おじたん。的ぶろぐ生活。

おじたん。である。語るんである。

ツイッターは…

2010-03-31 14:09:58 | 我思う、故に書くなりよ。
…やってません。「つぶやき」でとどまる人じゃないんで…。

ツイッターを始めたのか? ってメールもらったんで、ちょっと驚いたが、やってません。やる気もないですねぇ…。

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101終了…。

2010-03-29 19:51:15 | 我思う、故に書くなりよ。
BOSEの101が在庫限りで…。しかも「シリーズ」全部…。

四半世紀を越えて販売されていたロングセラーでしたが、つい最近「在庫限りで…」となった様子…。

数ヶ月前から近所の量販店じゃ展示すらされてなかったので、後継と思われる161しか聴けなかったのだが、後継とも思われない音だったので、101よりお安く手に出来るメリットはあるものの、後釜に据える気にはならなかったんだよねぇ…。363もウチにはあるし…。

ま、そうしたスピーカーを単体で購入する人間も少なくなったもんで…iPodにイヤホン…ってのが「フツー」な時代。ハイエンド…って商品は少なからず生き残ったりはしても、ローエンドやちょいとした中間層な商品はばっさりと消えちゃうのだなぁ…。

なににせよ、この大きさと形状の使い勝手の良さは消えて欲しくないモノだと思うのだが、つくづく残念。そもそも、そうした使い方をしない人間が増えているのだから仕方ないのかなぁ…。

ウチのは…まだまだ元気だが、コーン紙塗っちゃったりしているので、オリジナルをいつか手に入れておきたいとは思っていたのだけれど…そう言えば、近所のリサイクルショップでも姿を見なくなったしなぁ…。ドライバーユニットだけの入手は今後も可能なのだろうか…いや、時間の問題か…。

世の流れ…趨勢…とはいえ、惜しいですなぁ…。ま、新品で選択肢に入れるかどうかは、これまた別の問題になっているのも現実だし、25年も経てば、他にも良いのが出て来ているのも当たり前ですしね…。

そうと判ってはいても、新品で買えなくなってしまうと思うと…ねぇ…。

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radiko始まる…。

2010-03-16 00:31:25 | おじたん。的便宜耳机評論。
…らぢこ…らじこ…らでぃこ…れいでぃこぅ…。

新しい形のインターネットラジオが始まった。radiko.jpにアクセスすれば、PCがラジオに…。

とは言え、秋頃までは試験配信…って事で、秋頃にはどうなっている事なんだか。

早速、AM、FMともに聴いてみた。

…サ行がキツク感じるのはなんでだろう…? 妙な残響感がくどい局があったりするが、概ねクリアには感じる。

普通にラジオでキレイに聴けている局は、これで聴かなくてもイイわけで、エリア内なのに何をどう弄っても聴けない局がクリアに…そしてステレオで聴けているのは感動モノだったりする…。

先行して、広まりつつある『サイマルラジオ』と音質は変わらないと言うが、実際にそんな感じ。まぁあっちはMSのメディアプレイヤーで聴いたりするんだけど、こっちの『IPサイマルラジオ』ではそれが出来ないみたい。ブラウザで聴く…って事に専念しているみたいだ…。

流れてくるのは電波で流れている『放送』と同じだし、ほぼ同時なので、ちゃんと聴けない…ってトコロの人にはありがたいが、首都圏と大阪のみの試験だし、IPでエリアを制限されて、それぞれの参加局しか聴けない仕組みになっている。

ウチの場合は「エリア: KANAGAWA JAPAN」ってのがradiko.jpのトップページに表示され、東京エリアの参加局が表示される。大阪の参加局が表示されたりはしない。

ま、そもそもの目的が難聴取世帯の解消とかって事で、ラジオがダメでもPCなら聴けるよ♪ って事だからね…。大人の事情もいろいろと複雑らしい。放送とは呼称せず『配信』ってトコロからもいろいろとめんどくせぇ…ってのが察する事が出来る…。首都圏に住んでいて、大阪のあの有名な番組がクリアに…って事にはならないので、リスナーのそうした夢は夢のままである…。

…AMがステレオで聴けるのはちょっとした感動だなぁ…。

実は、AMの主要局ってのはNHKを除いてステレオで電波は飛んでいるんである。それもかなり昔からなのだが、そうしたせっかくの電波をステレオで聴くには専用のラジオが必要なのだが、これがかなり昔から絶滅危惧種になっていて、ひどくもったいない電波がずっと流れていた事になる…。

探せば今でも買えるらしいが、もう限られたメーカーしか作ってないし、なんでそうした事になったのか知らんが、ミニコンポ全盛の時代でもステレオ対応のAMラジオが付いていた記憶が薄いのである…。それでいても電波だけは今でもステレオで飛んでるハズ…。地方の放送局がコレを止めた…なんてニュースもちらほらあったけれどね。

