尖閣ビデオ問題も煮え切らないと言うのに…。
韓国じゃ砲撃戦が始まってしまったし…。
んまぁ、あっちは戦争な雰囲気が漂っていないワケじゃないが…沖縄とかの米軍の海兵隊が大きく動かなければ、それは無いと見ても間違いも無かろうかと…。
いつでもどこでも「先陣」を任されている軍隊なので、その辺の動きを見ておかないとねぇ…。
さて…。海老蔵氏が深夜の街中でフルボッコにされてしまったが…実は一報は世間一般の方々よりも早く届いていた。知人の雑誌記者から問い合わせがあって…
「顔の骨折れると治るのどれくらいかかるかね?」
って事。医者じゃないので正確には判らないが、聞いた話じゃ「…ヶ月」って感じだろうと答えておいた。少なくとも、「…週間」な程度じゃ無さそう。まぁ、詳しい状態は今でも明らかになっているとは言えないだろうから、非常に大雑把な推定だけれど…。
医者でもないおじたん。にそんな事を尋ねてきたのは、昔、そうした被害に遭った方の状態を医学的に記録するカメラマンをやっていたからだ。自然災害とか事故…って場合も多いが、そうした場合はあまり写真に記録したりはしない。人為的にそうなった場合は、そうした場合と違った様子になるので、治療していく上でも記録を必要とする場合があるのである。
「頭割れて、脳味噌泥だらけでも1年くらいで治ったりするしねぇ…。昔あったろ? 過激派の内ゲバ。」
ああした人達は、努めて頭を集中して狙い、殺人とのボーダーで撤収するって案配だったりする。アスファルトやコンクリートの上で鉄パイプでめった打ちにするもんだから『スイカ割り』になるのだ。報復だの制裁だので殺しちゃうなら他にも方法はあるし、そっちの方が容易いんだけど、わざわざこうした方法で…。
もちろん、通常の社会生活に戻る…って話は別になる。大きな後遺症も残ったりするし、記憶すら忘却の彼方へ飛んでしまう事もしばしばあるので、あくまでも体のパーツとして治るとしたら…って時間なのだ。また、そうした所への徹底した攻撃は誰がやったかを辿るのに時間が掛かる…ってことで、理には適ってもいる。
「頭をかばおうとした手もボロボロだし、口もだから、何か判るのは数ヶ月先の話だなぁ…」
そうした状態になった人間が街に転がっていると事件であって、警察の人もあれこれ調べるワケだが、被害者がこれじゃあ…判る事も少ないよねぇ…。
そこまでひでぇ状態にはなってもいない風と聞いていたので、「…ヶ月」と答えたが、まず形成してその後に整形も必要になるとしたら…「…年」って単位も無い話じゃないな…。
そうした事で、事件の話は意外にも早く知っていたが…ちょっと切れたり、青タン出来ても「大乱闘!」な業界の話だから、あまり関心は無かったのだけれど…。
フルボッコになるだけの『理由』がちまちまと語られ始めても来たな…。
むしろ、その辺が大変気になってもいる。歌舞伎って伝統芸は、役者だけで成り立っている芸術ではない。
『歌舞音曲』。まさにいろんな伝統芸が集合して、完成を見る伝統芸が『歌舞伎』であって、1番目立ってはいるが、役者はその一部に過ぎない。
「しょせん、歌舞伎モノじゃねぇか…。」
そうと見られてしまうってのは、今の時代じゃほとんど無くなったが、1人の人間の振るまい1つで、またそうした時代に戻ってしまう恐れだってあるのだ。そうした、世間とは一線を引いた所にある世界の人々でもある。
そうした世界のままだったら、伝統芸能としてこの先残っていくのはキビシイかもしれない…って危惧感があったからこそ、多くの人が努力して、現在の『歌舞伎』にまでなったのである。
どこか歌舞伎モノ…って、おごり、たかり…そうした雰囲気を残す事を許してしまった事情が歌舞伎の世界の残っているとしたら、先が怪しくなってしまう。なんせ、今回の当人は次代を担うトップスターでもあるんだから。
そうした話を編集者としていたが…
「おまえ、歌舞伎見た事あるの?」
