松たか子が素晴らしい。
松たか子を素晴らしいと思ったのは2度目。今回の『夢売るふたり』だけでなく、その前の『告白』だった。わが子を殺された教師が殺した生徒たちに復讐すると言ったストーリーなのだが、とにかく今の中学生に潜む魔性や残虐さをえぐりだし、そこに果敢に戦う教師の深い心理状態を不気味なまでに演じていた。
松たか子はこの作品から流れが確かに変わった。太宰治が「富士には月見草がよく似合う」と「富獄百景」の中で書いているが、松たかに子すれば、「梨園のサラブレッドには、復讐に燃えたり、陵辱された人間の気持ちや不信感であったりとかの、人間の心の深淵に迫った役がよく似合う」
今回の『夢売るふたり』は田舎から出てきた若夫婦が東京の下町の居酒屋で額に汗水たらし、一生懸命に働いているシーンから始まる。
妻がもちろん、松たか子で夫が阿部サダヲ。二人で営んでいるこの居酒屋はたいそうに繁盛していた。
しかし、不慮の事故から、火事が起こり、みるみるうちにこの居酒屋は全焼してしまう。
タイトルが『夢売るふたり』だが、若夫婦二人の夢が一瞬にして焼かれ、奪われたところから始まるのも皮肉なことである。
お金に行き詰った二人が計画したことは、夫を結婚詐欺師に仕立てること。妻の松たか子が夫の阿部サダヲに、寂しい独身女性をターゲットにしてお金をふんだくれと、プロ顔負けの結婚詐欺師に仕立てていく。
夫が他の女とセックスしている時でも、松たか子は冷笑している。
この松たか子の怖さったらない。
さて、なぜ、妻は夫を結婚詐欺師に仕立てたか?
それは妻という立場にたった女にしか分からない永久不変の苦悩ではないかと、私は思った。
完成披露試写会の時、西川美和監督が今回は徹底的に「妻」というものがどういうものであるかを描きたかったと言っていた。
西川美和監督の「妻」像は、あまりにも辛らつであまりにも悲しくてあまりにも寂しい。
しかし、これこそ嘘偽りのない真実の「妻像」だった。
この作品、多分、日本にだけで留まらないと思う。「おくりびと」のように、世界に伝染していくと確信している。
なぜなら、西川美和監督は世界のどの国にも共通するような永久不変の「妻像」を描いているからだ。
9月8日から公開