それが『IPサイマル…』じゃFM・AMともにステレオになってるので、あまり苦労する事もなく聴けちゃうし、タダである…。…おいしい…。

だが、始まったばかりなのに、すでに「ただいま混み合ってます…」って事で、繋がらない状態がしばしばあった。AMの後にFMの音質を確かめようとしたのだが、なかなか繋がらず…混むのもなぁ…。

まぁ、FMの場合はケーブルTVのお陰でかなりクリアに聴けているので必要でも無いのだが、聞き流している分には問題無い音質。録音するとか、ヘッドホンで聴く…って事になると、う~ん…ってレベルかもしれない。

おじたん。のアジトの場合、AMはNHKとLFしか満足に聴けなかったので、他がクリアに聴けただけでも意義は深い…。しかもステレオだし…。

『サイマル…』の方は国境無きローカルFMラジオ…なだけに、ちょっと残念ではあるが、聴けないのが聴ける…ってのは、こうした形にはなっても良い事だと思う。NHKがそれらに加わっていないのも気になるが、自前で全国を網羅しちゃってるし、FMもだから必要が無いんだろうなぁ…。

それにしても、便利な世の中になったもんだ…。

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お好みの復活…。

2010-03-13 04:22:55 | 我思う、故に書くなりよ。
心霊スポットなんてのが、まぁ、どこにでもあるみたいですが…行っても出やしねぇよ…。

20数年前ですかねぇ…。夜な夜な県内のそうした場所を丹念に歩いたモンです…。
結構、肝の座った連中で徒党を組んで行ってましたので、何が出てもOKでしたが、これぞ幽霊!ってのは出ませんでしたねぇ…。

1度、ハッキリとしたのを見ちゃうと、それがなんだか知りたくなります。そこに存在しえないモノを見てるワケで、人に伝えるなら『幽霊』って事になりますが、ホントに幽霊かどうなのか? 確かめようも無いモノですし…。安易に『幽霊』と呼んでいいものかどうだか。

丑三つ時に、鎌倉のハイランド→衣張山→小坪トンネル…縦走なんてのをしょっちゅうやってましたからね…。出てちゃって握手しても悪く無い感じでしたけれど…。

ま、この辺というか、鎌倉は『やぐら』と呼ばれる横穴なお墓だらけ…なのですな。史跡としてきちんと整備されてるかと思いきや…朽ち果てるに任せてる感じのものがほとんどで…そんなの気にしてたら家なんか建てられない…って土地柄なんだそうで…。遺跡として調査するって言っても、数がハンパじゃないので大変なんでしょう。フツーにハイキング・コース歩いていても、結構な数を見付けられます。

そうでないところも見付けちゃったりしますが、人がまず入らない場所だったりするわけで、雑木林の崖の草ぼーぼーに隠れて無数の…ってのを深夜に見付けて感心したりしてましたな。

古い時代ですけど、征夷大将軍な時代の人のお墓なので、もう少し大きく掘っても悪く無さそう…なのですが、意外に小さいんです。どうやら、火葬の後に…って事だったみたいで、コンパクトなのです。

…ええ、夜中に見付けても出ませんでしたよ…。そんな事よりも、朽ち果てるのに任せっきりでよろしいのかどうなんだか…。古いお墓ですから、それもアリだと思いますが、間近に住宅が迫っているトコロなんか、ちゃんと調べておかないとうっかり埋められるとか削られちゃうとか、心配になりましてね…。

場所に因っては不法侵入なトコロもあるので、それは慎重に行きましたし、慌てず、騒がず、落ち着いて…がモットーでしたので、やたらと迷惑をかけるギャラリーとは違うのです。

それと言うのも…見る…って事よりも、聞く…って現象の方が多いせいでもありました。見えなくても、不可解な音を聞く…って事が度々あったのです。

どう考えても人はいねーだろ…って頭上から嗚咽が聞こえたり、ライトで照らしても声が出るようなモノが見えないところから呻き声がしたり…。

それはそれで、怖いモノがあるのですが、不可解なモノが見えないワケで、とてつもなく不思議ではありますけれど、恐ろしくなる様なモンじゃないんですな。
慣れ…って事もあるでしょうけれど…。

てなワケで、近郊で「出る」と言われるところはほとんど行き尽くしましたが、複数の人間が幽霊らしいモノをハッキリと見た…って事はありませんでした。

でも『音』はするので、幽霊がいないとも言い切れません。ここが微妙。

「…ちゃんと出なさいよ…わざわざ来てンだから…」

と、毎度のように言ってたんですけれどねぇ…。

「…確実にヤバイ…」

なんてトコロも行きましたな…。八王子城址とか。
でっかいムササビがこっちに飛んできたのがビックリでしたが…霊のものは見ませんでしたね。ただ、不可解な音は聞いてますし、不可解な現象も起きました。

