◆ 定年後の賃下げ容認
20条の意義を没却 (労働情報)
定年前後を通じて同じ業務に従事する定年後再雇用者の賃金を約30%切り下げたことが、労働契約法20条の「期間の定めがあることによる不合理な労働条件の禁止」に当たるかが争われていた長澤運輸事件について、東京高裁第12民事部は、11月2日、20条に違反し違法無効と判断した東京地裁平28・5・13判決を取り消し、違法ではないとする判決を言渡した(地裁判決の内容と解説については、本誌937号の拙稿参照)。
定年後再雇用の賃金切り下げを不合理と断じ、賃金の見直し・是正に大きなはずみとなった画期的な地裁判決が取り消されたのは極めて残念である。
被控訴人(一審原告)ら3名の労働者は、ただちに最高裁に上告および上告受理の申立をしており、所属する全日建連帯労組とともに、不当な東京高裁判決を覆すための闘いに取り組んでいる。
◆ 労契法20条の対象としたが
高裁ではまず、定年後再雇用の有期労働契約について労契法20条は適用されるかが争われた。
会社は、その特殊性を強調し、20条は適用されないと主張していたが、判決は、地裁判決と同様、本件の労働条件の相違は期間の有無に関連して生じたものであるから、「期間の定めがあることによる」ものであるとの点を指摘し、20条が適用されるとした。
次に問題となったのが定年後再雇用の労働条件の相違は、不合理といえるかどうかである。
判決は、労働契約法20条は、
①職務の内容、
②当該職務の内容及び配置の変更の範囲のほか、
③その他の事情を揚げており、
①、②は、無期契約労働者である正社員とおおむね同じであるので、③のその他の事情について検討するとして、以下のように判断している。
(1)控訴人が定年退職者に対する雇用確保措置として選択した継続雇用たる有期労働契約は、社会一般で広く行われている。
(2)定年退職後も引き続いて雇用されるに当たり、その賃金が引き下げられるのが通例であることは公知の事実である。
(3)定年後継続雇用者の賃金を定年時より引き下げることそれ自体不合理であるということはできない。
(4)定年後継続雇用制度の導入の状況についてみると、全体の傾向として、企業の多数が継続雇用者に定年前と同じ業務に従事させながら、定年前に比べて賃金を引き下げていることが認められる。
(5)被控訴人らの定年1年前の年収と比較すると、Aについては24%減、Bについて、22%減、Cについては約20%減となっており、会社の属する規模の企業の平均の減額率をかなり下回っており、控訴人の本業である運輸業について収支が大幅な赤字となっていると推認できることを併せ考慮すると、賃金の減額が直ちに不合理であるとは認められない。
(6)定年後の継続雇用制度における労働契約では、職務内容が同一であっても、定年前に比較して賃金が減額されることは一般的であり、そのことは社会的にも容認されていると考えられること、控訴人が有期契約労働者に歩合給を設け、その支給割合を能率給より高くしていることなど、正社員との賃金の差額を縮める努力をしたことに照らせば、不支給や支給額が低いことが不合理とは認められない。
(7)控訴人は、定年退職者を再雇用して正社員と同じ業務に従事させる方が、新規に正社員を雇用するよりも賃金コストを抑えることができるという意図を有していると認めるが、職務内容等が同一であるとしても、賃金が下がることは広く行われており、社会的にも容認されている。
(8)組合との間で、一定程度の協議が行われ、組合の主張や意見を聞いて一定の労働条件を改善したものと考慮すべきである。
(9)以上によれば、本件労働条件の相違は不合理なものということはできず、20条に違反するとは認められない。
◆ 不合理の否定-裁判所の根拠なき独断
判決が不合理性を否定した判断はとうてい納得できるものではない。
紹介した判旨から読み取れるように、判決が賃金切り下げ(労働条件の相違)について不合理性を否定した最大の論拠となっているのは、定年後再雇用の有期労働契約においては、賃金の引き下げが社会一般で広く行われ、それ自体合理的であるばかりか、定年前
後で同一業務に従事している場合であっても、賃金減額が一般的で「社会的にも容認されている」との事実認識及び評価にある。
判決は、不合理性の判断にあたって、このような定年後再雇用についての事実認識と評価を、労契法20条の「その他の事情」として重視し、これを最大限考慮したものであるといえよう。
