今年見た試写の中で、最高の作品だった。いや、もしかしたら、私の映画人生の中で、ベスト10に入る素晴らしい作品に出会ったようだ。あまりにも感動が大きくて、試写を3度も見てしまった。こんなことは最近滅多になかった。
その後の数ヶ月の間、私は大好きなヘヴィーメタルから遠ざかり、毎日、ピアフのCDを聞きこんでいた。「愛の讃歌」「ミロール」「バラ色の人生」。ビブラートが効いた、巻き舌で軽快に唄うピアフの声域の深さに獲り付かれ、人生の哀歓を体中で表現するピアフの詩にも夢中になっていた。
晩年にピアフが唄う「水に流して」は、あまりにもはかなく悲しくて、聞く度に涙がこぼれる。
エディット・ピアフ…。フランスが産んだ最高の歌姫であり、シャンソンを世界に広めた伝説の歌手でもある。ピアフの影響を受けた歌手や作家は数知れず。詩人・ジャン・コクトーとの親交はあまりにも有名で、シャルル・アズナブール、イヴ・モンタンの才能をいち早く見抜き、世に送りだしたのもピアフだった。
そんなエピソードが、少しだが、挿入されているのも興味深い。
47年間のピアフの壮絶で数奇な人生を演じた女優がマリオン・コティヤールである。今公開中のラッセル・クロウ主演の「プロヴァンスの贈り物」にラッセルの恋人役で出演している。しかし、残念なことに、この作品のマリオン・コティヤールは全く印象に残らなかった。単なる綺麗なおねーちゃんだけの印象しかなかった。だから、エディット・ピアフ役がこのマリオンであることを知って、ぶったまげたのである。
女優は演じる役によって、これほど変われるものだと、溜め息が出ていた。適役との出会いが、女優の運命を変え、ひと回りもふた回りも役者として成長させる。
マリオンはピアフ以上にピアフになり切り、スクリーンの中に故人のエディット・ピアフが甦ったのではないかとさえ錯覚させる。その演技は、あまりにも完璧で、名演技などというステレオタイプの言葉が虚しく響く。言葉が全く見当たらない。
そうだ!ピアフが天国から降りてきて、マリオンの体に乗り移り、マリオンの体の中で生き返っていたのだ。今思えば、このピアフは実はマリオンではなくて、実際のエディット・ピアフだったのかもしれない。
それくらい、マリオンの演技はカルト的だったのである。
ここまでピアフに魂を売ってしまった女優・マリオンのその後の人生が心配で、8月に行われた彼女の来日記者会見には是が非でも行った。彼女は元気で、テキパキと質問に答えてくれたので、安心した。抜け殻になっていなかったのだ。しかし、黒のドレスに身を包んだ彼女は、素のままでもピアフにそっくりだったので、ピアフ役が彼女にとって、いかに大きなものだったかが伝わってくる。
早くも、来年のアカデミー賞主演女優賞の声が出ているが、マリオン・コティヤールが取らなくて、誰が取るのだろうか?今のところ全く思い浮かばない。
脇を固める、薄幸な子供時代を演じた子役女優たちの演技も見もの!今でも数々の名場面が走馬灯のように頭の中を駆け巡り、ここまで心理の探求と震えのくるような感動をさせてくれたこの作品に感謝の気持ちを捧げる。
劇場公開は9月29日。私と同じ感動を味わい、「この映画に出会ってよかった!」と涙ぐみながら、映画館を後にする大勢の観客の声が、今から聞こえて来そうだ。
公式サイト http://www.piaf.jp/
監督 オリヴィエ・ダアン
出演 マリオン・コティヤール ジェラール・ドパルデュー
配給 ムービーアイ
公開 9月29日から、日比谷みゆき座他全国ロードーショー