落城の際に多くの人が身投げしたとは思えないほど小さな滝のあたりでしたが、頭上から呻き声が聞こえるんです。見上げると木なんですけどね…マグライトで照らしても木しか見えないんですけど…。その近くで同行者がポラロイドで写真を撮ったんですが、べろべろ~って、ほとんど吐き出しましたな、高価な1200フィルムを…。

「…なワケねーだろ…」

と、そばで見ていて思いましたが、構造上そうした連写がムズカシイカメラですからねぇ…。それらしいモノは写っておりませんでしたが…。

自殺で有名な樹海にも行きましたな…。これは取材でお仕事でしたが…。
1つ亡骸を見付けましたけど、霊的なモノは感じませんで…訓練か何かでわらわらと現れたフル装備の米兵の方が怖かったですな…。

「ワン バディ ブロークン。メイビィ スーサイド。 ユー オケー?」

見付けてるなら通報しなさいよ…。まぁ、樹海探索って言っても、すげー深いところまで入ったので、あっちも驚いてるというか、怒ってましたが…。なんか無線でどっかに連絡されちゃったし…。(別に何事もなく戻りましたが、通報はしました。さすがに2往復はきつかった…)

てなワケで…見に行っても見る事はほとんど無い…って事で、深夜の徘徊は幕を閉じたのであります。今に思えば…別に深夜でなくても良かった気がしますが、やはり「丑三つ時」ってのが定番だったりもしますんで…。

未だに、そうした出会いはありませんな…。むしろ、全然関係ないってシチュエーションでハッキリと見たりするもので、小一時間じっくり見た事もあるのですが、複数の人間がそれを確認したワケでは無いので、ボツ…でしょう。

時代も変わり、デジカメもICレコーダーも手に出来る様になりましたので、そうした『出会い系』をおさらいしてみるのもいいかな…と、思ってます。全盛期はこうした徘徊を『お好み…』と呼んでおりました。

…お好みの復活…。

見えなくてイイものを割とハッキリと見てしまった者が取り憑かれる「真相の究明」だったりします。またそうした事が無ければ究明には近づけないモノでもあるみたいです…。

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キンタクンテ…。

2010-03-11 19:03:03 | 我思う、故に書くなりよ。
…正しくは『クンタ・キンテ』である…。

30数年も前、小学生だった頃に大ブームとなった『ルーツ』ってドラマに出て来る主人公の名前である…。小学生だから『キンタクンテ』になってしまうだけのインパクトはあったんだと思う…。

ま、そんなのを記憶のかなり奥の方にしまいこんだハズだったのだが、ふいに思い出してしまう出来事があった。

深夜だと思うのだが、点けっぱのTVからこの響きが流れたのである…。

「? なぜに今、キンタクンテ?」

どうも世界遺産を紹介する番組だったらしいのだが、見覚えのあるシーンが流れ…紛れもなく『ルーツ』である事を確認した。そして、アフリカらしい風景とともに紹介される施設、港…。どうやら、黒人奴隷の送り手である側は世界遺産になっているみたいだ…。

そうしたのを案内する若い兄ちゃん…実はクンタ・キンテさんの末裔だと言う。

おおおっ! これはちょっと驚きだ…。

『ルーツ』はアメリカの作家アレックス・ヘイリー(アレキサンダー…って表記する場合もあるみたい…)が1976年に書いた本が元になっており、確か自身の先祖を辿る事によって書いた…と記憶している。TVでアフリカの今と昔を熱く語る兄ちゃんは遠い親戚にあたるんだろうか…。

そうしたワケで、30数年前には無かったインターネットで少し調べると、アレックス・ヘイリー財団ってWebサイトがちゃんとあって、『ルーツ』もしっかりと載っている。ヘイリーさんは92年にハートがアタックでダイ…みたい。

家系図も載っていて、ヘイリーさんの6代前がクンタ・キンテさんみたい…。

クンタ・キンテさんがアフリカの野原で唐突に捕まったのが1767年。奴隷としてアメリカに送られたのが2ヶ月後だったそうで、この時、彼は17歳だったと言う。

200年、自分の先祖を辿ったら、そりゃもう大変なドラマが出来ちゃったと言うか、完全なドキュメンタリーでは無いモノの、すげぇのが出来ちゃったんだなぁ…。

もうね、アメリカの黒歴史なワケでね…ぶっちゃけて言えば黒人差別の原点にも通じてるワケだから。

奴隷…って言うと、言葉ではなんとなく判るが、実は詳しく知らなかったりする。このドラマは、奴隷として捕まるトコロはもちろん、それがどうして売られてアメリカに行くのかもちゃんと…ってモノだったと記憶している。

そうなると…『ルーツ』が観たくなってしまう…。VHSでレンタル屋にあったのを記憶しているが、DVDで売ってるのかな?

