TONALITY OF LIFE

作曲家デビュー間近のR. I. が出会った
お気に入りの時間、空間、モノ・・・
その余韻を楽しむためのブログ

川口&スミルノフ組に寄せて

2015-02-11 23:21:17 | フィギュアスケート
ソチ五輪で残念だったことの一つに、ペアの川口悠子&アレクサンダー・スミルノフ組の不在が挙げられる。
スミルノフの怪我により出場は叶わなかった。
ピークに向けた調整も二人分となるのがカップル競技の難しいところ。
しかしながら今シーズン、昨シーズンの思いも乗せて円熟の域に到達した二人の姿がある。
スケートアメリカと欧州選手権の映像をぜひ確かめてほしい。

このペアにはっきりと魅了されたのは、バンクーバー五輪終了後のシーズン。
フリーで演じたドビュッシーの「月の光」である。
2シーズン続けて滑るなかで、衣装の “青” は試合毎に変化を見せた。
緑がかったり、目の覚めるような鮮やかなものになったりと、様々な青い夜がリンクに帳をおろしたものだ。
特に2010-2011シーズンのデススパイラルに入る箇所は曲とのシンクロが秀逸で、
満月の光の輪や、宇宙における軌道にまで思いを馳せてしまうような広がりがあった。
直後に同じ回転運動のスピンへと移行するところもいい。
またつなぎの要素も実に多彩で、女性が男性に巻き付いたときのフォルム、
抱えられた女性の空中遊泳のようなモーションと、
月夜の無重力感もが随所に散りばめられていて、まさに芸術的なのである。
すばらしい演技というのは曲のよさを一段と引き立てる。
西洋音楽史におけるドビュッシーという革新的な存在、
そして「月の光」こそが彼一番の傑作なのではないかとたたみ掛けるように訴求してきた。
終盤のリフトは様々なポジションへと変化し、
モスクワのワールドでは「万華鏡のよう」と実況していたのも印象的。

今シーズンは何と言ってもサイドバイサイドのジャンプがピタっと決まるところから安定感がある。
ショートの「タイスの瞑想曲」では余裕さえ感じさせ、
フリーのチャイコフスキーではいかにもロシア的で重厚な響きのうえに感情が炸裂する。
様々なことが遂に噛み合って、世界選手権の表彰台、それも中央を狙える位置にいると言えよう。
当初はペア界屈指のマッチョ・スミルノフと、あまりにも線の細い川口との対比に目が行った。
しかしいつしかそれは気にならなくなり、むしろロシアの伝統仕込みで洗練されていくのが楽しみになっていた。
先の欧州選手権でのエキシビションは何と「月の光」。
競技用より短い編集で例のデススパイラルの場所は変わってしまったが、
この選曲からも集大成に向けた二人の意気込みが大いに伝わって来るのである。

テサモエとメリチャリ ~ アイスダンス雑感

2014-09-23 23:12:17 | フィギュアスケート
テッサ・ヴァーチュは腕が特に美しい。
リフトの終盤、高いポジションで腕を上げながら旋回すると、ひときわ黄金のような輝きを纏う。
テッサ・ヴァーチュ&スコット・モイア組(カナダ、以下テサモエ)。
バンクーバー五輪で白鳥のような気品の「アダージェット」を演じた翌年、
モスクワのワールドでは野性味たっぷりのラテン・メドレーを披露した。
同じカップルが醸し出すとは思えない雰囲気の落差と、灼けた肌のテッサに釘付けになった。
少年少女の面影を残した2007-2008シーズンの「シェルブールの雨傘」も忘れられない。

一方でライバルのメリル・デイヴィス&チャーリー・ホワイト組(アメリカ、以下メリチャリ)の個性が弾けたのは
バンクーバー五輪シーズンの「Indian Bollywood」。
インドの古典舞踊を大胆に取り入れたこのプログラム、
フィニッシュのポーズはヒンドゥー寺院の彫刻からたった今抜け出たかのようであった。
五輪の金をテサモエに越された後は、ソチでは何としても頂点をという気迫が増したように感じる。
バンクーバーより後の二組の成績は、その執念の差としか思えない。
また、同等の実力を持つ選手が門下にいたら、しかもそれが世界最高峰レベルだとしたら、
指導者は金メダルを分け与えたいと思うものなのだろうか。
二組ともロシア出身のコーチ、マリナ・ズエワの元でしのぎを削ってきた訳だが、
ソチのシーズンに「シェヘラザード」を与えた時点で、コーチもメリチャリに肩入れしたと言うべきであろう。
おまけにエキシビションまでラフマニノフという、開催地ロシアを意識した選曲。
それに引き換え、テサモエのフリーダンスは音楽があまりにも平凡過ぎた。

閃いたアイディアが高い身体能力と技術によって具現化される、
静と動、太陽と月、といった対の世界を一度に作り出せる、などなど
コーチがこの二組から受けるインスピレーションも絶大であったに違いない。
脂の乗り切ったデザイナーが待ち望まれて開くコレクションのように
毎シーズン凝った新作を楽しませてくれたのは、
アイスダンスファンにとって幸福な時代であったと言えよう。
甲乙付け難い北米の2強がまばゆい輝きを放ったあと、
これからのアイスダンス界がどうなるのか気になるところである。

