『笛物語』

音楽、フルート、奏法の気付き
    そして
  日々の出来事など

フルート奏者・白川真理

(告知)白川真理フルートコンサート 無伴奏作品の夕べ~初代ロットと共に~ 11月19日(日)

2023-11-10 21:03:23 | 音楽・フルート
(告知)
白川真理フルートコンサート 無伴奏フルート作品の夕べ~初代ロットと共に~
11月19日(日)19時開演 
鶴見区民文化C.サルビアH.3階音楽ホール
完全予約制・全席自由 3000円


(専門誌『ザ・フルート』掲載記事)



白川真理氏が久々に自主企画の無伴奏コンサートを開催することになった。
白川氏といえば、ルイ・ロットを愛用していることで知られているが、その音色は芳
醇で、ルイ・ロットでなければ、奏でることのできない奥深さを感じることができる。
特に今回は希少なオリジナルのままの頭部管による初代ルイ・ロットが使用される。
(胴・足部管は秋山好輝氏による修復。)
かつて本誌における白川氏による連載『古武術に学ぶフルート』で紹介された武
術研究者・甲野善紀氏との交流も20年目となり新たな奏法の気付きも多く得られた
とのこと。初心に帰り、自身の音楽のルーツを辿ったという選曲による今回のコン
サートは、テレマン、バッハ父子、川崎優の作品で構成される。

[日時]11/19(日)19:00開演
[会場]神奈川県鶴見区民文化センター サルビ
アホール3階 音楽ホール
[出演]白川真理(Fl)

[曲目]
G.Ph.テレマン:無伴奏ファンタジー第4番 / 第9番
J.S.バッハ:無伴奏パルティータ
C.P.E.バッハ:無伴奏フルート・ソナタ
川崎優:フルートのための2章  /祈りの曲 第4「祈り」、
J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲 第3番

[料金]\3,000※完全予約制
[問合せ]白川 karadatoongaku@gmail.com


(曲目に関して)
典型的なバロックスタイルのテレマンから始め、プレリュードとジーグを持たないバッハのフルートパルティータは新解釈で挑む予定。
次男・エマニエルの多感様式のソナタは、「Nicht!違う!」と自分で否定しているようなところもあり、現代の私達の葛藤に通じるものを感じています。
チェロ組曲第3番は最もチェロが良く響くハ長調の作品です。
またハ長調はバッハが喜びを表現したい時に使ったという調でもあります。
笛一本でこの作品の持つパッションを表現できれば、というチャレンジです。

バロックの他は川崎優先生の作品を演奏します。
以下、川崎優先生の作品を紹介させてください。



フルーティストであり日本フルート界の重鎮でもある作曲家の川崎優先生は1924年に生まれ2018年の11月に94歳で逝去されました。
川崎先生にはアンサンブル「ムジカフィオーレ」にお誘いいただき、また最初のCD「セレナーデ」作成のプロデュースなどもしてくださり、大変お世話になりました。
また昨年5月に逝去された恩師・植村泰一先生(元 N響・東京音大学長)は川崎先生の一番弟子でした。

バッハにしてもテレマンにしてもその生まれた土地や国に根付いている音楽であるのを感じますが、西洋起源のクラッシック音楽であっても、
川崎先生の作品はみな、日本古来のDNAを色濃く思い出させてくれるものではないかと思います。
明治維新や太平洋戦争で大きく変質し、奪われたといっても過言ではない日本独自の文化、風土や心情がその作品の根底にいつもあるのをこの頃より感じています。
「フルートの為の2章」は、1973年49歳の時に書かれた作品で、フルートの美しさが余すところなく表現されています。

かつて川崎先生は広島で爆心地から1.5キロの地点で被爆されました。しかし先生は、戦後30年間、二つの理由から原爆をテーマにした曲を書くことは出来ませんでした。
一つは被爆者であることを売り物にしたくなかったから、そしてもう一つは被爆者に対しての差別と偏見があったからです。

しかしようやく1975年に広島市に 祈りの曲 第1「哀悼歌」を献呈し、この曲は毎年平和祈念式典の献花の折に演奏されています。
その後「祈りの曲」の連作をライフワークとすることを誓われ、2012年の第7「いく星霜すぎるとも」まで書かれました。
祈りの曲 第4「祈り」は2006年の作品です。中間部の今様は頼朝に捉えられ舞うことを強いられた静御前のイメージもあると生前うかがったことがあります。
とはいっても情景描写の音楽ではなく、被爆者の方々への慰めとご自身の憤りを表したものと仰っていました。