判決は、会社が定年後再雇用者に同一業務に従事させる方が、新規に正社員を雇用するよりも賃金コストを抑えることができるという意図を有していることを認めながら、ここでも、賃金減額が広く行われ、「社会的に容認」されているから不合理とはいえないとして、「社会的容認」論を持ち出す(一審東京地裁判決は、この点について、「定年後再雇用者を定年前と全く同じ立場で同じ業務に従事させつつ、その賃金水準を新規採用の正社員よりも低く設定することにより、定年後再雇用制度を賃金コスト圧縮の手段として用いることまでも正当であると解することはできない」と判示していた)。
たしかに、本件事案の如く、定年後再雇用において定年の前後を通じて全く同じ業務に従事しているにもかかわらず、賃金が大幅に減額されている例は少なくない。その限りでは、判決のいうように、社会一般で広く行われているといえる。
しかし、社会一般で広く行われているという「社会的事実」の存在と「社会的に容認されている」か否かは截然(せつぜん)と区別されなければならない。
そもそも、「社会的容認」という本判決の評価を根拠づける事実は裁判では何ら証明されておらず、裁判所の根拠なき独断にほかならない。
また、本判決は、不合理性を否定する根拠の一つとして、本件の賃金減額は、平均の減額率を下回っていることも指摘するが、平均の減額率なるものも、社会的事実であって、「社会的容認」を意味するのではない。
哲学者へーゲルは、「存在するものは合理的である」と言ったが、判決の考え方は、社会的事実→社会的容認-不合理性の否定→法的容認であり、そこには存在する社会的事実を20条規範に即して厳しく検証するという姿勢がない。
労働契約法20条は、その立法経過と立法趣旨からも明らかなように、有期と無期の雇用形態の違いによる不合理な労働条件格差が広く社会に存在していることを是正するための立法のはずである。
判決の不合理性否定の論理は、20条が是正しようとした社会事実を法的に追認したに等しいものであり、20条の持つ規範的意義を没却させるものといわなければならない。
最高裁に対し、本判決の重大な誤りを指摘し、20条の正しい解釈・適用を求めていきたい。
『労働情報 948号』(2016年12月1日号)
20条の意義を没却 (労働情報)
宮里邦雄●弁護士(東京共同法律事務所)
定年前後を通じて同じ業務に従事する定年後再雇用者の賃金を約30%切り下げたことが、労働契約法20条の「期間の定めがあることによる不合理な労働条件の禁止」に当たるかが争われていた長澤運輸事件について、東京高裁第12民事部は、11月2日、20条に違反し違法無効と判断した東京地裁平28・5・13判決を取り消し、違法ではないとする判決を言渡した(地裁判決の内容と解説については、本誌937号の拙稿参照)。
定年後再雇用の賃金切り下げを不合理と断じ、賃金の見直し・是正に大きなはずみとなった画期的な地裁判決が取り消されたのは極めて残念である。
被控訴人(一審原告)ら3名の労働者は、ただちに最高裁に上告および上告受理の申立をしており、所属する全日建連帯労組とともに、不当な東京高裁判決を覆すための闘いに取り組んでいる。
◆ 労契法20条の対象としたが
高裁ではまず、定年後再雇用の有期労働契約について労契法20条は適用されるかが争われた。
会社は、その特殊性を強調し、20条は適用されないと主張していたが、判決は、地裁判決と同様、本件の労働条件の相違は期間の有無に関連して生じたものであるから、「期間の定めがあることによる」ものであるとの点を指摘し、20条が適用されるとした。
次に問題となったのが定年後再雇用の労働条件の相違は、不合理といえるかどうかである。
判決は、労働契約法20条は、
①職務の内容、
②当該職務の内容及び配置の変更の範囲のほか、
③その他の事情を揚げており、
①、②は、無期契約労働者である正社員とおおむね同じであるので、③のその他の事情について検討するとして、以下のように判断している。
(1)控訴人が定年退職者に対する雇用確保措置として選択した継続雇用たる有期労働契約は、社会一般で広く行われている。
(2)定年退職後も引き続いて雇用されるに当たり、その賃金が引き下げられるのが通例であることは公知の事実である。
(3)定年後継続雇用者の賃金を定年時より引き下げることそれ自体不合理であるということはできない。
(4)定年後継続雇用制度の導入の状況についてみると、全体の傾向として、企業の多数が継続雇用者に定年前と同じ業務に従事させながら、定年前に比べて賃金を引き下げていることが認められる。
