PTA?ってなぁに??って考える”おやじ”のブログ (随時更新中!?)

PTA活動に関わりを持ってみる皆さん・・好きな方も嫌いな方も・・お父さんもお母さんも・・ちょっとPTA談義しませんか?

20130311 今日と言う日へのいろいろな思い・・・

2013-03-11 06:07:28 | 雑感・・・・

荒波は

 理由があって起こる

 

天地の異変は自然の現象。

逆らわず、抗わず、備えて、応じる。

人の世の異変も同じである。

 

3月11日・・・

中学校の卒業式に参列をして・・・

涙と感動の余韻に・・・

そんな時間帯でした。

まさかその涙が・・・その涙が違った形に?って

誰もが予想?想像すらしていなかった・・・

 

今日の言葉・・・

その理由?

天地の異変・・・

自然の現象という言葉では納得のいかない?

そんな現象が起きてしまった・・・

 

最近・・・

今日という日が近づいてきて・・・

TVや新聞等々でもいろいろなニュースや記事が多々

現在の生活・・・

群馬という地域では

高崎という地域では

3月10日以前の日常に戻ってしまった?

 

過日、片田教授のお話を伺う機会がありました。

高崎という地での自然現象の起こりうる災害の話も・・・

意識・・・

備え・・・

その貴重な講演から日が経つとその意識も・・・

少なくとも自身でも守れるものはしっかりと意識をして自らが!!

その輪を広げていく!そんな思いのある活動や行動をしていきたいですね

自身の整理も兼ねて・・・

片田教授・・・

20120713 『釜石の奇跡』・・・その奇跡の裏側には・・・

20120714 子どもたちが変わった!?・・・その話を聴いて会場の空気も変わった??

20120715 片田教授の講演を私なりの解釈でお伝えしています。

20120718 釜石の奇跡・・・その最初の一歩は、子どもたちの意識の変化から

20120719 釜石の奇跡の過程・・・実は家族の絆と信頼関係があって!? 画像は絆タワー(@_@)

20121118 あそぼうさい2012・・・釜石の軌跡・・・一つ一つの積み重ね・・・

20121121 PTA行事”あそうぼうさい2012” スタッフ朝礼の様子です。これも長い目で見た防災訓練!?

20121122 PTA事業って挑戦ができる?のが◎=正解がない? 画像は土俵に乗った?スタッフ

東北というキーワード・・・

110606 我らは東北と共に!・・・共育者 今村克彦氏が私に刻んだ言葉!?

110607 私に出来る事・・・こうして自身のブログでお伝えすることかなぁって

20120615 義捐金入りバッジの方が先に・・・その思いは今年も踏襲!?(*^_^*)

20120215 苦楽(生活そのもの)を共にした片品の方々の思い・・・

今村組というキーワード

110603 今日の画像のチラシ・・・その過去を紐解くと・・・

110606 我らは東北と共に!・・・共育者 今村克彦氏が私に刻んだ言葉!?

110607 私に出来る事・・・こうして自身のブログでお伝えすることかなぁって

110608 絆プロジェクト話・・・・追加(苦笑)

110827 片岡地域が熱い!?・・・高崎地域が熱い!?そんな一日です。(*^_^*)

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20130310 「私は最高に運がいい人間だ」!!・・・本当にそう思います。(*^_^*)

2013-03-10 23:59:59 | イチローのつぶやき

短所の裏から長所がのぞく

 

良い所は、隠れていることが多い。

少し、角度を変えると、

その良さがわかってくる。

 

よく褒めて伸ばすとかって言いますよね

それって自分自身にも??

今日のつぶやきはそんな感じ??の意味??(*^_^*)

