まあ、誰にでもあることだとは思いますが。
松浦も人並みに死にかけたことがあります。
最初は中学二年で、次が三年だったかな。当時は原因不明のアレルギー持ちで、気道が閉塞してしまい呼吸困難になるというのがマイブームでした。
酸素が足りなくなると、まず目が見えなくなって、意識が遠のいていくんですね。
走馬灯とか、臨死体験でよく言われる三途の川とか、そんなものみている余裕なんてありませんよ。
もうね、なんとか生き延びようと必死でした。
ひどい頭痛のなか、深く呼吸するのがいいのか、それとも短い呼吸を早く繰り返すのがいいのか、など考えたり。
どのみち呼吸困難だから、ろくに息なんてできないんですけどね。
当時も決して生活が楽しかったわけではありませんが、まだ希望があったような気がします。今では幻想、と切って捨てるようなものを大切にしていた、といいますか。
今思えば、あれだけ苦しんだんだから、あと一歩踏み出して生きるのをあきらめていれば楽だったのにな、とちょっと後悔している今日この頃です。
無駄にがんばってしまった自分にごめんなさい。
松浦も人並みに死にかけたことがあります。
最初は中学二年で、次が三年だったかな。当時は原因不明のアレルギー持ちで、気道が閉塞してしまい呼吸困難になるというのがマイブームでした。
酸素が足りなくなると、まず目が見えなくなって、意識が遠のいていくんですね。
走馬灯とか、臨死体験でよく言われる三途の川とか、そんなものみている余裕なんてありませんよ。
もうね、なんとか生き延びようと必死でした。
ひどい頭痛のなか、深く呼吸するのがいいのか、それとも短い呼吸を早く繰り返すのがいいのか、など考えたり。
どのみち呼吸困難だから、ろくに息なんてできないんですけどね。
当時も決して生活が楽しかったわけではありませんが、まだ希望があったような気がします。今では幻想、と切って捨てるようなものを大切にしていた、といいますか。
今思えば、あれだけ苦しんだんだから、あと一歩踏み出して生きるのをあきらめていれば楽だったのにな、とちょっと後悔している今日この頃です。
無駄にがんばってしまった自分にごめんなさい。