パエ-リャ

木製カトラリ-

ボホ-ル紀行 (22)

2016-06-27 06:25:34 | Weblog

女主人は40代ぎりぎり後半か、50代前半の小柄で飛び切りの美人メスティ-ソ、スペイン人かフランス人にしか見えなかった。一方、亭主らしい風采の上がらない色黒のやせ男は、ただブ辺りをラブラしているだけで、時々孫らしい赤ん坊をあやしている、ひまそうなレストランだった。

ビサ-ヤとは何処から何処までなのか、ずっと気になっていたので男に聞いてみるとフランス語なまりの英語で自分の英語は下手なのでと女主人に交代してしまい、恐縮していた。それで、亭主がフランス人で、女主人はダバオの生まれだと分かった。女主人の英語はほぼ完ぺきだった。

メニュ-は内容がわからなかったので、女主人が勧めたものを素直に頼んだが、正直不味かった。一言でいえば、大きな生春巻き、でも、中身が訳のわからないもので、有名な一品らしいが好みではなかったので形だけはしっかりと記憶に残した。今後、2度と手をつけたくない一品だ。

フィリピンは、西回りでスペイン本国からの直接交易をしていた訳ではなく、太平洋を越えてメキシコと直接船でやり取りしていたので、メキシコ風、あるいはスペイン風のメニュ-がありそうなのに、見かけないのがとても不思議だ。

画像が思った位置に配置できないので、短い記事のまま終了する。この画像配置問題はGOOでは時々起きるので非常に困っている。