キンタクンテは観ておかねば…もとい…クンタ・キンテ…。2005年にはDVDになっているみたいなので、ちょいと探すかな…。涙無くして観られないだろうなぁ…。これがあったからこそ…オバマ大統領の登場ってのも、あながちあり得るほどのインパクトはあったと思うんだよねぇ…。

…キンタクンテ…。遠い思い出は正しくクンタ・キンテとして蘇ろうとしているのであった…。


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サクラサク…。

2010-03-11 16:03:02 | 我思う、故に書くなりよ。
…そんな電報とかもらった記憶は無い。(キッパリ)

少し前になるが…甥が無事に高校に進学する事が決まった。めでたい。

ま、今時は深く考えなくても高校には進学出来たりもするので…珍しい事では無いのだが、自身の学力の限界に挑戦していたみたいで…上の下というか、中の上というのか…そうしたレベルの公立校にチャレンジしていたらしい…。

…名前と受験番号だけ記入出来れば合格…ってトコロもあるみたいだから、自分で選んだ学校にチャレンジして合格した…ってのは、なかなか感心である…。

ほぼ、何も考えずに深く考えるようになったら高校にいた…って、おじたん。とは大きく違うところがエライ。今とは違ってチャンスは1回だったにもかかわらず、落ちたらどうしよう…って事すら考えて無く、中庸な成績だったから中庸なトコロを受けただけに過ぎないので、何か特別に苦労したとか、勉強した…と言う記憶も無いだけに、なかなか頑張ったと、甥を褒めてあげたいんである。

自身の経験で言えば…そこそこ濃い3年間を送ったと思うのだが、そのほとんどは記憶から消えちゃっている…(しかも完璧に…)。非常に、断片しか残っておらず、またそれでいいのである…。

…その先が非常に濃かったからね…。濃すぎだな…。

てなワケで、ある意味「人生の節目」って時期だ。サクラサク…人もいれば、チル…って人もいる。どっちがダメで、どっちがイイ…ってのは先に進んでみないと判らなかったりするモンである。なんにしろ、先に進む。ダメだからって、昨日に戻れるヤツもいないからねぇ…。

甥よ。おめでとう。そしてその先をいろいろと見ながら考えて、進んで欲しい。



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当たるらしい…。gooブログ6周年。

2010-03-10 09:14:55 | 我思う、故に書くなりよ。
そうねぇ…6周年ねぇ…。

鬱にやられたのはその前だから、相当な時間を無為に過ごしてしまったに見えるが…この時間があったからこそ、今の自分もあったりするのである…。

でまぁ、この3月にgooブログは6周年ってことみたいだ。

『おじたん。的ブログ生活』ってのはgooブログの始まった年の9月に始めたので、5年半になるんだなぁ…。鬱病にやられた自分が、何か単純な事でも考える事が難しくなっている事に驚きと恐怖を覚え、リハビリのつもりで始めたのがこのブログである。

てなワケで、あまり誰かが読んでいるとか、見てくれている…と言うのを気にした事がない。たまにアクセス解析を見て、書き足りなかった事を足すとか、コメントとかメールで頂いたリクエストなどを書く事はあるが、自分に思う事あれば思うように書いている。

さて、6周年という事で、プレゼントが当たるかもしれない…と、そんな企画があるらしいので、こうして記事を書いている。当たるかもしれない…ってだけで、裏を返せば「ほとんどは当たらない…」って事だから、期待などしていないが、今時のデジカメでも当たるとそれはうれしいな…。

おじたん。はその昔、プロカメラマンだったので、そうした関係には明るいのだけれど、未だに最新のデジカメには全く興味がない。かと言って、フィルムに固執しているワケでもなく、いい加減古くて壊れそうなデジカメを使っている。

お金が無いのでコンデジさえも買えない…って事もあるが、そんなもんでもいいだろう…って気がしているのである。世の中はすっかりデジ1な時代なのだけれど、トイデジカメでもそれらを凌ぐ作品が撮れてしまうワケだから、それでもいいじゃん…と。

写真学校に通っていた頃、フィルムを買うお金が無くて、フィルムを入れずに1日でも1週間でも、目に付いたモノにシャッターを切っていた…。空のカメラをぶら下げて街をうろうろし、空のカメラで街を切り取っていた…。

オモチャのデジカメでも同じ事が出来て、フィルムも無いのに撮った画像がそこに残っている事を考えたら、あの頃の空シャッターが悔しいのと、いろいろな思い出が蘇ってくるんである…。

