乙女高原ファンクラブ活動ブログ

「乙女高原の自然を次の世代に!」を合言葉に2001年から活動を始めた乙女高原ファンクラブの,2011年秋からの活動記録。

第16回乙女高原フォーラム テーマ:谷地坊主

2017年01月29日 | 乙女高原フォーラム

 いい天気。11時過ぎにはスタッフが夢わーく山梨に集まり、準備を始めました。
 そして、午後1時、山梨市観光課長・穐野さんの司会でフォーラムが始まりました。望月市長さんも駆けつけてくれ、参加者の皆さんにあいさつしてくださいました。


 ここからは植原が穐野さんからマイクを受け取り、コーディネートしました。プログラム1番は「ファンクラブの活動報告」。報告はファンクラブ代表世話人の三枝さん。プロジェクターで活動のスナップを写しながら、ファンクラブ1年間の活動の様子を報告しました。後半は、気になるシカ柵設置後の草原の報告でした。
 次の報告は乙女高原観察交流会と夏の案内活動についてです。報告は乙女高原案内人の山本さん。2015年12月から開始し、毎月1回ずつ開催してきた交流会の様子と、夏の案内活動の様子を報告してくれました。やはり同じ場所に通って観察すると、いろいろな変化がわかるし、新しい発見もあり楽しいですね。この交流会、今後も続きます。ぜひご参加ください。
 続いて、小さいころから乙女高原に通い、ファンクラブの活動にも数多く参加してきた小学校6年生・服部さくやくんの作文朗読です。じつは昨秋のマルハナバチ調べ隊の折に頼んだら、はにかみながらも「うん」と言ってくれたのです。お父さんの強力なサポートもあり、作文無事完成。事前にお父さんからメールで送っていただいたので、朗読に合わせてバックで映像を流すこともできました。題名は「ぼくの乙女高原」。
 そして、メインゲスト勝山さんのお話の前座として、ファンクラブ代表世話人の植原が「谷地坊主を巡る旅」というお話をしました。谷地坊主が有名な北海道・釧路湿原、栃木県・奥日光の戦場ヶ原、長野県・霧ヶ峰の踊場湿原を旅し、谷地坊主を観察してきて、乙女高原の谷地坊主と比べてどうだったかというお話です。
 最後に、プロフィールをファンクラブの小林さんが紹介した後、今回のスペシャルゲスト・神奈川県立生命の星・地球博物館学芸員の勝山さんによる「スゲがつくる坊主たち」というお話を聞きました。後ほど詳しく報告します。


 その後、マイクを穐野さんにお返し、ファンクラブ代表世話人・宮原さんからお礼のあいさつ、ファンクラブ世話人小林さんが諸連絡をし、フォーラムが終了しました。


 会場内の会議室で茶話会を行って情報交換し、場所を近くの居酒屋さんに移して懇親会。勝山さんやさくやくんを囲んで、楽しくおしゃべりをしました。

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◆勝山輝男さんのお話「スゲがつくる坊主たち」ダイジェスト◆

※勝山さんのお話を、趣旨はそのままに植原が少し編集しました。したがって、文責は植原にあります。

・シカの自然植生への食害が日本で初めて問題になったのが,さっきの植原さんのスライドに出てきた日光と、私のフィールドの一つである神奈川県の丹沢山地なんです。林床の植生であるスズタケなんかがなくなっちゃったんです。当時はまだシカのせいかどうかわからなくて、試しにシカ柵を作ったら、1年で回復してきました。シカのせいだったんですね。そんなことを思い出しました。



・今日の話のきっかけは、植原さんが釧路市博物館に寄られて、「神奈川県にKさん(勝山さん)がいるから、話を聞いてみるといいよ」と言われたからだと思います。、私はスゲという植物を研究しているんですが、谷地坊主をそんなに真剣に眺めていたわけではなくて、「おもしろいものがあるな」と思って見ていました。植原さんが私の博物館に来られ、「山梨県に谷地坊主があるよ」という話をされたので、「え、山梨県にもあるのかな。どんなスゲなのかな」と思い、一昨年の5月の連休、乙女高原を訪れました。