と聞かれる。TVでたまに中継やってたりするし、世代を継いでいくモノだから、そうしたドキュメンタリー的なモノは見た事があるが、鑑賞券を買って、見に出掛けた事は無い。
「だろ? 周りで見に行った人いる? こうした仕事だから芸能部にはいるけどさ、他にはほとんどいないぜ?」
確かに…。映画を見に出掛ける事はあっても、歌舞伎を見に出掛ける人間は周囲に限りなくいない…。
「この先、見に行く人っているのかな? ミュージカルとか劇団の公演とかよりもいないよな?」
まぁ、若い世代がこぞって足を運んだところで、理解出来る内容が舞台に広がっているとも考えにくいが、おじたん。が幼少の頃からそうした人は限りなく少なかったに思う…。
「誰が行くんだろ?」
…おじいちゃん、おばあちゃん…。そうとしか答えも浮かんで来ないが…自身のおじいちゃん、おばあちゃんが歌舞伎を見に行っていたと言う話も聞いた事が無い…。「さそわれた…」って程度の話は遠い昔に聞いた事はあるが…。
似たような感じの芸能に『宝塚歌劇団』がある。誰が見に行ってるのか定かじゃないが、確かに見ている人が多くおり、こちらは若い人が主体でもある…。熱心なファンがそれらを支えていると、ある程度は理解も出来るが、歌舞伎となると…ちょいと不思議だ…。程よい高齢化社会だから、そうした年齢層によって支えられてもいるんだが…
「あのさぁ、俺らがおじいちゃん、おばあちゃんになったら歌舞伎を見に行くようになるのかな?」
うーむ…。それは疑問だ…。個人的には、そうした点も興味深いので一生に一度は見ておきたいとは思っているが、頻繁に足を運ぶかどうか…? 古典の授業が幾分好きだったから、それらしい演目も理解出来ると思うが…。
「おれ、行かないと思うな…かみさんなんか、歌舞伎の歌の字も知らないしなぁ…」
それでも「大衆演芸」なのである…。この大衆演芸がこの先どうなって行くのか…鍵を握るのも、役者だったりするワケで…その立ち振る舞いはやはり厳しく律しなければ…とは思うんだが…。
韓国じゃ砲撃戦が始まってしまったし…。
んまぁ、あっちは戦争な雰囲気が漂っていないワケじゃないが…沖縄とかの米軍の海兵隊が大きく動かなければ、それは無いと見ても間違いも無かろうかと…。
いつでもどこでも「先陣」を任されている軍隊なので、その辺の動きを見ておかないとねぇ…。
さて…。海老蔵氏が深夜の街中でフルボッコにされてしまったが…実は一報は世間一般の方々よりも早く届いていた。知人の雑誌記者から問い合わせがあって…
「顔の骨折れると治るのどれくらいかかるかね?」
って事。医者じゃないので正確には判らないが、聞いた話じゃ「…ヶ月」って感じだろうと答えておいた。少なくとも、「…週間」な程度じゃ無さそう。まぁ、詳しい状態は今でも明らかになっているとは言えないだろうから、非常に大雑把な推定だけれど…。
医者でもないおじたん。にそんな事を尋ねてきたのは、昔、そうした被害に遭った方の状態を医学的に記録するカメラマンをやっていたからだ。自然災害とか事故…って場合も多いが、そうした場合はあまり写真に記録したりはしない。人為的にそうなった場合は、そうした場合と違った様子になるので、治療していく上でも記録を必要とする場合があるのである。
「頭割れて、脳味噌泥だらけでも1年くらいで治ったりするしねぇ…。昔あったろ? 過激派の内ゲバ。」
ああした人達は、努めて頭を集中して狙い、殺人とのボーダーで撤収するって案配だったりする。アスファルトやコンクリートの上で鉄パイプでめった打ちにするもんだから『スイカ割り』になるのだ。報復だの制裁だので殺しちゃうなら他にも方法はあるし、そっちの方が容易いんだけど、わざわざこうした方法で…。
もちろん、通常の社会生活に戻る…って話は別になる。大きな後遺症も残ったりするし、記憶すら忘却の彼方へ飛んでしまう事もしばしばあるので、あくまでも体のパーツとして治るとしたら…って時間なのだ。また、そうした所への徹底した攻撃は誰がやったかを辿るのに時間が掛かる…ってことで、理には適ってもいる。