職業として、カメラを扱う事はやめてしまったが、手の届くところにカメラはあり、いつでも撮れる風にはしている。何のためにそんな事をしているのか、自分でも説明はしづらいのだけれど、無いと困るのである…。

今ではブログという発表の場もあるし、写真も少しづつ載せているが、力作ってモノじゃない。むしろ、力作じゃいけない。あくまでも自分の目の代わり…って程度が良いと思っている。

とかなんとか、カッコイイ事書いても、ほとんどの人は当たらないんである…。
プレゼントなんて、そんなもんだ…。

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エリカ様の誓約書。

2010-03-06 14:58:34 | 我思う、故に書くなりよ。
…金払ってまでそんな面倒なタレント使うかよ…って事にはなるんでしょうな…。

報じられている限りで、誓約書を見ましたが…コレ、実は奥が深い。実に鋭いトコロを深く突いている…。

前代未聞…ってこともあるが、中味は至極真っ当な事が書いてあり、駄目出しするにはもっともな論拠も必要ではなかろうかと思う。

間違っても「報道の自由」なんてのを掲げて反論しちゃダメだ…。そんな曖昧なモノで論破出来るモノではない…。そうした声を上げるだけ、お里が知れる…。

ちょっと考えると、失敗だとも思うかも知れない。自分の首を自ら締めて…って事になるし、現実に言えば限りなくそうだ。

だけれど、報じられる側の自衛策としてはこれ以上に強烈なモノが無い。

単なる業界への反旗だとか、宣戦布告にとどまらず、強烈な最後通牒にも成り得るものかもしれない。いい加減な反論は報道としての立場の質さえも問われるし、そこに与えられてきた「自由」すら奪われかねないものになる。曖昧さにデタラメを詰め込んで「報道」としてきたモノにとっては、まさにチェックメイトだと思うんである。

そこまでやらなくても、諸外国に事務所を移し、そこから訴える…って方法だけでも効果絶大かもしれないねぇ…。日本の裁判じゃこうした問題で判決を出しても、実質それほど意味を持っていない。だから頻繁に同じ様な裁判が行われ、頻繁に同じ様な判決が出て、問題そのものの解消になんら関係ないモノになってしまっている。こうした問題にキビシイ国で裁判を起こして、主張が認められれば、小さい出版社など1発で潰せるだけの賠償金を取れるのだから、報じる方もぞんざいな記事は書けなくなる…。少なくとも抑止効果だけはありそうだけれどね…。

となると…ヤツの言いなりかよ…って事にはなるが、やはり扱わずに触らなければ痛い事も無いだけの話なので、ほとんどがそうなるんじゃなかろうかと言う話だけれど、それはそれで「報道」として情けない。意に沿わなくても、批判なり評価の対象になるならば、きちんとそうすべきであって、ビビってそうしないのも情けないのである…。

んじゃあ、やるか…ってトコロがあればいいのだけれど、あまり無いみたいな感じも情けない…。ホントにチェックメイトである…。

ポンと出て来た誓約書だけれど、深く考えれば実にいろいろと痛いところを鋭くえぐる様に突いていて、現状でキチンと抗するには相当策を練らねばならないと言う感じ。

んな大袈裟な…って事でも良いかも知れない。その方が楽だが、想像以上に痛い目に遭いかねない、いろいろな問題をさらりと含んでいる事を見ておくと、今後の展開が楽しくなると思う。諸刃の剣か最終兵器か…。

…いっぺん、報道の自由がどこいら辺まで自由なのか? ちゃんと考える必要はあるんだと思うよ。ブログ書くにしても、似た様な場合も出て来るだろうから、国民の常識的な範疇をどこか示してくれればありがたいと思うんだけれどねぇ…。

ちゃんと調べたら、自由なんかとっくに無かったりして…。

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悲しい温度差。

2010-03-05 01:50:10 | 我思う、故に書くなりよ。
…なんの罪もない子供への虐待が続いてますな…。

露見する事が増え、事件となり報じられる機会が増えた…って事でしょうけれど、埋もれている事案もまだまだ多いのではないかと思います。

…おじたんが近所の異様さに疑問を抱いて通報したのは、もう1年半も前になりますか…。

ほぼ毎日聞こえてくる阿鼻叫喚なのだけれど、近隣ではそれが普通になっており、誰もが異様さを感じながら『通報』しなかったのですな…。

暗に…「あそこはキチガイが住んでいるから…」と、極力関わりを避けたい…って心理は、それが社会的に間違いであっても現実に近隣に住んでしまうと理解出来るものであったりもします。

