Que ma vie est belle!

私とは、美しいもの、美味しいもの、楽しいものの集合体。

グスタボ&マルティンーその3@ヨーテボリ

2011-04-30 15:00:00 | Gustavo Dudamel
グスタボ&マルティンの最終日。今日は再び前から3列目、ほぼ中央ー今日は、マルティンの目の前。

ブラームスの悲劇的序曲、ますます良くなって来ていると思うけれど、やっぱり「悲劇的」というのが良くないのだろうか。。。今ひとつ観客の受けが良くない。

今日のマルティン、相変わらずすごいけれど、ちょっと疲れ気味?それとも私が疲れ気味?最後まで集中力が持たなかった。アンコールは、出だしがこれまでとちょっと違った感じになっていた。今日はオケに感心。やっぱり音楽を生業とする人のリズム感って相当良いのだわ。

休憩時間に席に居たら、マルティン用のマイクを片付けていた会場のセッティングのおじさんが、急に話しかけて来た「どう、このマイクで歌わない?」ー日本人と見て、カラオケにでも思い至ったのかしらん?
折角の機会なので「何回かここに足を運んでいるけれど、いつもレコーディングしているのは、CDでも作るのですか?」と尋ねてみた。すると、これはGustavoの時だけで、ドイツグラモフォンが記録用にGustavoの演奏は全て録音し、良い演奏が出たらCDにして発売するつもりなのだそうだ。なるほど、謎が解けた。いつも不思議に思って会場整理のお兄さん、お姉さんに聞いていたのだが、今ひとつ明確な回答が得られないでいたのだ。

さて、ブラームスの交響曲第1番。2つの課題、どうだろう?ドイツグラモフォンがOKを出す演奏になるだろうか?
第1楽章、Gustavo節にも大分慣れた。ちょっといい感じがする。さて、問題の第2楽章ーおおっ、危ないながらも、今日は音の間違いは無かった。ぎりぎりセーフ、な感じである。この調子で最後まで行けるか?第3楽章は昨日が素晴らしかったけれど、今日も悪くない。さ、第4楽章、2つ目の課題はどうだろう。演奏が始まる前に、練習していたから大丈夫だろうー昨日はGustavoが思わず首を振っちゃったものねーこれも無事通過。ちょっと最後の音が弱い感じもするけれどGustavoの指示なのかしら?
ブラームスはメロディメーカーではなく、美しいメロディを作るのに苦労していた、と何かで読んだけれど、この第4楽章のテーマやピアノ協奏曲などを聴くと、そんなこととても信じられない。このテーマも抜け、エンディングに向けどんどん盛り上がって行く。テンポもあがって行く。

ありがとうGustavo。人生にどんな困難があっても乗り切れる、あなたの音楽を聴くと、そんな気持ちになれて嬉しい。


グスタボ&マルティンーその2@ヨーテボリ

2011-04-29 18:00:00 | Gustavo Dudamel
グスタボ&マルティンの2日目。今日は前から7列目、ほぼ中央。前のお兄さんが大きくて、ちょっと見づらいけれど、音はやっぱり3列目より調和して聴こえる?

ブラームスの悲劇的序曲。昨日より好きかも。

マルティン。今日の協奏曲は、昨日驚きすぎたからか、それほどの驚きは感じなかった。ま、でも、すごい。今日も同じアンコール。アンコールの最初はちょっと尺八も思い出させる。しかし、ユダヤ民謡って、こんなにリズムが難しいの?グスタボのような指揮者でなくても、指揮者になれる人だったら、このくらいのリズム感は持っているものなのかしら?セカンドヴァイオリン、よくこの早いパッセージとリズムに付いていっている、と感心。またチェロのソロも、昨日に引き続きなかなか情熱的。そして勿論、誰より、マルティン、あなたはすごい。クラリネットでこんな事ができるなんて、想像したこともなかった。

さて、ブラームスの交響曲第1番。昨日の席は、どうしてもヴァイオリンの音に圧倒されてしまったかもしれない。今日は、グスタボが対旋律の金管を少し大きめに演奏させたりしている事がとても良く聞き取れた。グスタボ独自のテンポ感が、私が慣れ親しんでいるテンポと違うからだろうか、なんとなく、曲全体としての統一感に至っていない印象を受けた。3回目の明日になれば、彼のテンポ感にさらに慣れて、ぶつ切り感は薄れるだろうか。今日の演奏の中では第3楽章がとても良かったと思う。だからなのか、第3楽章が終わったとき、あら、もうお終い?という感じだった。そうそう、このヨーテボリ交響楽団のフルートトップの人のファンになってしまった。音がとても澄んで、明るくて、大きいー聴いているだけで幸せになれる。

今日も最後は会場全体がスタンディングオベーション。しかし、私としてはまだ合格点はあげられない。どうしても修正してほしい2つの事がある。これが解決したら、明日は皆と一緒にスタンディングオベーションできるような気がする。

結果やいかに?


