父は勝手な人だった。常識とか、自制とか・・・そういうことが通用しない厄介な人だった。
気に入らないことがあると、いきなり人の見ているテレビを消す。
ちょっとした冗談に大声で激怒する。
とにかく自分を否定する言葉に過剰に反応した。アルコール依存症の一歩手前とも言えた。
心配してなにか言っても聞く耳をもたない。
「弱い犬ほどほえる」
こども心にそう思った。
嫌いだった。
今も決して好きとは言えない。
ただ母が、あれだけ苦労させられた母が愚痴を言いつつも見捨てない訳はこうだった。
「お父さんはかわいそうな人」
売れない作家と世間知らずで病弱な女の長男として生まれた父は、こども時代親せきの家に預けられたそうだ。詳しい話は聞いたことがない、という母。
おそらく親の愛情を受けることもなく、世の中の常識を教えられることもなく一人で大人になった。
親に愛された記憶のない人間は家族の愛し方も知らない。人を信頼したり、心から打ち解けられないのだ。
「大人なんだから、そんな傷から立ち直って幸せな家庭を築こうって思うのが普通じゃない?」
と母も私もずっと思っていた。
でも違う。
こどものころの傷は深いのだ。
そんな父を見て、わたしは息子たちをたくさん抱きしめようと思う。好きだよ、って飽きるほど聞かせてあげようと思う。