マリリンの映画日記

エッセイスト瀧澤陽子の映画ブログです!新作映画からオールドムービーまで幅広く綴っております。

『ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日』

2013年01月19日 | 映画

 

試写の案内を見たとき、「シンドバッドの冒険」みたいな少年の冒険物かなと思い、あんまり重要視してなかった。

しかし、原作がイギリス文学界の「ブッカー賞」受賞。そして、監督がアン・リーということで、なんとなく気になってしょうがなかった。

ダメもとでもいいから見てみようと時間を作った。

軽視していたもの、期待してなかった作品が、思わぬ方向に流れを変え、ドンドンと心の中に浸透し始めて、暗闇の中で異常なくらいのオーラを発し、心を鷲づかみにされる。

見てよかった!こんな小気味いい、すごくイイ感じになれる作品は数少ない。

この反対のことならば多々ある。期待に胸を躍らせて見ても、見始めた瞬間から、気分が撃沈して、どっと憂鬱になってしまう作品の方が多いからだ。

だからこそ、映画は見てみないとわからない。

机上の論理だけで判断すると、とんでもない損をしてしまう。

話は実にシンプルだ。

主人公のパイは嵐に襲われ、ただ一人生き残った。救命ボートで一人で難を逃れるはずだったが、そのボートには一頭の巨大なトラが乗っていた。トラと共闘、共存しながら、227日間も大海を漂流するのだ。

しかし、『ライフ・オブ・パイ』が、他の冒険物と違っている点は、その漂流記の中に、人間と動物が偶像化され、ややもすると、トラが人間の心と知力を試すために登場した神のように見えるのである。

アン・リー監督だからこそ撮ることができる最大のカメラワークで、見たことも無いような幻想的なシーンが目の前に広がる。

映像があたかも一冊の哲学書のように見えてくる感動。

ラストに至っては、芳醇な文学の香りが漂い、未だにその余韻に浸っている。

 

1月25日から公開

【監督】アン・リー

【出演】スラージ・シャルマ  ジェラール・ドパルデュー

 

 


『東京家族』

2013年01月05日 | 映画

小津安二郎の『東京物語』をリメイクするのなら、山田洋次監督以外に誰がいようか!

小津監督に出会ってから、いつもそう思っていた。

船橋福祉センターで映画解説をしている私は去年の秋、小津の『東京物語』を上映した。福祉センターに来る人は、映画マニアもいれば、まったく映画に知識のない人もいる。小津に精通している人もいれば、小津作品を初めて目にする人が混合していた。

私はとりわけ、小津に精通していない観客の感想を上映後に聞いてみた。

「老夫婦が東京で立派にやっている子供たちに会いに来る瞬間から、もう、映画の中に引き込まれてしまい、目を食い入るようにして見ました。素晴らしい作品です!そして、家族って何かを考えさせてくれる深い映画でした。小津安二郎監督っていつもこういう作品を作っていたんですね」

だった。

小津作品に初めて出会う人は、私を含め、みんなこんな素直な感動の言葉を述べる。

だからこそ、去年、英国映画協会で世界の映画監督が選ぶ最も優れた作品のナンバーワンになったのだろう。なんと、英国地元のスタンリー・キューブリックの『2001年宇宙の旅』を2着に抑えてのナンバーワンだった。

小津監督の作品がかくも偉大であるという証明の一部分になったのだ。

山田洋次監督が松竹の先輩、小津安二郎の『東京物語』を小津に捧げるという趣旨で『東京家族』を撮ると決めた瞬間、もう一昨年になってしったが、東日本大震災が起こった。

クランクイン間近だった山田監督は、日本の歴史に最大の悲劇を残した未曾有の大災害とそこから派生した人災ともなる原発事故を語らずして、映画は成り立たないということで、クランクインを一年延ばした。

私は、山田監督の姿勢を尊敬し、なおさら、リメイク版が楽しみになっていた。

でも、キャスティングが発表された時、ちょっとだけ不満だった。

あのおっとりしているが、ちょっとだけ頑固であった父親の笠置衆の役が橋爪功、ほっこりとしたマシュマロのようなふくよかな母親の東山千栄子の役が吉行和子。

ちょっと、ミスキャストかな…と、思った。

でも、しかしである。これは大逆転した。

小津が戦後の日本の家族を描ききったように、山田監督は『東京家族』で橋爪、吉行老夫婦の存在を通して、不安定で無気力になってしまった日本、そして震災後に味わった日本人の将来への不安や恐れを十分に付け加え、現代の日本の家族像を見事に抉り出してくれたのだ。

橋爪功、吉行和子も素晴らしいが、プータローを演じる妻夫木聡の演技は、小津作品に登場しなかった新種の調味料を存分に加え、そのデリケートな味に、私は茫然自失したのだった。

家族はウザい!しかし、かくも家族ほど素晴らしいものはない!

こんなシンプルなことなのに、私は心のどこかに置き忘れていたのかもしれない。

1月19日から公開

【監督】山田洋次

【出演】橋爪功  吉行和子 妻夫木聡 蒼井優 中嶋朋子 西村雅彦