・びっくりしたのは、谷地坊主を作っているスゲの種類です。ヤマアゼスゲと聞いていましたが、タニガワスゲというスゲでした。春先の谷地坊主は、去年の枯れ葉が垂れ下がり、それに新しい新芽の緑が出てきて見応えがあるのですが、そのころはまだ花は付けてないので、見分けにくいです。タニガワスゲが谷地坊主を作るという報告はどの文献にも載っていません。日光はオオアゼスゲ、釧路湿原はカブスゲが谷地坊主を作っていますので、タニガワスゲが作っているのを見て「ヘーッ」と思いました。


◆スゲってどんな植物?
・谷地坊主を作っているのはスゲという植物です。スゲ=カヤツリグサ科スゲ属。特徴はイネ科やイグサ科と同じく細長い葉を付けることです。「ほそもの」なんて言ったりします。きれいな花をつけるわけではないので、皆さんあまり見ません。イネ科の茎はだいたい丸ですが、カヤツリグサ科は一部の例外を除くと三角形です。そこに葉が付きますから、上から見ると、3方向にきれいに出ます。花は小さくて穂になります。見分けるには、花よりも実が実っているシーズンです。図鑑に載っている写真も果実が結実したころです。花が目立たないのは、花びらもがくもないからです。

・花は、軸に鱗片が付いていて、これが花を保護しています。その脇に、両性花なら、1本のメシベに、3本ないしは6本のオシベが付きます。それだけなんです。花はちっちゃくて目立たないし、花びら等がありませんから、特徴がなかなかわかりずらいんですが、穂に鱗片がどのように付いているかなどによって見分けます。花が集まった小穂がどんな形で、どのように付いているかも見分けのポイントになります。

・カヤツリグサ科の中にスゲ属があります。カヤツリグサ科には両性花を付けるものが多いのですが、スゲ属だけは雄花・雌花を付けるものが多いです。雄花は雄花だけの穂を作り、雌花は雌花だけの穂を作ります。雌花のメシベの様子も、他のカヤツリグサ科と違っていて,鱗片をはがすとメシベがいきなり出てくるのでなく、果胞という壺型の入れ物があり、その中に果実・メシベがあります。これが特徴です。

・きれいな花は咲かないですが、シブいよさがあります。これだけでは地味ですが、生け花で脇役的に使うときれいだと思います。きれいな花ならみんな見るから、それなら地味な花を見てやろうかと思って、今にいたっています。スゲ属は日本で約270種、世界で2000種と、とても多くの種が含まれているグループです。そうなると「他人の空似」がとても多くなり,見分けるのが困難です。

◆乙女高原のスゲ属植物

・タニガワスゲ 途中に雌花ばかりの穂が付いて、先端に雄花ばかりの穂が付きます。雌花の小穂は鱗片の黒と果胞の緑のコントラストがきれいです。ルーペ等でよく見ると果胞の上部「くちばし」と呼ばれる部分が長く突き出て、その先からメシベの先が出ています。葉が密集して生えるので、谷地坊主を形成します。

・ヤマアゼスゲ タニガワスゲによく似ていて、やはり雌花の小穂は黒と緑のコントラストがきれいです。果胞もよく似ていますが、果胞の先端の「くちばし」は、ヤマアゼスゲのほうが短いです。慣れてくると、タニガワスゲのほうが株が密生していて、ヤマアゼスゲのほうが少しまばらなところでも見分けられます。なぜかというと、ヤマアゲスゲでは地下茎が少し伸びてから地上に立ち上がるので、その分、株が密ではなくなるからです。たとえてみれば、ススキは株になりやすいけど、ヨシは株になりにくいといった感じです。この性質は谷地坊主の形成に関してとても重要で、ヤマアゼスゲはやや株も作りますが、谷地坊主にはならず、一面に生える感じになります。木道のある湿地の入り口あたりにあります。