グスタボ&マルティンーその1@ヨーテボリ

2011-04-28 19:30:00 | Gustavo Dudamel
今日から3日間連続で、グスタボの指揮、マルティン・フロストのクラリネット、ヨーテボリ交響楽団の演奏を聴く。あらかじめ電話で席を予約しておいたので、開演の1時間と少し前に会場に向かった。ボックスオフィスで名前を告げると同時に、もう少し良い席に空きは出ていないかしら、と聞いてみる。すると、あるある。指揮者の真後ろ3列目。ちょっと前過ぎ?ま、でも例の「距離の二乗に反比例」を信じて。

1曲目はブラームスの「悲劇的序曲」。大過なく終了。

2曲目が、マルティンのクラリネットで、ニールセンのクラリネット協奏曲。この出だし、なぜか笑ってしまう。でも、笑ってしまうのは決して私だけではない。オケの人も笑っている。何が笑いを引き起こすのか。調性が途中から明後日の方向へ向かってゆくからだろうけれど、どう狂うと笑えるのか?なぜ「笑い」になるのか?これを研究したら音楽学(心理学?医学??)の博士号でもとれるだろうか?

この協奏曲、クラリネットが難しいと聞いたが、確かにそれが素人目にも分かる。それにしても、超絶技巧、というだけでなく、どんなに早いパッセージや長いパッセージでも、呼吸は少し大きくなるものの、その荒さが音に出ないのが素晴らしい。音はあくまで、柔らかかったり、透明だったり、鋭く突き刺さったり。感嘆。

この協奏曲だけでもすごく楽しませてもらったのに、なんとアンコールまで。彼の兄弟が編曲した、というユダヤ民謡からKlezmer Danceという曲。これはもうアクロバティック。グスタボのノリの良さも手伝って、素晴らしいアンコールに。これは文句なくスタンディングオベーション。

後半はブラームスの交響曲第1番。これが今日のメインイベント。のはずだったけれど、マルティンに持ってゆかれたか?私個人的には、そんな気がする。緩急をひどく強く付けるグスタボ節は健在。最後の盛り上げ方も、流石。でも、残念ながら、ちょっとオケが付いて行けなかったと感じた。以前聴いた、マーラーの交響曲第6番の時と同様、3日の演奏で日を追うごとに演奏が良くなっていけば。。。と期待する。

ああ、そういえば、今日も大事なところで携帯が。電源を切ろうは無視しても、音やバイブレーションは止めようね。


持つべきものは友

2011-04-24 12:00:00 | 生活
コンピュータを変えて、スカイプも映像付きでできるようになったし、持ち運びも便利になってどこでもネットにつなげるようになったし、基本的に大満足していたのだけれど、一つだけ問題があった。このブログに写真がアップできなくなっていたのである。

OCNに問い合わせたところ、マックのサファリは推奨環境ではないとのことで、文章はアップできるけれど写真はアップできなかったらしい。OCNからも別のブラウザを使うよう推薦があったものの、本当にそれで良いのかわからない。

ということで、マックユーザー(ヘビーユーザーと言っても良いですよね、Aさん?)の友人に早速問い合わせ。すると、彼もサファリの他に2つのブラウザを使用している、とのことで、安心してブラウザをインストール。おかげさまで無事写真をアップすることができた。

本当に、持つべきものは友である。こんなときに、こんなちょっとした質問に、さくさくと答えてくれる、頼りになる友人。。。嬉しいことこの上ない。私も何かのときに、友人に手を差し伸べてあげられる、そんな人になりたいものである。


マーラー感染症

2011-04-17 16:00:00 | コンサート
Viktor Ullmann のピアノとオーケストラのための協奏曲Op. 25とマーラーの交響曲第5番を聴いた。

Ullmannの曲を聴くのは初めて。ユダヤ人でアウシュビッツで亡くなったとのこと。シェーンベルクの元で学んだ、ということで、分かりにくい(私には)曲を書くのかな?と思ったけれど、思ったよりずっと聴きやすい。プロコフィエフやショスタコーヴィッチを思い出すような曲だと思った。所々リズムが楽しいからだろうか。