R. I. がアイスダンスの面白さに目覚めたのは1994年のリレハンメル五輪のこと。
プロの参加が認められたこの大会では、
サラエボでボレロを舞った伝説のカップル、トービル&ディーン組(イギリス)が復帰した。
プロの世界で培われた魅せる演技に客席は沸きかえったものの、
逆転の金メダルをさらったのはロシアの若きカップル、グリシュク&プラトフ組(ロシア)のロックンロール・ナンバーだった。
スピード、シャープさで明らかに上回った後者に軍配が上がって、
フィギュアはやはりスポーツなのだと大いに納得したものだ。

あの頃に比べると、様々なポジションでのリフトといい、高速回転のツイズルといい(逆回転まで!)、
アイスダンスは随分とアクロバティックな種目に変容した。
スポーツとしての側面が強化されたと言えなくもない。
画面いっぱい大写しになっても見栄えのするハリウッドスター並の美男美女が揃っているのもこの競技の魅力。
銀幕ならぬ銀盤は美しい人間を引き立てる。
時に衣装まで細密に描かれた童話の挿絵が現出したように感じることすらある。

トリプルアクセルのバトンはラフマニノフに乗って

2014-04-01 23:15:51 | フィギュアスケート
さすがは大技、トリプルアクセルが決まると氷上でカラットの大きな宝石が輝いたかのよう。
ショートの衣装ならアメシスト、フリーなら群青のサファイヤといったところか。
世界選手権@さいたまの浅田真央、ノクターンの録画をもう何度リピートしたことだろう。

成功から遠ざかっていたときはリスクが高過ぎるのではと気を揉んでしまったが、
ピタッと着氷するととてつもなく魅力的である。
フィギュアのジャンプのなかで唯一前向きに踏み切るため、回転力や飛距離を得やすく、豪快にして華麗。
「このジャンプを失いたくなかった」と語る浅田自身こそが、誰よりもトリプルアクセルに魅了されているのに違いない。
高難度ジャンプへの挑戦をまるで罰ゲームのように回転不足で減点する採点システムのなかで、
よくも挫折することなく跳び続けてきたと思う。
しかもフォームが以前より明らかによくなった。
跳ぶ前の姿勢、着氷後の流れ、希少な宝石にはさらに磨きがかかっている。

女子のトリプルアクセルと言えば、先駆者は伊藤みどりである。
1992年のアルベールビル五輪で鮮やかに決めたシーンは、今でもR. I. の脳裏に焼きついていて離れない。
感動のあまり手に入れたラフマニノフ・ピアノ協奏曲全集のCDは、ハイティンク指揮、アシュケナージのピアノだった。
フリーの音源は前半に第1番の第1楽章、後半に第2番の第3楽章をつないだもの。
ショートではトリプルアクセルを回避、安全策にしたはずのルッツで転倒して出遅れていた。
フリーは冒頭で起死回生を狙うも失敗、しかしながら後半再び果敢にチャレンジして、
曲のクライマックスとともにまるでお手本のようにクルクルクルクルピタッと成功させたから余計に感動したのである。

あれから22年の年月が流れて2014年。
ソチ五輪シーズンのフリーを浅田真央は第2番の第1楽章で戦ってきた。
トリプルアクセルのバトンは再びラフマニノフのピアノコンチェルトに乗って
ともに山田満知子コーチの元でスケートを始めた伊藤から浅田へと引き継がれ、
この先伝説となるであろうまさに記憶に残る演技がソチで花開いたのは何と意義深いことなのだろう。
弧を描くレイバックのイナバウアーが仙台の荒川静香から羽生結弦に継承されたのも然り、
今の日本のフィギュアの隆盛は、そんないくつものバトンが交差してできあがっている。

またしても名古屋では、大庭雅がトリプルアクセルの習得に励んでいると聞いた。
女子で跳ぶ選手が少ないのはそれだけ難しい技であるからに他ならないものの、
男子の4回転がバンクーバー五輪以降普及して上位に食い込むには必須となったことを考えれば、
躍進著しいロシア女子あたりから後継者が現れる可能性も十分に考えられよう。

ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番第1楽章を聴いて、もう一つ思い出さずにはいられないプログラムがある。
それは1994年のリレハンメル五輪、ペアで銀メダルを獲得したロシアのミシュクテノク&ドミトリエフ組のフリー。
浅田の振付けと同じく、一番盛り上がる終盤は片足を大きく振り上げてのステップから始まった。
R. I. がこの楽章から感じるのは物憂げな世界。
それがドラマティックに遺憾なく表現されていて心を奪われた。
リレハンメルはペアとアイスダンスの魅力に開眼したという点でも強く印象に残っている五輪である。
次のエントリーではそのあたりも振り返ってみたい。