ま、確信犯的な言動を直接目や耳にしたので、通報したワケですけれど…よく報じられているケースとは違い、造られたキチガイに起因するモノだったりします。

通報した直後に、そうした関係機関が積極的に介入することで、阿鼻叫喚は減りました。ところが、減っても消えて無くなる事は無いんですね…。たまに聞こえてくる阿鼻叫喚に、子供と思わしき声が含まれていない事が幸いであって、そうした点では通報して良かったと思います。

そもそも、阿鼻叫喚の元は若い頃からシンナー等の吸引に邁進しており、地元じゃかなり有名だったみたいです。劣悪な家庭環境からそうした人間が育ち、やがて家庭を持って、子供も…と言う連鎖の一部なワケで、行政が介入していてもおかしく無い状態が常態化しちゃってたみたいですな…。

然るべくシンナーにやられた脳は元に戻りませんから、阿鼻叫喚はその様を変え、セルフ阿鼻叫喚となって続いていたりするのです…。

何がスイッチなのか判りませんが…突然爆発して凶暴になり、それが数時間持続するワケで…聞こえてくる阿鼻叫喚だけ耳にしていれば『キチガイ…』ってのは誰しもが想像するもんでしょう…。一時期有名になった『引っ越しおばさん』を彷彿とさせますが、アノ目には「やってるな…」ってのが見て取れるので、それほど恐怖感はありませんけれど、コッチのはマジですから、恐怖の度合いは比較になりません…。リアルにマジの怖さ…。

そんな様子なので、当然として行政機関との関わりも早くからあったと思われますが、そうした中で、あしらい方も身につけているんですな…。福祉関係とかそうした類の機関をあしらう術を身につけているので、いちいち介入されなくても済むって方法を使い分けていた様子。

そうした点では悪質な部類のキチガイ…ですけれど、シンナーに起因する病的要素もあるわけで…ムズカシイんでしょうか、行政的には…。

そうした情報は、行政側から得られたモノではありません。既に地元じゃ有名だったので、そうした話を得ようとすればそれほど難しくもなく…

「あー。キチガイそっちに引っ越したのか…。火に気をつけろよ。火事出して追われてったんだから…」

「救急車の常連だからね…しょっちゅうピーポーだよ。タクシー代わりだもの。一晩に3度も4度も呼ぶからさぁ…」

…どうしたことやら…。そんなこんなもスキルのうちだったんでしょうか…。

単純に児童虐待にとどまらず、スゲー近所迷惑一家だったワケですな…。
度々、救急車が来る事は知っていましたが、救急車が出て行かないんですね…。
「なんだよ、今流行のたらい回しかよ…」と思っていたのですが、搬送するにも搬送しようも無い理由で呼んでるワケだったんですねぇ…。

また、配偶者はまともな人、普通の人だと言う声もあり、いったい何をしてんだか? ってのは、多く報じられる虐待のそれと同じ雰囲気はあります。少なくとも、阿鼻叫喚の中で自分の子供がサンドバッグになっているワケですから、なんとかしようと言う動きがあってもおかしくないのですけれど、ほぼ、何もしていない…。ま、その時点で「まとも…」「普通…」とは言えないんですけれど…。

通報して、行政側の対応がどんなもんか…まぁ、静かになった方だし、阿鼻叫喚はたまにあっても、そこに子供の悲鳴が含まれていない事が持続している事から、ちゃんと仕事をしている感じは伺えます。

ところが、通報後、事情を尋ねられた電話が1回あっただけで、以後は何も連絡はありません…。専ら、プライバシーの塊ですし、おいそれとオープンに出来る話でも無いので、そうであろうとは想像していましたけれどね…。

ですから、どうした感じに解決が進められているのか? なんて事は、全然判りません。自分の目と耳で確認する以外に方法がありませんし…。

そうした機関に通報して、感じた事が幾つかあります。

情報の扱いがお粗末…。こうした問題に対処しなきゃならない部署が行政の中では幾つかに分かれており、情報が共有されてもいないんでしょうな…。当初は「全く把握していない家庭」と断言していた(これまでの様子からそれなりの機関と関わりが無けりゃ不自然なので念を押して確認した…)のに、翌日にはかなり深いところまで知っていたので、その間に調査にでも来たかと言えば来ていないワケです。近所だから見てりゃ判るし…。こうした問題に関わる組織が幾つあるのか知りませんが、ひっくるめて行政と考えたら、どこかで既に把握はしていたにもかかわらず、その情報が活かされずに埋もれていたか、ほったらかし…って事だったんでしょう。既にコンタクトしている事が判れば資料の共有で済むワケで、取り急ぎわざわざ見に来る必要も無いですからね…。

また、そうした情報の連携は多岐に渡らなきゃダメって感じも見えました。単に福祉関係と警察だけでなく、消防も、特に救急が鍵となるんじゃないかと思うのです。地域の行政センターも少なからず迷惑一家の話は耳にしていたハズなので、そうした連携があるんだかないんだか…。