イチローのつぶやき part24

『幸せのコツ』

慣れないうちは嫌なことがあっても「よかったね」なんて言えないかもしれない。

でも、ここが気合いを入れるべきところです。

昨日の自分は何か問題が起こると「嫌だな、もう・・・」と言っていた。

でも、今日の自分は「今、自分の目の前にあるこの問題は自分の魂のステージをひとつ上に上げてくれるプレゼント。チャンスがきたんだ」と言っている。

小さな一歩だけど、しあわせに向かっての前進。

その「うれしい」を積み重ねていくと、やがては自然と「うれしい」を求めて心が肯定的になってきます。

そうしたらもうこっちのものです。

「あっ、こんなことで感謝できるんだ」と気付いたとき、小さな幸せがあなたのポケットに入ってきます。

その積み重ねで、人はもっともっと永遠に幸せになり続けることができるのです。

世界には戦争で爆弾が落ちてくる国もあるというのに、三食ご飯が食べられて、お風呂に入って、あったかい布団があって、人と出会って、仕事もできる。

「明日のご飯はどうやって食べようか?」

「寝ているうちに爆弾が飛んできたらどうしよう」

とかって考えなくていいんだもの。

それだけで十分しあわせ。

今、ここにいるあなたも運がいい人間です。

だったら一緒に言いましょう。

「私は最高に運がいい人間だ」

これであなたの成功者の人生が始まりました。

  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

出典「斎藤一人 あっ!と驚くしあわせのコツ」小俣和美著三笠書房

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20130309 感謝といえば・・・『ありがとう』の気持ちが大事ですね(*^_^*)

2013-03-09 23:59:59 | イチローのつぶやき

感謝はまず食物から

 

食前食後に挨拶を。――――『天地の恵と、

多くの人々の働きに感謝して、生命のもとを

つつしんでいただきます(いただきました)』。

 

 

感謝・・・

食前食後・・・

食中もいろいろある??

食という人間が生きていくための一つの場面

そこで学ぶことって多いですね。まさに食育!?

 

イチローのつぶやきその23です。

この本のタイトルを知りたいぃ~って

思ったのは私だけではなかったようです・・・

わかればまたお伝えさせていただきます(*^_^*)

 

イチローのつぶやき part23

 

ネガティブ病

 

高校1年の途中からネガティブ病になった。

何か環境が変わった訳でもなかったが、

自分が悲劇のヒーローになって、暗い顔して…

周りから大丈夫?って言われると、もっと沈んで…

 

ある時期は、授業中も休み時間もずっと机にうっぷしていた。すると、休み時間には友達が、「どうしたの?」って声をかけて来てくれる。授業中には「何かあったの?」って手紙が回って来る。

 

勿論、男が「大丈夫?」なんて言ってくれる筈もなく、心配してくれるのは周りの異性。

そうやってみんなを心配させて、周りがなびく…それが、自分が周りに認められてる証拠であり、みんなから愛されている証なんだと思っていたのかもしれない。

むしろ最高に気持ち良かったのだと思う。

 

当時の仲間には、俺より大変な境遇の子がたくさんいた。

それでも、みんな声をかけてくれた。

 

いま、考えると、どれだけ甘ったれた奴だったのかと恥ずかしくなる。

よく、友達から嫌われなかった物だと…

 

でも、そうやってネガティブ病を続けていても、それ以上は何も変わらなかった。

 

 

高校三年生の冬、古本屋である1冊の本に出会った。

その埃を被った古ぼけた本は、どう考えても、自分が開くのを待っている感じに見えた。

まるでアラジンと魔法のランプの様な話だが…(笑)

 

その本のタイトルについては今回は話さないが、その本を読んでからというもの、すべてが上手くまわり始めた。

 

物語の主人公の様に、全て自分の思い通りに事が進み、人生が薔薇色になった。

 

勿論、辛い事や悲しい事、悔しい事などもたくさんあったのだろうけど、いつも最後には自分の思い通りになった。

 

身の回りの幸せに気づき、自分はいつも運がいいと思っている。いつも何かに守られてる気がしているし、その事に対して、いつも感謝している。

そして物事は全て上手くいくと信じている。

 

そうしようと心がけている訳でもなく、漠然とそう感じているのだ。

 

今もその本を持っているが、その本を開く事も本棚から出す事もない。

でも、毎日が幸せで、全て上手く行く気がしている。

 

自分はたくさんお金を稼いでいる訳でも、大成功をおさめている訳でもない。特に大きな夢や野望があるわけでもない。

でも、毎日ワクワクして、楽しくて仕方がない。

 

でも、もしそれが、ポジティブシンキングという事なら、是非みなさんにもお勧めしたい。

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20130308 PTA臨時総会・・・節目の時、新体制の承認の場面(*^_^*)

2013-03-08 06:01:28 | 単位PTA関連話

拾えば珠球(たま)

 

貴重な宝石も、うち捨てられたままでは、

川原の石ころと変わらない。

人材も同じではないか。

 

拾えば・・・

それは、関わりを持てば?という意味も・・・

昨日、三男くんの通う小学校のPTA臨時総会がありました。

毎年、定期的におこなっている臨時総会?(苦笑)

ここは不思議なところです。

4月に総会があるのでそれと被らないように??

未だに?

