TONALITY OF LIFE

作曲家デビュー間近のR. I. が出会った
お気に入りの時間、空間、モノ・・・
その余韻を楽しむためのブログ

読書備忘録 Vol. 1 ~ ダ・ヴィンチ・コード(ダン・ブラウン著)

2010-08-08 00:50:55 | 読書
日付けで言うと僅か2日間の物語。
ルーヴル美術館館長のジャック・ソニールが殺された夜~翌日の夕方、主人公の二人がイギリスのロスリン礼拝堂に行き着くまで。
しかし時に古代ギリシャやエジプトにまで遡る歴史、興味深い “象徴” の話、登場人物のバックグラウンドがふんだんに盛り込まれていて、
ヨーロッパ史に張りめぐらされた時間軸を縦横無尽に旅することになる。
ニケーア公会議(325年、「見にこ」い会議ニケーアへ)ってそういうことだったの!?(答えは中巻 134頁)
メロヴィング朝が?!(答えは中巻 179頁)
よみがえってくる世界史の断片と新鮮な驚き。
こういうアプローチを取っていれば受験勉強もより主体的にできたかも。
宗教象徴学を専門とする大学教授ロバート・ラングドンを介して
様々な “象徴” をストーリーにつなぎ合わせたりそれを補強するのに使ったり、
その手腕は読み応えたっぷりの学術論文にも決して引けを取らないであろう。
しかも結果は大ベストセラー。

当然のように映画も観てみた。
「導師が雨を逃れたまさにそのとき、アリンガローサ司教は雨のなかへ足を踏み出していた。」(下巻 138頁)
このような描写は映像化を前提に執筆されたかのようでさえある。
しかしながら案の定と言うべきか、原作の密度があまりに濃過ぎて映画では割愛せざるを得なかった...
そんな箇所にいくつも出くわした。
もっとも原作を忠実に再現することが映画の使命ではないので、それを批判するつもりはない。
ロン・ハワード監督が「シラスを軸に撮りたかったほどだ」とその特異な存在に惹かれていたとおり(Blu-rayの特典映像インタビューより)、
オプス・デイの修道僧シラスは、その生い立ちなども比較的原作に近いかたちで挿入されている。
一方で明らかに取捨選択の犠牲となってしまったのが、チューリッヒ保管銀行パリ支店長のアンドレ・ヴェルネ。
ムシュー・ヴェルネの描かれ方は随所で光っていたため、R. I. には不満の残った部分である。
例えば、当局が彼に関する情報を細大漏らさず収集すると、
「クレジットカードの利用記録からは、ヴェルネの嗜好がうかがえた。美術書、高価なワイン、クラシック音楽のCD。曲はほとんどがブラームスで、それを数年前に買った超高級ステレオで楽しんでいると思われる。」(下巻 94頁)
モーツァルトやショパンではなく、ブラームスというところにヨーロッパの薫りとでも言うべきリアリティを感じた。
このような数行で人物像に厚みを与えられるのは小説ならでは、逆に映像では難しい。
巻末の「謝辞」で列記されている十数名のなかに、アンドレ・ヴェルネなる名前を見つけた。
モデルとなったパリジャンが実在するのだろうか。
ヴェルネが金庫車の運転手になりすまし、ロバートとソフィーを警察に包囲された銀行から脱出させるシーンの迫力は
間違いなく中盤のヤマである。
「『運転手はみんなロレックスをはめているのか』コレは尋ね、ヴェルネの手首を指した~(中略)~『このがらくたか? サン・ジェルマン・デ・プレの台湾人の屋台で、二十ユーロで買ったんだよ。あんた、四十で買わねえか』」(中巻 64頁)
何という機転! 

“象徴” に付随する数々の薀蓄のなかから、特に印象に残ったものを2つほど。
いずれもソニエールがまさに殺されようといういまわの際に書き残した “象徴” である。
まずは五芒星(五本の直線が交差した、五つの頂点を持つ星)。
「(ラングドンは)学生のころに受けた天文学の授業で、金星が八年周期で黄道上に五芒星を描くと知り、感銘を受けた~(中略)~ギリシャ人は金星の魔法に敬意を表し、その八年の周期の半分を基準としてオリンピア競技会の開催時期を決めた。」(上巻、71頁)
金星の描く美しい軌跡を一度この目で追ってみたいものだ。
もう一つはフィボナッチ数列と黄金比の話より。
「その数列は、隣り合うふたつの項の和がつぎの項の値に等しいことで名高いが、隣り合うふたつの項の比がある数へ近づいていくという性質を持っている。その数こそ黄金比すなわち約1.618だ。」(上巻 172頁)
1 - 1 - 2 - 3 - 5 - 8 - 13 - 21 - 34 - 55 - 89 - 144 - 233 - 377 - 610...
確かに。610÷377 も 377÷233 も 1.618 の後に小数点が続いている。
神秘的。

荒俣宏氏の解説に触発されて、ヘンリー・リンカーン著の『レンヌ=ル=シャトーの謎 イエスの血脈と聖杯伝説』を手元に取り寄せた。
長い序文を経て本編を覗いてみると、早速「ニコラ・プッサン」が登場。
「暗色の壁には巨匠の絵画が並んでいる。その一枚は、祖父が二番目に好きだった画家プッサンの絵だ。」
(中巻 120頁、サー・リー・ティービング邸客間の場面、ソフィーの目線からの描写で)
聖シュルピス神学校の「聖シュルピス」は上巻で登場したあの?
『ダ・ヴィンチ・コード』で目にした固有名詞たちが改めて謎めいた光をちらつかせている。
お盆ウィークはこれでヨーロッパ史の深淵へと引き摺り込まれることになるだろう。

ダン・ブラウン著、越前敏弥訳『ダ・ヴィンチ・コード(上)(中)(下)』(角川書店、2006年)