伝えた内容に対する温度差…。子供の悲鳴が一番でしたから、その様子は詳しく伝えたつもりですけれど、単純に児童虐待にとどまらない危険性も多分にある事も伝えたのです。そうした状況を近隣の者が知っても、直接コンタクトの取れない相手である事、凶暴化すれば数時間はそれが持続し、大の大人が近づく事も憚られる状態にある事も伝えたのですが、聞いてんだか、聞いてないんだか、いかにも事務的にサッパリな反応が電話でしっかりと伝わってくるワケです…。コッチは『今、ココにある危機』を伝えているんですけどねぇ…。

これも、実は想像していたのです。何か事が起きてしまい、取り返しが付かない状況になっても「…対応が甘かったと言えばその通り…」なんて事をさらりと言ってのける人達なのは過去の報道を見ても判りますから…。全国的に常套句になってると思って間違いないでしょう…。

てなワケで…釘を刺しておきました…。

「…通報はしっかりとしたからな…。後は子供が死ぬような事になったら、オマエらの責任だからな…しっかりやれよな…」

言葉はもう少し丁寧に言いましたが、そうした趣旨を言っておきました。

ま、結果としてはかなり素早く動いたみたいですけどね…。聞こえちゃイケナイ子供の悲鳴が聞こえなくなった…って書くと、ヤバさも感じるのですが、そうでない方に進んでいるとしたら、やはり通報して良かったんだと思います。

ただ、あの時感じた『温度差』は未だに不快感が残るモノです。ま、電話の向こうの担当者が実際に近隣に住んでいるワケでも無いし、電話で話を聞いているに過ぎませんから無理も無いんだと思いますが、正直なところ…

「…他にももっと聞かなきゃイケナイ事あんだろーによぉ!」

って、じれったさは充満しています。それっきり、連絡も無いわけですから、ここで聞かなきゃ後に聞く事も無いワケですし、罪のない子供の命がかかってる話をしているワケですから、あれこれと聞き出さなきゃダメってのは素人でも判りますな…。「プロなんじゃねーのかよ…」って疑問すら沸いてくる感じが拭えなかったのですが、救える命が救えなくても、アタマ下げれば済んでしまうのも役人なワケでね…。その辺を理解しながら通報するってことも大事なんじゃなかろうかと思います。また、こうした事は繰り返される事が前提にあると考えるべきで、通報しても事態に変化が無ければ変化が見えるまで通報する…ってしつこさが命を救うポイントでもあると思います。

そんな事を書くと…通報するのも気むずかしくなってしまうかな…。でもそれら全てが事実です。救える道は電話1本から広がるワケで…その道を行政の不手際で閉ざしてしまうような事があれば、報道でも呼びつけてありのまま話せば道はまた別の方向で広がるんだと思います。そうして行かないと、悲しく凄惨な不幸が身近に…って連鎖が終わらないでしょうからね…。

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音が気になるので…。

2010-03-04 13:59:48 | 我思う、故に書くなりよ。
…たまにだけれど、空が低く震えるのである…。

雷とか、そうした自然現象のひとつなんだとは思うが、人造的な感じもしないではない低音というか、重低音なので、あれはなんぞや? って。

やたらと『ずし……ん…』って不気味な音なのだが、直上で鳴っているワケでもないし、直上で…って人もどこかにいるんじゃないかと思うのだが、そうした現象が報じられてもいないし、ニュースでもやってないし…。

ま、音なんだから、録音でもしてみようかと考えたのだが、録音可能なMDが手元にあるので、マイクだけ調達すれば機材は揃う事になる…。

んでまぁ、閑古鳥が鳴いている大型電器店に歩いて行き、物色すると…あまり無い…。

会議用のモノラル・マイクならゴロゴロと言うか、それなりの種類がぶら下がっているのだが、ステレオで高音質…ってのが3つしか無く、手頃な値段のを選んだ…。

SONYの『ECM-DS70P』。Amazonで買うのとほぼ同じ値段だからいいや…って事だけど、同じ値段でICレコーダーが買えてしまう…。店員に相談してみると、その程度の値段のICレコーダーでは所望する音を録るには十分とは言えず、お幾ら万円するモノでないとダメなんじゃなかろうか…との事。

眺めて見た感じでもそんな感じなので、店員があながちウソを言ってるとは思えず、マイクだけ調達したんである。

使い方は…刺すだけ…。

録音出来るMDは『MZ-R90』って古いモノだが、ここのマイク端子に買ってきたマイクを刺すだけ…なので、困る事も悩む事も無い…。ポータブルな録音機器として、これだけで事足りてしまう。