PTAって?ちょっと不思議なところがありますね。(笑)

 

さて・・・その臨時総会・・・

議案は二つ

1号議案は、平成25年度K小PTA本部役員の承認

そして2号議案、平成25年度K小PTA活動概要の承認

 

学校によっては4月の総会だけに絞っているところも・・・

その弊害?

6年生で役員だった場合は、4月になると卒業をしている

それでも総会までは役員なので運営にあたる?という不思議な状態に??

なので臨時総会を設けるところが多いのだと思います。

 

ただ、その臨時総会自体の開催方法はいろいろある?

ペーパー承認式のところもあるようです。

会員に人事案を書いたものを配布して承認を頂く形

効率的だとは思いますが、顔が見えない人を人選?

これもわたし的には、ちょっと不思議状態です。

 

K小では・・・

伝統的に??

人前での臨時総会にこだわっています。

残念ながら出席者よりも委任状の方が多い状態ではありますが

きちんと手順を踏んで・・・

参加者の拍手を持って承認・・・

それが顔が見える組織作り・・・

その一つの手法なのかなぁって思います。

 

工夫として・・・

その臨時総会のあとに企画運営委員会を開催する。

その企画運営委員会とは役員全員対象の会議・・・

その役員は6学年×9名+サポート委員会+本部役員

総勢は、80名近い?

今回の臨時総会の出席者はその数を上回っていたので◎

 

ちなみにタイムスケジュール

10時 臨時総会開会 10時40分閉会

閉会後10分間の休憩で企画運営委員会

10時50分 企画運営委員会開会(昨日の場合)12時閉会

昼食をはさんで

新旧合同本部役員会議という運びになっていました。

 

新しく承認された本部役員の緊張の面持ち・・・

退任されるちょっと安堵系の本部役員の方々

(ちょっと涙モードの方も・・・)

企画運営委員会では6つの学年委員会

6つの専門部の部長さんたちからの発表(報告)

 

K小PTA活動のもろもろ今後の参考のために

また、機会がればひとつの実践例としてお伝えしていきたいです。

不思議なもので・・・

1年間、いろいろな形で関わっていると・・・

役員としての意識、自覚も含めて・・・

本当に変わります。(いい意味で・・・)

試行錯誤やあーだこーだは、あったほうが良い??(笑)

その過程を経て出た結果?成果?

その体験や体感って大人にとっての“生きる力”なのかなぁって

そんな“大人の生きる力”を醸成できる活動が◎なのかなって思います。

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20130307 イチローのつぶやきその22 日々一喜一憂?しています。今日は涙・・・

2013-03-07 06:16:12 | イチローのつぶやき

努力とは『反復』である

 

一度にはできないことが多い。

忍耐強く、繰り返し行なえば、

飛躍の時が近づく。

 

