『日本教育新聞』《解説》
◇ 大阪「教育基本条例案」を考える
大阪府の橋下徹知事が率いる地域政党「大阪維新の会」が、9月定例府議会に副校長を公募制の任期付き採用に切り替えることなどを盛り込んだ「教育基本条例案」を提案する。
内容が明らかになるにつれて波紋を広げているが、学校現場をよく知る大阪大学大学院の小野田正利教授は「現場のやる気をそぐ」と警鐘を鳴らす。
◇ モノ言えぬ社会を危惧
「もう何をしたいのか、分からん」と報道を聞いた人たちは言う。大学生は「がめつい感じがする」と答えた。「がめつい」とは菊田一夫の戯曲「がめつい奴」に由来し、利得を得ることに積極的で抜け目がない、という意味だ。公務員や教職員を叱咤というより恫喝し、それは実は、子どもたち自身が責められ犠牲になることを指していると。
橋下府知事と大阪維新の会が打ち出した教育基本条例と職員基本条例案は、余剰公務員を分限免職、職務命令違反3回で懲戒免職、校長は公募制で任期付き、成果が上がらない学校は廃止の上、職員も免職の可能性ありというすさまじい内容だ。責任と罰則がほとんど中心を占め、論理も飛んでいる。
ある校長は憤慨した。「教職員のモチベーションは下がる一方だ。深刻な子どもたちの状況を前にして、必死で授業も生徒指導も部活もやっているのに、結果だけで判断されるのだったら、目に見えることしか誰もやらなくなる。警察官の意欲も下がり始めている」と警告する。
問題行動や非行に関わって警察に出向くたびに、時間だけかかって成果が上がりにくい青少年非行や犯罪に取り組む姿勢が下がっているという。
島田紳助さんの半分ほどの何億円をも稼いでいたタレントの橋下さんが、その数分の一の収入となる知事になって頑張っているから「お前たちも努力しろ」というのはいかがなものか。
年収一千万円にとても及ばない職員にとって、この間の100万近い減収は事情が違う。
私は学校と保護者のトラブルと関係改善を「イチャモン研究」と称して研究しているが、その動機の一つには、社会全体を覆っているファシズム的雰囲気の危うさを、普通の言葉で分かりやすく説きながら、警鐘を乱打することがあった。
「無理が通れば道理が引っ込む」状況があちこちで起き、閉塞感や内向き志向が強くなり、弱い者がさらに別の標的を見つけてはそれをたたくことによって、鬱憤を晴らすかのような状況が広がりつつあることを危惧したのだ。
道徳的に壊れている状態をモラル・ハザードと形容するが、政策に翻弄される職員がモラール・ハザード(意欲の崩壊)へと進む道は、府民全体にも不幸な結末へとつながる。病気を治すことも、休むこともままならない暴走モード突入なのか。
「政治には強い権力が必要」と橋下知事は強調する。ではその強さとは何か。彼は今年6月に「日本の政治で重要なのは独裁」と発言している。
大阪都構想・分権政治と言いながら、結局は自分が権力を集中的に掌握したいことがほぼ明瞭だ。それが*「がめつい」という印象なのだろう。
人類が多くの犠牲と努力の上に手に入れた「自由にモノが言える社会」は何ものにも代えられない。
熱狂と陶酔、不満と不信の中で、その自由と理性が疎んじられていく。大阪府以外の人たちは無関係だと思わないことだ。そして、知事には大阪はあなたの所荷物ではないと伝えたい。
(おのだ・まさとし)
『日本教育新聞』(第5845号・2011年9月12日)
◇ 大阪「教育基本条例案」を考える
小野田正利・大阪大学大学院教授
大阪府の橋下徹知事が率いる地域政党「大阪維新の会」が、9月定例府議会に副校長を公募制の任期付き採用に切り替えることなどを盛り込んだ「教育基本条例案」を提案する。
内容が明らかになるにつれて波紋を広げているが、学校現場をよく知る大阪大学大学院の小野田正利教授は「現場のやる気をそぐ」と警鐘を鳴らす。
◇ モノ言えぬ社会を危惧
「もう何をしたいのか、分からん」と報道を聞いた人たちは言う。大学生は「がめつい感じがする」と答えた。「がめつい」とは菊田一夫の戯曲「がめつい奴」に由来し、利得を得ることに積極的で抜け目がない、という意味だ。公務員や教職員を叱咤というより恫喝し、それは実は、子どもたち自身が責められ犠牲になることを指していると。
橋下府知事と大阪維新の会が打ち出した教育基本条例と職員基本条例案は、余剰公務員を分限免職、職務命令違反3回で懲戒免職、校長は公募制で任期付き、成果が上がらない学校は廃止の上、職員も免職の可能性ありというすさまじい内容だ。責任と罰則がほとんど中心を占め、論理も飛んでいる。
ある校長は憤慨した。「教職員のモチベーションは下がる一方だ。深刻な子どもたちの状況を前にして、必死で授業も生徒指導も部活もやっているのに、結果だけで判断されるのだったら、目に見えることしか誰もやらなくなる。警察官の意欲も下がり始めている」と警告する。
問題行動や非行に関わって警察に出向くたびに、時間だけかかって成果が上がりにくい青少年非行や犯罪に取り組む姿勢が下がっているという。
島田紳助さんの半分ほどの何億円をも稼いでいたタレントの橋下さんが、その数分の一の収入となる知事になって頑張っているから「お前たちも努力しろ」というのはいかがなものか。
年収一千万円にとても及ばない職員にとって、この間の100万近い減収は事情が違う。
私は学校と保護者のトラブルと関係改善を「イチャモン研究」と称して研究しているが、その動機の一つには、社会全体を覆っているファシズム的雰囲気の危うさを、普通の言葉で分かりやすく説きながら、警鐘を乱打することがあった。
「無理が通れば道理が引っ込む」状況があちこちで起き、閉塞感や内向き志向が強くなり、弱い者がさらに別の標的を見つけてはそれをたたくことによって、鬱憤を晴らすかのような状況が広がりつつあることを危惧したのだ。
道徳的に壊れている状態をモラル・ハザードと形容するが、政策に翻弄される職員がモラール・ハザード(意欲の崩壊)へと進む道は、府民全体にも不幸な結末へとつながる。病気を治すことも、休むこともままならない暴走モード突入なのか。
「政治には強い権力が必要」と橋下知事は強調する。ではその強さとは何か。彼は今年6月に「日本の政治で重要なのは独裁」と発言している。
大阪都構想・分権政治と言いながら、結局は自分が権力を集中的に掌握したいことがほぼ明瞭だ。それが*「がめつい」という印象なのだろう。
人類が多くの犠牲と努力の上に手に入れた「自由にモノが言える社会」は何ものにも代えられない。
熱狂と陶酔、不満と不信の中で、その自由と理性が疎んじられていく。大阪府以外の人たちは無関係だと思わないことだ。そして、知事には大阪はあなたの所荷物ではないと伝えたい。
(おのだ・まさとし)
『日本教育新聞』(第5845号・2011年9月12日)
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