んでまぁ、生ディスクを入れて、早速録音しながら帰ってきたが…微妙…。

録れて欲しい音よりも、マイクの付いたMDの周囲の音だの、自分が歩く足音だの、イヤホンが擦れる音の方が圧倒的に大きいのである…。MDの機械音も甚だしく録音されてるし…。

ま、ガンマイクじゃないんだから、遠くの音はそれなりに、近くの音はしっかりと…って基本は正しいワケで、なかなかリアルに音は録れている…。

うむぅ…。これは録音マニアとか録音オタク的なモノに近づくための修行が必要なのだな…。

マイク自体を離すとか、ウィンドスクリーンを自作するとか、そうした創意工夫を一層努力しないとダメかもしれぬ…。ポン付けでなんとかなると考えたのが間違っていたみたいだ…。

そんなワケで、今日から録音マニアとして修行に励む事にするんである…。

…空のふるえを録るなんてのは、いつの日になる事やら…。

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遠路はるばる…。

2010-03-01 06:34:22 | 我思う、故に書くなりよ。
…やって来ましたなぁ…津波…。

50年前とほぼ同一のモノという事で、気になっていたのだけれど、ハワイの様子を朝からウェブカメラで見てたら、ハワイアンな音楽とともに、のどかな様子が…。

50年前は10m近い高さの津波が襲ったと記録にはあるが…それほど強固な防波堤とかあまり見掛けないので、どうなんだろうかと…。それでも1mの津波は来ていたらしい…。お昼だっていうのに、街から人もクルマも消えていたので、ちゃんと避難してたみたいだ。

あまり大きな津波は来ないだろうと言われていたが、朝になり、様子が変わる…。

これから「大津波警報」が出される模様…って事で、緊迫した雰囲気はTVの中にあったんだが…3m級を想定しているって事で、地味な感じじゃないかと。

ま、結果的に割と地味な感じの津波ではあったけれど、時間差攻撃がハッキリとしていたし、無駄骨…って感じで肩すかしな感じのトコロも多かったが、備えないとやはりダメ…って事は判ったんじゃないだろうか。

普段、どう考えても津波の被害は受けないだろうトコロに住んでいると、そうした備えをしっかりやっているトコロを見ると、ちょっとショックを受けてしまう。

物心の付いた頃、父の故郷が近かったついでに、三陸方面を見て回った事があるが、あそこは50年前にヒドイ事になっている。やはりチリから来た津波にやられたのだけれど、これだけでなく、昔から近海で大きな地震が起きると津波にやられてきた歴史もあって、備えだけでなく、街の人々の気構えもしっかりしていたんである…。

どこだか忘れちゃったが、そうした話をする通りすがりのおじさんの話に父が食いついちゃったら、漁協の事務所の2階に案内されて、津波の資料館みたいなモノを見たワケである…。

津波というと…大きな波が…ってイメージだけれど、それも間違いではないのだが、それと違った話を聞いたのが驚きだった。

「…海あふれるんだもの。みるみるうちに、あふれるから。」

場所によっては、迫ってくる大波に…って感じもあったらしいが、説明してくれたおじさんが見たのは、目の前の海が「あふれた…」って事である。近年、大きな地震に見舞われたトコロの映像で、それらしい現象を見る事もあるが、当時はネットなんか無いしねぇ…。

普通に考えられないほどの水位になってしまい、自分は船に乗っていて、沖に出ようとしたが、気が付いたら家とかタンスと一緒に沖まで流されていたと。

波って感じではなく、理解に苦しむ現象だったと言っていた。海が荒れたのなんかは日常で経験しているワケだけれど、あふれる…って経験は無かったらしい。

あふれた海は湾を越えて山に向かうのだけれど、山の方にいた人の感じはまた違う。

「津波だよ。勢いが凄くて、流されるものは流されるし、壊れるモノは壊れながら流れてくる。」

ま、そうした経験から防波堤だの防潮水門だのの近代化が図られたとかなんとかな記録を見ちゃうとね、なんにも考えてない自分とのギャップがショックだったりしたんだよねぇ…。

あの頃、そうした事を見た場所は「大津波警報」。

モノだけでなく、人もしっかり備えているトコロだから、この程度じゃ大丈夫だろうと思うけれどねぇ…。

そうした…備えってモノが受け継がれていかなきゃならないワケですけど、それもムズカシイ時代にもなっている様子が気になりますな…。忘れた頃にやって来るモンだし、想像や想定をあっさりと越えちゃう自然現象なワケですから、巻き込まれたら人命は簡単に失われるワケですが、避難しない人も多々いるし、結果的に微々たる…って事象に備えた事に対して文句言う人も多々いるし…。

…痛い目に遭わないと判らない生き物なんでしょうかね、人間は…。

痛い目に遭った人々の経験を受け継いで、それを大事にする…ってのも、備えのひとつじゃないかと思うんですけれどね…。

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