少し前の話です。立夏・八十八夜などという季節の話題から、日本茶の話が天声人語で取り上げられていました。山の斜面にもっこりとした畝に瑞々しいお茶の葉が収穫時になっているのです。最近の子供はどうでしょうか、私が子どもの頃は「♪♪ 夏も近づく八十八夜♪♪」が唱歌で歌われ、手遊びが遊びでした。
その天声人語氏の文章は、世の流れを書いていました。最近では日本茶を飲まなくなっているというのです。若者の中には「急須ってなあに?」というう者も出てきている、お茶はペットボトルに入っているものを買うのだと思っているというのでした。
これは本当です。私は実例を知っています。お茶の教室に通ったことがあります。渋谷教室は、勤め帰りの若者が(男性も)夕方からかなりの人数通ってきていました。若い男女の集まりです。カップルも生まれます。目出度く婚約した二人に、友人で、名のある陶芸家の急須を贈ったのだそうです。勿論喜んでもらえると思ってです。
ところが・・・です。きちんとしたお礼の言葉がないのだそうです。そして先生の所にはそのカップルが来て、「これなんですか。何に使うものですか。邪魔なんですけれど・・・」と質問したというのです。先生あきれ果てて、昼の部の私達おばさん(おばあさん)に笑えもしないと困って話してくださったのです。
う~ん、時の流れですかねえ。
と自分はもちろん知っているという態度を示していますが、私も日本茶はほとんど頂きません。勿論急須が何者かは、知っていますけど。コーヒー党なのです。今、年寄夫婦は朝食は前夜の残りご飯を頂いておりますが。若い頃は、朝食はパンにしていました。当然のようにコーヒーでした。モーレツ社員と、子どもに追われる毎日です。毎日が寝不足です。その頭をすっきりさせるためにもコーヒーのカフェインは必需でした。お茶はいれないけれどコーヒーを入れるという生活が身についてしまいました。
もう一つ心当たりがあります。私が子どもの頃というのは、戦中戦後、日本は貧しく、食糧難の時代でした。お茶の葉などというものはなかったのです。庭先の生け垣の少々がお茶の木で作られていましたから、八十八夜頃に茶葉を摘み取り、蒸してお茶を作っていましたが、そんな量ではすぐに底をつきます。求めてまでは・・・求めようにもないのですが・・・現金がありません。
わが家だけではありません。みんな不自由していたのです。雑草に「カラスノエンドウ」というのがありますよね。誰が言い始めたのか、それがお茶の葉がわりに美味しいということで使っていたこともありました。さあ、我が家ではどうだったでしょうか。にわかに農作業を始めざるを得なかった母は、お茶に心を砕く暇もなかったかと思います。我が家にはお茶を飲むという習慣はこの時から無くなっていたのではないでしょうか。
下にカラスノエンドウの写真入れます。
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