・アゼスゲ 今までの二つによく似ていて、雌花の小穂は黒と緑のコントラストがきれいです。でも、果胞の「くちばし」の部分はほとんどありません。また、地下茎がより伸びてから地上に出るので、株は作らず、湿地一面に葉が広がるような生え方になります。木道のある湿地の木道を奥のほうに行くと、アゼスゲが一面に生えています。これら3つは一緒に、あるいは隣り合って生えています。よく似ていますが、このように性質が微妙に違うので、見分けるには果胞の形をよく見てください。


・オタルスゲ 谷地坊主の湿地に多くありました。小穂の鱗片の黒は見えません。雌花の小穂は、タニガワスゲなどと違って、垂れ下がっています。これはかなり株になります。オタルスゲの谷地坊主もないかなと思って探しましたが、ありませんでした。


・オオカワズスゲ これも株になりますが、谷地坊主を形成することはありませんでした。

・ゴウソ きれいなスゲですが、やはり谷地坊主は形成しません。流れがあるところに生えています。

・アカンスゲ 北海道の阿寒で名前が付きました。本州では少なくて、焼山峠と長野県の入笠山にあります。一つの穂がまばらで寂しい感じがします。山梨県では焼山峠でしか見つかっていません。ここまでが湿地のスゲです。

・カワラスゲ オオバコなんかと同じで、湿地のまわりの、人が歩く道に沿って生えるスゲです。

・ヒメスゲ 岩場の周辺など、乾いたところのスゲです。乙女高原でも湿地から離れて、乾いたところになると生えています。

・ヒカゲスゲとホソバヒカゲスゲ ヒカゲスゲは花柄が長いですが、ホソバの方は花茎が短くて、葉の中に隠れています。どちらも乙女高原の草原など乾いたところ、岩のへりなどに生えています。

・サナギスゲ 穂の下に雌花が付いて、先端に雄花が付くもので、案外珍しいです。ブナ爺に行く尾根のところにあります。5㎝くらいと小さいです。

・タガネソウ スゲの仲間にしては珍しく、幅の広い葉を付けます。ちょこちょこ見かけます。

・ヒカゲハリスゲ 花茎がキューッと伸びて、先端に一個だけ穂を付けます。

・チャシバスゲ 草原の中にポツポツと出るスゲです。花茎がすーっと伸びて、雌花の花穂と雄花の花穂をコンパクトに付けます。わりと地下茎が発達するので、たくさんの穂が見えることがあります。

・ニイタカスゲ 台湾のニイタカヤマで同じものがあるので名前が付きました。

・イトアオスゲ この辺になると、見分けるのがちょっと難しいです。

 一昨年5月に植原さんに案内してもらって観察して、もう一回6月に来て見て、2日間で合わせて17種類のスゲを乙女高原と焼山峠の間で確認することができました。乙女高原はスゲの観察会をするにはいいと思います。これより多くなると、みんな頭の中がパンクしてしまうし、あまり数が少なすぎるとつまらないと思います。


◆谷地坊主

 「密な株を作るスゲ」というのがスゲの側の条件です。分けつが盛んで、密集した株を作るということです。
 そして、冬に凍って上がってくるという凍上という現象。これが大規模に起こると、北海道なんかで道路が一面持ち上げられて、アスファルトがひび割れちゃう。地面の下に小さなくぼみができるのではなく、大規模に起きてしまうレンズ型に盛り上がってしまいます。霜柱はそれの非常に小さな現象です。
 あと、水。水は流れていると、なかなか凍りにくい。水は少しずつジワジワと少しずつ供給されると、、それが寒さに会うと凍っていきます。つららも氷筍もポタリポタリと水が供給されるから大きな氷になります。ですから、地下水がジワジワにじみ出ているようなところは氷が発達しやすいです。凍るところは地面の持ち上がり(凍上)もおきやすくなります。
 凍るときには谷地坊主の株よりも株のまわりの裸地の部分の方が先に凍ります。草のところだけ凍るのが遅くなり、まわりの先に凍ったところによって持ち上げられます。普通、地面が持ち上げられると根が切られてしまい、植物へのダメージが大きいのですが、スゲは分けつが盛んですから、たぶん持ち上げられても大丈夫なんだろうと思います。
 解けるときにも時間差があり、解けたときに、まわりは浸食されるけれど、株のところは土が流れないといったことがあって、谷地坊主として盛り上がってくると説明されています。