後半はマーラーの交響曲第5番。メジャー曲ではあるけれど、素晴らしい曲であることには変わりない。久しぶりに聴いて、やっぱり感動する。特にトランペットが素晴らしくて、最初から最後までへたれた音を出すこと無く、美しい音が宙で舞う様は本当に楽しい。このオーケストラは、金管が素晴らしいと思った(ホルンも素敵だった)。あと木管ではクラリネットが良いリズム感、独特のリズム感を持っていたと思う。

最後の部分で、音楽がオーケストラの前方5メートルくらいのところに結晶したような、そんな不思議な感覚を覚えた。友人が右に居たので、こっそりと左目から一筋だけ涙を流した。

帰りの車の中、友人とそれぞれ勝手にマーラーを歌った。二人ともマーラーが感染してしまったらしい。


ホワイトアスパラガスの季節

2011-04-17 13:30:00 | ヨーロッパ
ヨーロッパの春、といえばホワイトアスパラガス。とても素晴らしいホワイトアスパラガスをいただいた。また、写真中央のソースが、素晴らしい。モリーユ茸、トリュフの入った、香り高い贅沢なソース。二人分のソースのほとんどをいただいてしまった私。

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鱸も、身が締まって大変美味。なんといっても塩加減が素晴らしいのである。英国では絶対に味わえない。また、付け合わせのモリーユ茸の塩加減も絶妙。前日別の場所でいただいたモリーユは、ただゆでただけで水っぽく、香りも無く、まるでスポンジのようだったから、ほとんど残してしまったけれど、今日はお代わりしたいくらい。

こんなにしっかりメインをいただいたのに、美味しい食事はデザートで締めたい、なんて。

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濃厚なヴァニラアイスクリーム。子供だったら、お皿をなめても怒られるだけで済むのに。。。

アイスクリームのように私も溶けた、素敵な日曜日のランチ。


トリオ@ウィグモアホール

2011-04-10 20:24:59 | コンサート
Corey Cerovsek:violin、Adrian Brendel:cello、Till Fellner;pianoの若者3人によるトリオ。

まずはHaydn、Piano Trio in D HXV:24。Cerovsekは元々予定されていた奏者が胃腸感染症によりキャンセル、急遽演奏ということで、少々緊張気味なのか。演奏に入る前に度々弦で雑音を出したり、弦が変わるところで思いっきり雑音(音にならない音)を出したり、ちょっとびっくりするところもあったが。

2曲目のBirtwistle、New Trio はUK premièreだそうだ。現代曲は私には全く分からない。どの曲もほぼ同じように聴こえてしまう。ただ、途中、リズム(というより、弦2人が二人タイミングを合わせて演奏するそのタイミング)がとても面白くて、思わず小さく吹き出してしまった。それにしても、Cerovsek、ハイドンやベートーベンの曲ならば分かるけれど、こういう訳の分からない現代曲もほぼ初見で舞台で弾けるなんて、流石プロだわ(プロに取っては、古典だろうと、現代曲だろうと関係ないのかしらん)。

Beethoven
Piano Trio in Bb Op. 97 ‘Archduke’


ブラームスチェロソナタByイッサーリス@ウィグモアホール、ロンドン

2011-04-08 19:30:00 | コンサート
「月がとっても青いから~、遠回りして帰ろ~♪」って私は一体幾つなのだろう?

という訳で、お天気がとても良いから、演奏会へ行くことにした。イッサーリスのチェロで、ブラームス、グリーグのチェロソナタなど。

イッサーリスのチェロの音。ワインを味わうように、どんな風に例えられるか考えてみる。懐かしい、暖かい、語りかけるような。きらびやかさはないけれど、少し繊細でゆったりと語りかけてくる。右手の動きの美しさと相まって、ゆったりとした、優雅な気持ちになる。

ブラームスのチェロソナタ。これも、なぜか非常に懐かしい曲。いつ、なぜ、そんなに聴いたのか思い出せないのだけれど、体がこの曲を覚えている。人間の記憶というのは面白いものである。勉強も体が覚えているというくらい真剣にやってみたいものである(恥)。

グリーグは、それほど聴いた記憶がない。最後を思いっきり早く弾き抜いて、「おつかれさま」。聴衆は拍手喝采。中堅の男性が多い。なんだか面白い。

休憩のとき、前から白髪とお髭の、どこかで見たことのある顔をした人が歩いてくる。も、もしや、Sir.リチャード・ブランソン?そうに違いない、だって、みんなちらちらと彼のことを見ているもの。笑顔が優しく美しい。私の横で、彼の知り合いらしき人がその知り合いと話をしているのを見ている様子。ああ、でもはしたないから、そちらを向いてはいけないわ。。。