(5)被控訴人らの定年1年前の年収と比較すると、Aについては24%減、Bについて、22%減、Cについては約20%減となっており、会社の属する規模の企業の平均の減額率をかなり下回っており、控訴人の本業である運輸業について収支が大幅な赤字となっていると推認できることを併せ考慮すると、賃金の減額が直ちに不合理であるとは認められない。
(6)定年後の継続雇用制度における労働契約では、職務内容が同一であっても、定年前に比較して賃金が減額されることは一般的であり、そのことは社会的にも容認されていると考えられること、控訴人が有期契約労働者に歩合給を設け、その支給割合を能率給より高くしていることなど、正社員との賃金の差額を縮める努力をしたことに照らせば、不支給や支給額が低いことが不合理とは認められない。
(7)控訴人は、定年退職者を再雇用して正社員と同じ業務に従事させる方が、新規に正社員を雇用するよりも賃金コストを抑えることができるという意図を有していると認めるが、職務内容等が同一であるとしても、賃金が下がることは広く行われており、社会的にも容認されている。
(8)組合との間で、一定程度の協議が行われ、組合の主張や意見を聞いて一定の労働条件を改善したものと考慮すべきである。
(9)以上によれば、本件労働条件の相違は不合理なものということはできず、20条に違反するとは認められない。
◆ 不合理の否定-裁判所の根拠なき独断
判決が不合理性を否定した判断はとうてい納得できるものではない。
紹介した判旨から読み取れるように、判決が賃金切り下げ(労働条件の相違)について不合理性を否定した最大の論拠となっているのは、定年後再雇用の有期労働契約においては、賃金の引き下げが社会一般で広く行われ、それ自体合理的であるばかりか、定年前
後で同一業務に従事している場合であっても、賃金減額が一般的で「社会的にも容認されている」との事実認識及び評価にある。
判決は、不合理性の判断にあたって、このような定年後再雇用についての事実認識と評価を、労契法20条の「その他の事情」として重視し、これを最大限考慮したものであるといえよう。
判決は、会社が定年後再雇用者に同一業務に従事させる方が、新規に正社員を雇用するよりも賃金コストを抑えることができるという意図を有していることを認めながら、ここでも、賃金減額が広く行われ、「社会的に容認」されているから不合理とはいえないとして、「社会的容認」論を持ち出す(一審東京地裁判決は、この点について、「定年後再雇用者を定年前と全く同じ立場で同じ業務に従事させつつ、その賃金水準を新規採用の正社員よりも低く設定することにより、定年後再雇用制度を賃金コスト圧縮の手段として用いることまでも正当であると解することはできない」と判示していた)。
たしかに、本件事案の如く、定年後再雇用において定年の前後を通じて全く同じ業務に従事しているにもかかわらず、賃金が大幅に減額されている例は少なくない。その限りでは、判決のいうように、社会一般で広く行われているといえる。
しかし、社会一般で広く行われているという「社会的事実」の存在と「社会的に容認されている」か否かは截然(せつぜん)と区別されなければならない。
そもそも、「社会的容認」という本判決の評価を根拠づける事実は裁判では何ら証明されておらず、裁判所の根拠なき独断にほかならない。
また、本判決は、不合理性を否定する根拠の一つとして、本件の賃金減額は、平均の減額率を下回っていることも指摘するが、平均の減額率なるものも、社会的事実であって、「社会的容認」を意味するのではない。
哲学者へーゲルは、「存在するものは合理的である」と言ったが、判決の考え方は、社会的事実→社会的容認-不合理性の否定→法的容認であり、そこには存在する社会的事実を20条規範に即して厳しく検証するという姿勢がない。
労働契約法20条は、その立法経過と立法趣旨からも明らかなように、有期と無期の雇用形態の違いによる不合理な労働条件格差が広く社会に存在していることを是正するための立法のはずである。
判決の不合理性否定の論理は、20条が是正しようとした社会事実を法的に追認したに等しいものであり、20条の持つ規範的意義を没却させるものといわなければならない。
最高裁に対し、本判決の重大な誤りを指摘し、20条の正しい解釈・適用を求めていきたい。
『労働情報 948号』(2016年12月1日号)
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