 ただ、この現象を再現させるような研究をした論文はありません。和文の論文として見つかったのは、「釧路湿原」という名前を付けた北海道学芸大学釧路分校の田中瑞穂という生態学者が1960年代に書いたものです。それ以外の論文はなかなか出てきません。田中博士の論文、もっともだなあと思いつつ、いろいろと疑問もあります。たとえば、浸食が常にあったら、水による浸食は大きなものになっていきます。浸食によって谷地坊主ができるのであれば、もっと浸食が進んでもいいと思うのですが、それがそうならないということは、まわりから土砂が流れ込んでいて、それと浸食によって削り流されていくのがバランスがとれているということだと思います。供給される土より浸食される土が多ければ、溝は深まっていくはずなのに、そうはなっていませんよね。
 だから、凍上というのが大きく関わっていると思うのだけど、地面が凍上したとしても、解けてもとに戻れば、0でしょ。ですが、もとに戻らないということは、どういうことが起こっているかというと、凍るときに時間差があると、早く凍ったところによって、まだ凍っていない土壌が持ち上げられる、つまり移動するわけです。移動した土壌が解けるときにもとに戻るのですが、そのときに、細かい粒と大きな粒でより分けられます。そんな現象が谷地坊主の形成に関わっていると思うのてすが、十分納得できる説明が書いてあるものは見当たらないです。
 ということで、なんでこんなものができるのか私にはまだよくわかりません。

 乙女高原ではタニガワスゲが谷地坊主を作っています。ところが、乙女高原の湿地で密集する株を作るスゲはタニガワスゲの他にもオオカワズスゲとオタルスゲもあります。これらが混成していますが、圧倒的に多いのがタニガワスゲです。また、谷地坊主を作っているのはタニガワスゲだけ。ですから、タニガワスゲの性質に、谷地坊主形成の鍵があるのかなと思います。
 谷地坊主の湿地は、夏になっても湧水で涵養されていて、チョロチョロと水が流れています。乙女高原の湧水は枯れません。1年中ジメジメしている湿地です。少しずつしみ出ていますから、凍りやすい条件は整っていると思います。
 もう一つの特徴は谷地坊主はタニガワスゲばかりで、ほかの植物が生え込んでいない。坊主と坊主の間は裸地になっていて、夏に行ってもそこに他の植物が生えていることはそんなにありません。その理由は、乙女高原の湿地の上部空間にはまわりの林から枝葉が伸びていて、湿地が一日中十分な日光が当たっているわけではないことにあると思います。「明るい日陰」という光条件が、タニガワスゲの成長と清水による浸食作用とのバランスをうまくとっているのかもしれません。

 乙女高原では、谷地坊主を一個、解剖してみようという観察会をしたことがあります。要するに、縦断面を見てみようということなのですが、割ってみると、泥がいっぱい付いていて、上部は株が密集していました。泥を洗ってみると、やっぱり根が密集していました。また、上部には古い根茎が密集していました。スゲは多年草ですが、冬を越して生き残っているのは、この根茎の部分なんです。毎年、新しい根を伸ばしています。古い根も残って体を支持していますが、水分を吸収したりする役目はありません。根は毎年入れ代わっていると考えてください。新しい根と古い根で土をからめ捕って、流されないように保っていると考えられます。葉も毎年出し直しています。
 谷地坊主の頭頂部が一番硬くて、ここが根茎で、ここが基部となって、新しい葉や新しい根を伸ばしていきます。ここが養分を蓄えている場所で、ここから新しい根を伸ばしていき、古い根と一緒に坊主頭を支えています。意外と坊主頭は痩せていて、根が地面の中、どれくらいまで届いているかなあと考えるのですが、意外と浅いかもしれないです。
 このときは大きめな谷地坊主を解剖してみましたが、小さい谷地坊主を解剖したらどうなっていたかは興味のあるところです。案外、地面の中には根はあまりいっていないのかもしれないです。冬の凍上のとき、根ごと持ち上がっているので、スゲ本体へのダメージが少ないのかもしれません。