「頭をかばおうとした手もボロボロだし、口もだから、何か判るのは数ヶ月先の話だなぁ…」
そうした状態になった人間が街に転がっていると事件であって、警察の人もあれこれ調べるワケだが、被害者がこれじゃあ…判る事も少ないよねぇ…。
そこまでひでぇ状態にはなってもいない風と聞いていたので、「…ヶ月」と答えたが、まず形成してその後に整形も必要になるとしたら…「…年」って単位も無い話じゃないな…。
そうした事で、事件の話は意外にも早く知っていたが…ちょっと切れたり、青タン出来ても「大乱闘!」な業界の話だから、あまり関心は無かったのだけれど…。
フルボッコになるだけの『理由』がちまちまと語られ始めても来たな…。
むしろ、その辺が大変気になってもいる。歌舞伎って伝統芸は、役者だけで成り立っている芸術ではない。
『歌舞音曲』。まさにいろんな伝統芸が集合して、完成を見る伝統芸が『歌舞伎』であって、1番目立ってはいるが、役者はその一部に過ぎない。
「しょせん、歌舞伎モノじゃねぇか…。」
そうと見られてしまうってのは、今の時代じゃほとんど無くなったが、1人の人間の振るまい1つで、またそうした時代に戻ってしまう恐れだってあるのだ。そうした、世間とは一線を引いた所にある世界の人々でもある。
そうした世界のままだったら、伝統芸能としてこの先残っていくのはキビシイかもしれない…って危惧感があったからこそ、多くの人が努力して、現在の『歌舞伎』にまでなったのである。
どこか歌舞伎モノ…って、おごり、たかり…そうした雰囲気を残す事を許してしまった事情が歌舞伎の世界の残っているとしたら、先が怪しくなってしまう。なんせ、今回の当人は次代を担うトップスターでもあるんだから。
そうした話を編集者としていたが…
「おまえ、歌舞伎見た事あるの?」
と聞かれる。TVでたまに中継やってたりするし、世代を継いでいくモノだから、そうしたドキュメンタリー的なモノは見た事があるが、鑑賞券を買って、見に出掛けた事は無い。
「だろ? 周りで見に行った人いる? こうした仕事だから芸能部にはいるけどさ、他にはほとんどいないぜ?」
確かに…。映画を見に出掛ける事はあっても、歌舞伎を見に出掛ける人間は周囲に限りなくいない…。
「この先、見に行く人っているのかな? ミュージカルとか劇団の公演とかよりもいないよな?」
まぁ、若い世代がこぞって足を運んだところで、理解出来る内容が舞台に広がっているとも考えにくいが、おじたん。が幼少の頃からそうした人は限りなく少なかったに思う…。
「誰が行くんだろ?」
…おじいちゃん、おばあちゃん…。そうとしか答えも浮かんで来ないが…自身のおじいちゃん、おばあちゃんが歌舞伎を見に行っていたと言う話も聞いた事が無い…。「さそわれた…」って程度の話は遠い昔に聞いた事はあるが…。
似たような感じの芸能に『宝塚歌劇団』がある。誰が見に行ってるのか定かじゃないが、確かに見ている人が多くおり、こちらは若い人が主体でもある…。熱心なファンがそれらを支えていると、ある程度は理解も出来るが、歌舞伎となると…ちょいと不思議だ…。程よい高齢化社会だから、そうした年齢層によって支えられてもいるんだが…
「あのさぁ、俺らがおじいちゃん、おばあちゃんになったら歌舞伎を見に行くようになるのかな?」
うーむ…。それは疑問だ…。個人的には、そうした点も興味深いので一生に一度は見ておきたいとは思っているが、頻繁に足を運ぶかどうか…? 古典の授業が幾分好きだったから、それらしい演目も理解出来ると思うが…。
「おれ、行かないと思うな…かみさんなんか、歌舞伎の歌の字も知らないしなぁ…」
それでも「大衆演芸」なのである…。この大衆演芸がこの先どうなって行くのか…鍵を握るのも、役者だったりするワケで…その立ち振る舞いはやはり厳しく律しなければ…とは思うんだが…。