TONALITY OF LIFE

作曲家デビュー間近のR. I. が出会った
お気に入りの時間、空間、モノ・・・
その余韻を楽しむためのブログ

国宝展@東京国立博物館

2022-12-31 01:08:41 | 展覧会

12月をざわつかせたものの一つに国宝展があった。
コロナ禍以降、チケットは事前購入がスタンダートとなり、
人気の展覧会に○時間待ちの行列ができることはなくなった。
その代わり必ず前もって入手しておかなければならず、これはこれで過酷である。
発売初日で完売していたので、キャンセル発生のタイミングを狙うべく、
eチケットを頻繁にチェックすること2週間。
遂に会期延長後の最終日を手に入れたのだった。
何事もソールドアウトと聞けば余計に行きたくなるもの。
東博所蔵の国宝が一堂に介するとなれば尚更なのである。

実際のところ、国宝が放つオーラは格別であった。
特に冒頭の『洛中洛外図屏風』は、混み合った会場の人垣とも相まって、
いきなり京の都の喧騒が聞こえたかのような錯覚に。
祭礼の音、芸能に興ずる人々の歓声、6曲1双の隅々まで金泥精描が貫かれていて圧倒された。
そのあとも考古の出土品から大陸伝来の逸品に至るまで、時空のスケールもハンパなく、
同時にそれらが代々大切に受け継がれてきたことに目をみはる。

実は2週間前、同じくキャンセルのタイミングで獲得したチケットを娘に譲っていた。
貴重な1枚を多感な高校生活の最後に贈ることにためらいはなかった。
しかしながら、自分も出かけたあとに会話してみると、
埴輪が何体もあったとか、中身が今一つ噛み合わない。
嫌な予感が走った。
東博の広い敷地にはいくつか建物があって、国宝展会場の平成館は一つ奥まった場所にある。
それを見つけらずに本館の展示や、入場無料の「50年後の国宝展」を観覧した可能性が高い。
平成館ではeチケットを読み込むと紙のチケットをくれたので
それをもらっていないということは?
国宝展なんか興味ないと反抗されていた経緯もあり
所詮は猫に小判、豚に真珠だったということか...
嗚呼、理想どおりにはいかない子育てよ。

https://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=2529


12月のイベント ~ リピートと新規と

2022-12-19 00:03:39 | インテリア

11月の早いうちから白熱球のイルミネーションを探し始めたものの、
ネットを検索しても秋葉原の専門店に立ち寄ってもなかなか見つからない。
オレゴンでDebbyさんから譲り受けたものは半分点かなくなって、
これは親玉を交換する必要あり、ただその電球自体が入手困難であるということも判った。
何度も言うようだがLEDのイルミネーションには魅かれない。

そうこうしているうちに12月を迎え、
これも早々と予約していたリース教室の日がやって来た。
昨年はスワッグをほぼ自己流で束ねたが、
今年は田園調布の教室に足を運んでみることにしたのである。
その日は朝から曇りで、午後には小雨の入り混じる実に12月らしいお天気だった。
フランス人の先生のグループレッスンをかみさんと受けると、2つ衝撃的なことがあった。
太めの枝を一箇所あしらっていたところ、美的ではないと指摘された。
シナモンの飾りつけのイメージだったのだが...
また終了後「同じ素材を巻いても一人ひとり違った作品ができるのが面白いところですね」と持ちかけると、
先生は溜息とともに眉をひそめ「それが問題なのです」と。
どうやら個性を発揮するよりも、お手本に近ければ近いほどよい作品という定義のようだ。

先週は会社のピアノ・サークルで悲愴ソナタを演奏した。
実に中学生のとき以来のベートーヴェン。
仲間の一人に触発されて選曲を思い立ったのが今年の夏頃。
第3楽章はひるまずにという目標のもと、アレグロのスピードで何とか弾き切った。

大好きな12月をとことん味わいたくて、
イルミネーションも針葉樹の香りもピアノの会もここ数年の恒例になっている。
ただ不思議なもので、リピートしたいと思った楽しいイベントや出来事は、
初回の印象を上回ることにはならいことが多い。
その意味において、今週末聴きに行く第九は初めての試みなので期待が高まる。
ソリストや合唱が総出することでも豪華な第九は12月の風物詩。
来年以降の恒例に加わったとしても、今年には敵わないのだとしたら尚更大切な時間にしたい。
バリトンの青戸 知さんが楽しみだ。
ベートーヴェンに縁のあった2022年、そのイヤーエンドに向けてさらに加速する。