平和への祈りをこめてこの作品を演奏したいと思います。

会場は鶴見駅から徒歩2分の便利な場所で、無伴奏にはぴったりの響きの良いホールです。
どうぞよろしくお願いいたします。
お問い合わせ、お申し込みは私まで。 
karadatoongaku@gmail.com  白川真理





11月の設え

2023-11-09 23:54:07 | テーブルコーディネート
明日からは寒くなるとのことですが、夏日などもあった11月。

今日も掃除をする時は半袖Tシャツでした。

10月同様、涼し気な色見で。

アズレージョ柄のリネンに、イケアのライナー。

そして、ぽってりとしたポルトガル土産のボルダロの狐と小鳥です。

よく見ると、ちょっと虚ろな目付きが哲学的?





第133回音楽家講座~甲野善紀先生を迎えて~in鶴見 11月2日(木)

2023-11-05 17:55:03 | 音楽家講座・甲野善紀先生を迎えて
11月とは思えぬほどの暖かな一日でした。

先生は「もう気が狂いそうなくらいの忙しさ」と仰っていましたが、あの酷暑だった夏の頃に比べると、顔色もよく、お元気なご様子に安堵しました。

とはいえ「身体は元気でも、最近は特に気持ちが塞ぐことが多くて」とも。

昨今の世の中の様々な問題を正面からいつも受け止めておいでで、それも先生だからこそ、とは思うものの、少しでもお気持ちが安らぐひと時があればと願います。

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(お話)
言葉で伝える、ということに限界がある。それは1対1の対応だから。
「ことば」も順番を入れ替えると「こばと」となり全く違うものに。
話を流れの中で前のものと絶えず組み合わせる中で理解しようとする。
同時にいくつものようそが絡んでいる、それをどう捉えたらよいのか?
それをどう習得したらよいのか?
最近よく言われる「科学的エブデンス」はそもそも言葉に対応しているもの。
2つならよくても、3つが対応しているともう解けない。
昔の迷信を笑うけれど、今の科学も同様。
違う概念を伝えるのに、言語はあまりにも違う。
言葉とは違う手法を開発していくしかない。
木の上に水が上がってくることひとつとっても、何故そうなるのかはよくわかっていない。
「生きているから」というが、では「生きている」とはどういうことか?
説明は、限定するからこそできる。
個々の認識や感情によって違い、複雑に絡み合っている人体をどうやって捉えていくか。
身体の状態が意識に影響を与えるし、その逆もそう。

今の時代、あったこともなかったことにする風潮がさらに強まっている。
生きていく気力がなくなるが、半世紀前に気付いたこと(「運命は決まっていて自由」?)が自分を支えている。
自分の気分が落ちているところから新たに見えてくるものがあるかもしれない。
今のおかしさを究明させないマスコミを始めとした世の中の風潮、何が真実か?
80年前の大本営発表よりも酷い。
気持を暗くさせる、そういう時代なんだ、とそれを経て「技」で以前は出来なかったことが出来るようになってきた。

(木刀で組み太刀)
通常はテコの原理でどうしたって敵わないはずの状態が、押しているのではなく斬る、それも微妙さで、相手に触れていくと崩れる。

(手刀で)
同様に接点と、この動きで行う。
触れているのはあそこだけれど、全体にどう関わっているか?で崩れる。

(木刀で鹿島神流の構え方の実践)
「ソの字立ち」で前重心にし、剣先が円を描きながら落ちた時、ピタっと揃う。
この動きは、揃うと気持ちが良く、何度でも、ずっとやれるし、やりたくなる。
毎回変化している。

人は僅かなことも実は感じとっている。紐トレもそう。
ほんのわずかな、今の科学ではわからない微細な情報を人間は感じ取っている。

音楽の演奏でも、ほんの僅かな差が大きな差となる。これは何なのか?

(この構えをすると)左の肩が落ちる。心臓があるからか、不安がなくなる。

左手はやる気なしで。

我を忘れて没入できるか?自分が抜けていけば、上から降ってくる。
如何に自分を消してやるか?と取り組むこと自体が人が人として生きている意味となるのではないか?

