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尾鷲市は熊野灘に面し,背後を高い山々で囲まれている.海から湿った空気が入ってくると,山間部で雨雲が形成されることになる.そのため,尾鷲は降水量がとても多いことで知られている.とはいえ,わたしは基本的に雨予報の時は,オートバイに乗らないので,雨の尾鷲を知らなかった.
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とある朝,尾鷲市のホテルで目覚めると,雨が降っていた.いつもはくっきり見えるはずの八鬼山や周囲の山が,雲や霧で真っ白に覆われていた.そして,市街の方にまで霧が立ち込めているように見えた.
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尾鷲港や波止場の方は,辺り一面,鼠色の世界だった.わたしの知っている尾鷲とはまるで別世界で,雨の尾鷲とはこういう感じなのだと初めて知った.尾鷲と言えば,常に雨が降っている状態を連想する人も少なくないという.
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雨は大した降りではないものの,午前中一杯は降り続ける予報だったので,ホテルの部屋でゆっくり滞在することに決めた.窓の外の景色を眺めながら,思考を巡らすのも悪くない.ちょっと飽きたら,尾鷲市街の写真を撮ったりして気を紛らすことができた.
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そんなことを繰り返していると,あっという間の内に午後となり,暗かった景色が徐々に明るくなってきた.そして,山の裾の方まで立ち込めていた霧か靄のようなものがどこかへ行ってしまって,青々とした山の緑の景観が戻ってきた.
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予報通り,尾鷲の雨は午後になるとあがってくれた.ホテルの部屋を飛び出し,オートバイに乗ってまずは尾鷲港へ向かう.雲はみるみるうちに消失していき,八鬼山の稜線が見てとれるようになる.そして,雲の間から青空が顔を出し始める.
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午前中の一面真っ白で暗かった世界がまるで嘘のように,明るい色とりどりの世界,わたしの知っているいつもの尾鷲が戻ってきてくれた.マイナスがあるからこそ,プラスがある.雨の尾鷲を知って,晴れの尾鷲のすばらしさを改めて思い知るのだった.
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日没までまだまだ時間はある.雨上がりの尾鷲,どこまでオートバイを走らせよう.塞ぎ込んでいた心の内まで晴れ渡っていくような気がした.
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