子の状態を測定することで、即座に他方の粒子の状態が決定される性質を持つ。距離に関係なく瞬時に情報が伝わるような特性があり、量子情報技術や量子コンピューティングにおいて重要な役割を果たす。 - 3.量子コンピュータ
従来のコンピュータとは根本的に異なる原理で動作する計算機。従来のコンピュータがビット(0または1)を情報の基本単位として使用するのに対し、量子コンピュータは量子ビット(qubit)を使用する。量子もつれを利用することで、従来のコンピュータよりもはるかに高速に計算を行うことができる。 - 4.リーブ・ロビンソン限界
量子多体系における情報伝達の限界速度を表す。1972年にエリオット・リーブとデレク・ロビンソンによって導入された。この速度は、系の物理的特性や相互作用の強さに依存し、量子もつれや情報の非局所的な伝搬に対する基本的な制約である。 - 5.フェルミ粒子
スピンが半整数(1/2、3/2……)の粒子で、パウリの排他原理に従う。この原理によれば、同じ量子状態に二つのフェルミ粒子が存在することはできない。電子、陽子、中性子などがフェルミ粒子の例である。フェルミ粒子の性質は、原子内の電子配置や固体の電気的性質など、多くの物理現象を説明するのに重要である。 - 6.精度保証
量子計算では一般的に計算にエラーが存在することが知られている。精度保証とはこのエラーを定量的に評価し、信頼性の高い計算結果を得るための方法論を指す。 - 7.量子スピン系
量子力学においてスピンと呼ばれる内在的な角運動量を持つ粒子の集まり。 - 8.超伝導
特定の物質が非常に低い温度に冷却されたときに電気抵抗が完全にゼロになり、電流が無損失で流れる現象。 - 9.超流動
液体ヘリウムが極低温に冷却されたときに起こる量子力学的現象で、この状態では液体が粘性を失い、まるで内部の摩擦がゼロであるかのように振る舞う。 - 10.ボーズ・アインシュタイン凝縮
ボーズ粒子が極低温に冷却されたとき、量子力学的な効果が巨視的なスケールで顕著になり、多数の粒子が最低エネルギー状態に「凝縮」して同じ量子状態を共有する現象。