 北海道の厚岸町に、乙女高原の谷地坊主の湿原ととても雰囲気が似ている場所があります。釧路湿原の東、丘陵の中でジメジメしたところにアカエゾマツというトウヒの仲間の群落があります。アカエゾマツは湿地や岩場でも生えるので、東北海道の低地で、林の中の湿地を探そうと思ったら、平らでアカエゾマツが生えているところを探せば、その下は湿地です。
 林の中の湿地は、半日陰なので、多種多様な植物が繁茂しないんです。他の植物がありまありませんから、乙女高原のように、谷地坊主がきれいに並んでいる景観になります。明るい林だと、いろいろな植物が一緒に生えてきてしまいます。
 ここの谷地坊主は、全部カブスゲです。タニガワスゲと同じく株を作るスゲです。穂はタニガワスゲと違って、花柄の先端にかたまって付きます。釧路から厚岸にかけての谷地坊主はほとんどカブスゲです。私は今年、ホソスゲを探してアカエゾマツ林の中をさんざん歩いたのですが、アカエゾマツ林の中の谷地坊主はほぼ100%カブスゲでした。釧路湿原の方に行くと、ハンノキ林の中にあることが多いです。ハンノキ林の中の谷地坊主もほぼ100%カブスゲです。で、カブスゲの谷地坊主の湿地には、他の草がほとんど生えていません。カブスゲはまさに谷地坊主のためのスゲで、株を作る特徴があるのでカブスゲという名前が付いたくらいです。

 北海道ではエゾジカ対策で国道に沿ってシカ柵を作っています。走っている車とシカが衝突したらたいへんだからです。同じ理由で鉄道の線路に沿ってもシカ柵があります。柵を作るために、国道脇の谷地坊主が壊されてしまうことがあり、乙女高原のように解剖実験をしないでも谷地坊主の縦断面を見ることができました。乙女高原のタニガワスゲが作る谷地坊主と構造的には同じでしたが、ただ、比べると、とても固かったです。タニガワスゲよりも、より密集した株を作るようです。


◆谷地坊主をつくるスゲ
 谷地坊主を作るスゲとしてよくいわれるのが、カブスゲともう一つアゼスゲがあります。アゼスゲは、北の方に行くと、だんだん地下茎が伸びずに立ち上がるようになります。日光、八甲田山、八幡平、北海道のニセコなどに行くと、アゼスゲが大きな株を作るようになります。これをアゼスゲの変種オオアゼスゲとしています。日光の光徳沼で植原さんが観察した谷地坊主がこのオオアゼスゲです。
 カブスゲは北海道だけにしかありません。しかも,どちらかというと東の方です。本州では見つかっていません。北海道以外でかっこいい谷地坊主があったとしたら、乙女高原ではタニガワスゲ、北海道ではカブスゲ、それ以外はほとんどオオアゼスゲですね。

 昔から谷地坊主を作ると言われているスゲにトマリスゲがあります。根茎が密集するスゲです。でも、生えているところを見ると、そんなに密にはなりません。霧ヶ峰踊場湿原の谷地坊主はこのスゲだと言われていますが、近づけないので、本当のところはわからないです。私は、トマリスゲがきれいな谷地坊主を作っているのは見たことがありません。

 ヌマクロボスゲはレッドデータブックに載るような希少なスゲです。軽井沢でみられます。かなり密集した株を作り、谷地坊主を作るのを見たことがあります。そこはゴルフ場になってしまいました。中国の東北部、昔、満州と呼ばれていたところで、谷地坊主というと、ほとんどこのヌマクロボスゲです。

 釧路湿原での谷地坊主形成の田中瑞穂博士論文に書かれているのがヒラギシスゲです。このスゲが釧路湿原で谷地坊主をたくさん作っているのかと思ったのですが、残念ながら、私はこのスゲが谷地坊主を作っているところは見たことがありません。ですから、田中博士が谷地坊主研究の材料として使ったのが本当にヒラギシスゲだったのか、カブスゲではなかったのかと疑っています。標本が残っていれば、ヒラギシスゲかどうか確かめられるのですが、残念なことに確認できません。山梨だと標高の高いところ、八ヶ岳の赤岳鉱泉のあたりとか、金峰山の頂上近くの渓流沿いに生えます。そこでは、谷地坊主は作っていません。