(払えない手)
やろうとすると気配が出来る。あ(相手に対峙する)左手は他人、気配なく右手で。
非日常の感覚・・楽しくなる。

紐も、四方襷のかけ方ひとつで、また、丸紐か平紐かで、きついか緩いかで、全く効果が違う。理由はあるだろうけれど、科学ではわからない。

人間の五感を越えた感覚、凄い能力はみんなにある。
過去2000人以上に紐トレを体験してもらったが、全て変化が起きた。

メジャーなマスコミなどでは、「科学的エビデンスがないものはダメ」というが、それは傲慢というものだろう。
命の働きは不思議でわからないことだらけだ。こうしたことが自分の身体で聞けるようになるのが一番良い。

基本をしっかり身に付けよう、というのも違う。
私の周囲の何人かもみな、基本は自分で作っている。そこが今の教育で一番問題が多いところだ。
本来、職人の伝統的な教え方というのが良い。
その雰囲気の中に置いて、何も教えない。

鏡を見て動きを真似てなぞる、というのも物凄くまずい。古来から武術ではNG.
見て大脳でやるというのは、言葉でやるのと同じ。

「努力」はだめ。せめて恥ずかしそうに言わなくては。
結果として自分の中に没入してやるものであり、「苦役」となってしまうのは違う。

どうしたらそうなるのか?と関心と志をもってやれば、(「努力」でやっているよりも)
遥かに別世界に行ける。

(その一例として、門人・田島大義氏による技の紹介)
相手に寄り掛かってもらうと軽くなるが、自分が押しにいくと重くなる。



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(個別指導)
①ピアノ  身体を鞭の様に使って波動を出したい。

「まず、鞭の様にというのはあまりよい身体の使い方ではない。勢いにはなるけれど、もっと微妙に変化していくものの方が良い。」と先生。

指紐で変化。

身体全体に支えが出来、心にも安定感が生れ、感覚が変化とした、と本人からコメント。






②声楽
高い声が苦手。

胸紐で、より艶やかに。
虎拉ぎでさらに肩が下がり、喉が変化し出しやすく。


③うた
赤ちゃんや鳥みたいにラクに自然に声を出したい。

胸紐で呼吸がラクになり変化。

「後頭部から背中にかけて感覚を持っていくと、もっと人に届くようになりますよ。」と先生。

④うた
声をおしこめる傾向があるのをなんとかしたい。

祓い太刀で変化。


⑤ピアノ
アマチュアコンクールに出ているのだけれど、緊張で手が震える。テンポの速いところでころばないようにしたい。

腰紐と指紐で変化。


⑥ヴァイオリン
顎の力が強くて歯茎が下がってきてしまったのをなんとかしたい。

右肘を内側に入れてから背中側から回すやり方を伝授。
その折に腕だけでなく、足の向きの工夫もすることでさらに変化。
前になる足先を外に向けて。


⑦うた
途中からは没入できるが、歌いだしや、最初の方ではそれができない。
最初から没入するには?

蕾の手の内で鎮心のツボをへこませ、
それをグっと掴んでおいてパっと開く様にする、というやり方で変化。


・・・・・・・・・・・
最後に、先生に真剣による鹿島神流の構えを実践していただきました。





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今回も皆さまの変化の大きさに驚きの連続でした。
先生の進展と共に、参加者の皆様の紐による変化もより著しく反応している気もいたします。

久々にお会いした先生の技の進展にまず驚かされました。

言葉では伝えきれないことをなんとか伝えようと、じっくりと言葉を選んでお話される先生のご様子にも心打たれました。

今回は講座内で私が受講できる時間はなかったのですが、会場からの道中、先生に最近の「ソの字立ち」による構え方のやり方のお話をし、見て頂きました。

「ソの字立ち」で体幹はねじれなくなるので20年ぶりに左足も前に出せるようになったと報告したら、「ああ、それはそうですね!」とすぐさまうなずいてくださりました。
その他の微細なやり方にもコメントいただき、現在やっているやり方で大丈夫と確認でき一安心。この折、鹿島神流の刀の構え方、そしてヴァイオリンの方へのこの日のご助言を再度お話してくださり、そのお陰で、翌日、さらに大きく変化することが出来ました。
・・・足りなかったのは上下の調和・・

今回も熱心な皆様のお陰で、充実のひと時となりました。
ご参加ありがとうございました!

会場スタッフの皆様、スタッフの五十嵐くん、鈴木さん、そして甲野先生、
本当にありがとうございました!

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次回は2月18日(日)14時~18時
千葉県稲毛の、「稲毛音楽室」にてのスペシャルイベントとなります。

音楽家講座特別企画
『甲野先生の課外授業』in稲毛音楽室

詳細決まり次第アップいたします。どうぞお楽しみに!