日々精進!ってことですかねぇ、今日も一日よろしくお願いします。

イチローのつぶやき part22

『ありがとう』

ネットにあったお話です。

俺には母親がいない。

俺を産んですぐ事故で死んでしまったらしい。

産まれたときから耳が聞こえなかった俺は、物心ついた時にはもうすでに簡単な手話を使っていた。

耳が聞こえない事で俺はずいぶん苦労した。

普通の学校にはいけず、障害者用の学校で学童期を過ごしたが、片親だったこともあってか、近所の子どもに馬鹿にされた。

耳が聞こえないから何を言われたか覚えていない(というか知らない)が、あの見下すような馬鹿にしたような顔は今も忘れられない。

その時は、自分がなぜこんな目にあうのかわからなかったが、やがて障害があるということがその理由だとわかると、俺は塞ぎ込み、思春期の多くを家の中で過ごした。

自分に何の非もなく、不幸にな目にあうのが悔しくて仕方がなかった。

だから俺は父親を憎んだ。

そして死んだ母親すら憎んだ。

なぜこんな身体に産んだのか。

なぜ普通の人生を俺にくれなかったのか。

手話では到底表しきれない想いを、暴力に変えて叫んだ。

ときおり爆発する俺の気持ちを前に、父は抵抗せず、ただただ、涙を流し「すまない」と手話で言い続けていた。

その時の俺は何もやる気がおきず、荒んだ生活をしていたと思う。

そんな生活の中での唯一の理解者が俺の主治医だった。

俺が産まれた後、耳が聞こえないとわかった時から、ずっと診てくれた先生だ。

俺にとってはもう一人の親だった。

何度も悩み相談にのってくれた。

俺が父親を傷つけてしまった時も、優しい目で何も言わず聞いてくれた。

仕方がないとも、そういう時もあるとも、そんな事をしては駄目だとも言わず、咎める事も、慰める事もせず聞いてくれる先生が大好きだった。

そんなある日、どうしようもなく傷つく事があって、泣いても泣ききれない、悔しくてどうしようもない出来事があった。

内容は書けないが、俺はまた先生の所に行って相談した。

長い愚痴のような相談の途中、多分「死にたい」 という事を手話で表した時だと思う。

先生は急に怒り出し、俺の頬をおもいっきり殴った。

俺はビックリしたが、先生の方を向くと、さらに驚いた。

先生は泣いていた。

そして俺を殴ったその震える手で、静かに話し始めた。

ある日、俺の父親が赤ん坊の俺を抱えて先生の所へやってきたこと。

検査結果は最悪で、俺の耳が一生聞こえないだろう事を父親に伝えたこと。

俺の父親がすごい剣幕でどうにかならないかと詰め寄ってきたこと。

そして次の言葉は俺に衝撃を与えた。

「君は不思議に思わなかったのかい。

君が物心ついた時には、もう手話を使えていたことを」 たしかにそうだった。

俺は特別に手話を習った覚えはない。

じゃあなぜ・・・

君の父親は僕にこう言ったんだ。

 『声と同じように僕が手話を使えば、この子は普通の生活を送れますか?』

驚いたよ。

確かにそうすればその子は、声と同じように手話を使えるようになるだろう。

小さい頃からの聴覚障害はそれだけで知能発達の障害になり得る。

だが声と同じように手話が使えるのなら、

もしかしたら・・・

でもそれは決して簡単な事じゃない。

その為には今から両親が手話を普通に使えるようにならなきゃいけない。

健常人が手話を普通の会話並みに使えるようになるのに数年かかる。

全てを投げ捨てて手話の勉強に専念したとしても、とても間に合わない。

不可能だ。僕はそう伝えた。

その無謀な挑戦の結果は、君が一番良く知ってるはずだ。

君の父親はね、何よりも君の幸せを願っているんだよ。

だから死にたいなんて、言っちゃ駄目だ。

聞きながら涙が止まらなかった。

父さんはその時していた仕事を捨てて、俺のために手話を勉強したのだった。

俺はそんな事知らずに、たいした収入もない父親を馬鹿にしたこともある。

俺が間違っていた。

父さんは誰よりも俺の苦しみを知っていた。

誰よりも俺の悲しみを知っていた。

そして誰よりも俺の幸せを願っていた。

濡れる頬をぬぐう事もせず俺は泣き続けた。

そして父さんに暴力をふるった自分自身を憎んだ。

なんて馬鹿なことをしたのだろう。

あの人は俺の親なのだ。

耳が聞こえないことに負けたくない。

父さんが負けなかったように。

幸せになろう。そう心に決めた。

今、俺は手話を教える仕事をしている。

そして春には結婚も決まった。

俺の障害を理解してくれた上で愛してくれる最高の人だ。

父さんに紹介すると、母さんに報告しなきゃなと言って父さんは笑った。

でも遺影に向かい、線香をあげる父さんの肩は震えていた。

そして遺影を見たまま話し始めた。

俺の障害は先天的なものではなく、事故によるものだったらしい。

俺を連れて歩いていた両親に、居眠り運転の車が突っ込んだそうだ。

運良く父さんは軽症ですんだが、母さんと俺はひどい状態だった。

俺は何とか一命を取り留めたが、母さんは回復せず死んでしまったらしい。

母さんは死ぬ間際、父さんに遺言を残した。

「私の分までこの子を幸せにしてあげてね」

父さんは強くうなずいて、約束した。

でもしばらくして俺に異常が見つかったそうだ。

「あせったよ。お前が普通の人生を歩めないんじゃないかって、約束を守れないんじゃないかってなぁ。でもこれでようやく、約束…果たせたかなぁ。なぁ…母さん。」

最後は手話ではなく、上を向きながら呟くように語っていた。

でも俺には何て言っているか伝わってきた。

俺は泣きながら、父さんにむかって手話ではなく、声で言った。

「ありがとうございました!」

俺は耳が聞こえないから、ちゃんと言えたかわからない。

でも父さんは肩を大きく揺らしながら、何度も頷いていた。

父さん、天国の母さん、そして先生。

ありがとう。

俺、いま幸せだよ。

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

号泣です。。

目に見えていないもの、気づいていないもの

実はその中にも、たくさんの愛があるのかもしれませんね。

号泣、そして感動しました。

親の愛…感謝です。

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