 オハグロスゲは国内だと、北海道の大雪山しかないスゲで、きれいとはいえませんが、盛り上がった株を作っていました。外国の文献にも出てきます。盛り上がった株は谷地坊主とはちょっと違いますが。

 箱根・芦ノ湖畔で見つけたタニガワスゲは沢の川岸にありました。川の流れぎりぎりのところに生えているのが谷地坊主を作っていました。ここは雪は降らないし、冬でも凍りませんから、凍上は関係ありません。株ががんばって根を張ったのと、川の浸食作用によって、谷地坊主(状)になっていました。この株より川側だったら流されてしまい、生えられないし、もっと岸側だったら、株元がえぐられないので、どちらにしても、谷地坊主(状)にはなりません。そうなると坊主が一面に並ぶのではなく、どちらかというと川の流れに沿って一列に並ぶような状況になります。日当たりがよくて、十分成長できれば、多少根元が削られてもがんばって、谷地坊主(状)になれるということです。これは水位変化や浸食が主な原因で形成されています。冬に凍ることは関与していません。もしかしたら、霧ヶ峰の谷地坊主も同じ要因なのかもしれません。

 谷地坊主が一個だけ、あるいは数個が点々とある状態はまあ珍しくないだろうと思うのですが、乙女高原などは、それが一面に、絶妙な間隔を開けながら並んでいる(箱の中のおまんじゅうのように)のがおもしろいです。そうなると、乙女高原に匹敵するような谷地坊主というのは、北海道の釧路から厚岸にかけてのカブスゲによる谷地坊主というとこになると思います。そう考えてみると、「本州中部の」「タニガワスゲによる」谷地坊主はとても貴重だと考えていいですね。
 どうして、このように群生するのか、その理由については知りたいですね。単に凍って持ち上げられているということではなさそうです。


 意外と困ったのは英語。外国の文献を調べようと思って、谷地坊主の英訳を探していたら、tussock(ツソック)でした。ところが、これがイコール谷地坊主ではなく、株・株立ち・叢生という意味で、湿地にあるかどうかは関係ありません。たとえば、大雪山にあるタイセツイワスゲはマリモみたいなまん丸い株になりますが,こういうのもtussockと言います。スゲとも限りません。しっくりくる英語はありませんでした。


◆構造土
 北海道の大雪山系の白雲岳には、礫と土とが縞状になったり、網目状になったりと、模様ができることがあります。こういうのを構造土といって、周氷河地形の一つです。地面が凍るときに、大きな礫があるところと小さな礫があるところ、植物が地面を覆っているところとそうでないところ、火山灰質のところと粘土質のところで、凍るのに時間差ができ、均質に凍りません。解けるときにも時間差があるし、大きな礫と小さな礫では移動する距離が違って、だんだんふるい分けられてしまって、集まってきます。あるいは凍るときに地面が収縮するもんだから、そこに溝ができます。水っておもしろい性質を持っていて、雪の結晶を思い出してください。六角形でしょ。だから、まっ平な地面で凍結融解が繰り返されると、そのひび割れは六角形になるんです。亀甲状土といいます。凍結融解を繰り返すと、六角形のブロックに別れて溝ができたり、溝のへりにそって大きな礫が並んだり、真ん中には小さな礫が集まったりします。
 そんな模様が地面にできたところに、スゲが生えれば、絶妙な間隔で株が並ぶこともあるわけです。

 そんな構造土として盛り上がった所のことを凍結坊主(アースハンモック)と言います。地面に植物が生えると、そこが凍るのが遅くなるので、周りの先に凍ったところによって持ち上げられます。解けるときには植物があるとなかなか流されませんから、根っこのところに土壌が残って、まわりがへこんでいきます。それで地面に半分に切ったおまんじゅうが並んでいるような景観になります。1mくらいの高さです。谷地坊主と違って、地面の表面には根や根茎がありますが、まんじゅうの中身は全部土壌です。まわりに礫があっても、まんじゅうの中だけは土なんです。