イッサーリスのチェロより印象に残ってしまったブランソン氏の笑顔(苦笑)。


トリスタンとイゾルデ@ベルリンオペラ

2011-04-03 16:00:00 | オペラ
ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」をベルリンオペラで観た。会場が、ちょっと寂しい。緞帳ではなく、カーテンが左右に「きい、きい」と言いながら開いたときには、小学校の講堂か?と思わず笑ってしまった。

演出が現代的で、舞台が一体どういう場面なのかが理解できない(普通の家の応接間のようなのだがーキッチンや洗面所、寝室も舞台の奥にある)。原作がどのように置き換えられたのかー結局最後までよくわからなかった。パンクみたいなお兄ちゃん、裸の男女、妊婦、いろいろ出てくるのだけれど、その意味もよくわからない。妊婦は、トリスタンを身ごもっていた時のトリスタンの母親なのだろうか。しかし、それほど悲壮な感じはない。

劇中を通じて、棺桶が常に舞台のどこかに置かれていた。一幕目は応接室のテーブルが棺桶で、一幕目の最後、ここだけにライトが当る。これは昔東京文化会館でみたローエングリンの第二幕の最後のシーンを思い起こさせた。このオペラに通底する「死」の象徴なのだろうけれど、ちょっと直截的すぎませんか?

第三幕目、最初の場面はちょっとつまらないから、寝るかも~なんて話をしながら演奏に入る。トリスタンが一人一生懸命歌う、歌う。寝なかったけれど、起伏に欠けることはやむを得まい。歌手の問題というよりは、元々の台本の問題だろう。

トリスタンの死が、ちょっと不思議。イゾルデの腕の中で死を迎えると思っていたのだけれど、舞台裏(袖、ではなく裏)側に一人消えてゆく。最後に現れたイゾルデ、髪が金髪だ。原作はこのイゾルデは「金髪のイゾルデ」なのだから、最初赤毛だったことが不思議なのだがーなぜ?

有名な「愛の死」で幕。ふと友人をみると、笑っている!どうしたの?どうだった?と聞くと、「やっぱりワーグナーって最後の5分だね」という。彼曰く、ワーグナーのオペラを観に来る度、途中までは「ああ、なんでこんなもの観に来ちゃったんだろう(特に会場の椅子が安楽でないと)」と思うのだけれど、どこかに5分か10分、素晴らしい場面があって、それを観ると「ああ、観に来て良かった、流石ワーグナー」と思うのだそうだ。

私はと言えば、そう、その最後の5分、心が揺さぶられて(決して今日のソプラノが良かった訳ではない。心の中で別のー理想のーソプラノを聴いていた自分に気がついている)、そんな友人の話を聞きながら、涙が頬を伝ってしまった。


Margaux & Fischers Fritz @ ベルリン

2011-04-03 12:30:00 | ヨーロッパ
今回のベルリン滞在では、MargauxとFischers Fritzを訪ねた。

Margauxは今回が初めて。土曜日はお休みとガイドブックに書いてあったのでこれまで一度もTryしたことがなかったのだけれど、ウェブサイトを確認したら、土曜日も営業しているとのことで、Dinnerに伺った。

6皿のコースをチョイス(それでも小さなコースなのである)。友人は、全てのお皿に合わせたワインもオーダー。私は香りだけ分けていただいたが、香りだけでも、それぞれのワインの特徴が出ていて、十分楽しむことができた。ドイツワイン4にイタリアワイン2。

野菜をふんだんに使い、またバターなども極力使わない軽い料理とのこと。野菜のみのコースもあったが、魚/肉を含むコースも、野菜がふんだんに使われ、地元「すぎもと」の料理を思い出すような皿も。夜いただくのにはちょうど良い。ただ、この科学実験室的料理は、流行なのかもしれないが、食の楽しみを倍加するのか、そうではないのか、少々疑問にも思う。

コースが始まる前に突き出しなども出て、計約4時間の長丁場。ただ、この日のベルリンは気温が25度近くまで上がり夜遅く、中庭に通じるドアを開けて食事をしても、桜の季節の空気の香り、というのだろうか、とても心地よかった。

日曜日のランチはFischers Fritzで。朝食を食べて間がなかったので、友人はメインコースのみ、私はメインとデザートの2皿(それでもデザートは抜けない私)。

結局、いつもと同じ料理を注文してしまうのだけれど、いつ食べても美味しい。その上コストパフォーマンスもすこぶるよろしい(と、今日もご馳走になっていながら。。。)


やはり、これまでのところ、ベルリンのダイニングとしてはFischers Fritzに勝る所は無いように思われる。今日も相変わらず幸せの笑顔をまき散らしてしまう、素直な私。

ベルリンを訪れる機会があれば、何はともあれFischers Fritzのランチコースを試していただきたい。