 南アルプスの上河内岳の稜線には不思議なところがあります。地図には亀甲状土とあり、静岡市の天然記念物になっています。これも構造土で、盛り上がっている山と山の間は礫なんです。こういうところにもけっこうスゲが生えています。ヒメスゲなどです。

 九州に行かないとみられないコイワカンスゲというのがあります。阿蘇山の火口近くには、坊主状になったコイワカンスゲの株が並んでいます。これ、私の造語ですが、裸地坊主といいます。おもしろかったのは、片側が黒く見えていることです。みんな横倒しになっているように見えます。火山ガスの影響か、山の上から吹きおりている風が原因なのかわかりませんが、片側が枯れているのです。よく見ると、株の周囲は礫なんですが,株の中は土でした。ですから、これも構造土なんじゃないかと思いました。調べてみると,アースハンモックと書いてありました。九州でも周氷河地形がみられるんですね。
 コイワカンスゲに覆われているところは凍るのが遅く、まわりが凍ると押し上げられ、覆われていないところは攪拌作用と浸食により他の植物が生えないので、地面に点々と緑のまんじゅうが並んでいるような景観になります。

 凍上と融解・浸食によって谷地坊主が形成されるのはわかるけど、ではどうして、あんなに絶妙な間隔で並んでいるのか。そこに構造土の考え方をもってきて、ミックスしたくなりますね。たとえば、谷地坊主がまだ小さいときに、凍上と融解するときに攪拌されて、解けるときに谷地坊主が動いて、ほぼ等間隔になる・・・なんて説明ができないかと思ってしまいます。谷地坊主が動いているところを想像すると、なんか妖怪かお化けみたいです。それはともかく、あのように散在する理由がほしいなと思います。
 乙女高原でも、小さい、でき始めの谷地坊主に注目してみてはいかがでしょうか。

 日光をフィールドにしている尾形さんが提唱しているのは、谷地坊主には現成型と化石型の2つのタイプがあるということです。
 今、作られている、あるいは,作られつつある、今も谷地坊主ができる環境にあるというのが現成型です。化石型というのは、かつては谷地坊主が形成される条件があり、いったん谷地坊主が形成されてしまうと、そう簡単には崩れないで残っているものです。
 季節的に湛水する、つまり地下水位が地表面すれすれを上下するようなところに谷地坊主が形成され(現成型)、土壌が堆積したりして地下水位が下がってしまうと、まわりから植物が侵入するようになり、谷地坊主が崩れていく(化石型)と説明しています。
 カブスゲしかみられないような状況は現成型で、ほかの草が生えていて、どこが谷地坊主かわからないようなところは化石型です。水位がもっと高くなり常に水をかぶるようになると、霧ヶ峰の踊場湿原のように、水面に浮かんでいるようにみえる谷地坊主になるのかなと思います。

 凍結坊主も同じです。十勝に行くと、牧場の中に凍結坊主があって、十勝坊主と呼ばれているのですが、昔作られたものが今,残ってでこぼこしているのではないかと言われています。

 乙女高原の谷地坊主は、この考え方によると現成型の谷地坊主です。これを天然記念物にするには、永続性が課題になります。湧水による適度な地下水位がキーポイントなのと、タニガワスゲだけがこれだけ幅を利かせているのは,谷地坊主上空の枝葉の張りぐらいによって日光が制限されているためなので、その環境の維持。どれか一つが欠けてもだめだろうと思います。

 余談になりますが、ヒマラヤに行くと、家畜の影響が大きいです。凍結坊主ができるようなところをヤクが歩き回ると、点々と糞をします。糞があるところは栄養があるから、そこからイネ科の植物が出てくる。そうすると、tussockが散在するようになります。アースハンモックではなく、アース糞モックですね。

 これだけきれいに群生している谷地坊主はみられませんので、大切にしていってもらいたいと思います。


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