マリリンの映画日記

エッセイスト瀧澤陽子の映画ブログです!新作映画からオールドムービーまで幅広く綴っております。

『あの夏の子供たち』

2010年05月03日 | 映画
パリが大好きだ。

パリの競馬も映画も。去年の10月、仕事でパリに行った。世界最高峰のレース「凱旋門賞」の取材とパリで活躍する日本初の調教師・小林智さんのインタビューだ。

帰国直後に、パリの映画をテーマにした講演会も開催するために、パリにある映画館を何軒か回った。『あの夏の子供たち』にも出てくる、カルチェ・ラタンにある名画座「ル・シャンポ」や「アクション・エコール」などに入ってみた。

古い映画館で趣があり、伝統ある名画館の暖かさと落ち着きにすっかり酔いしれていた。アンドレ・タルコフスキー監督の「惑星ソラリス」、フランスが産んだ最大の美男子、ジェラール・フィリップの特集作品などを見たが、何度も見ている作品だったが、パリの名画座で見ると、なおさら一層感動も深い。

パリの魅力は、いつ行っても街の姿や風景が変わらないことである。古い物をすぐぶっ壊してハイテクのビルに変貌させる日本人の愚かさに辟易しているので、カフェで一日中過ごすパリジャンやパリジェンヌのまったりとした姿、美術館や教会が都市の中に溶け込み、街そのものが一級の芸術品のようなパリの街は荘厳であり偉大だ。

と、こんなこと書いていると、またパリに行きたくなってしまう。

しかしである。

『あの夏の子供たち』を見て、ちょっとだけパリへの認識、いやパリの映画界への認識が改められた。

この作品の主人公は、個性的でクオリティの高い映画作りに熱中する映画の敏腕名プロデューサーである。

しかし、フランスにも確実に世界不況の波が強く押し寄せている。映画作りにスポンサーがつかないために、貧窮に陥った主人公は、美しい妻とかわいい3人の娘を残して、自殺してしまうのだ。

このプロデューサが実在の人物であることを知り、なおさらショックが大きかった。これは作り物ではなく真実なのである。

芸術や映画を大切に守る国であるはずのフランスにも、確実に深刻な不況が訪れていることを。少なくともフランスでは、映画の世界だけは厳然と守られているものだとばかり信じきっていた。

パリを彩る名画座やインディペント系映画の存続が危ぶまれる作品が、フランス自身から登場したことに、やるせなさを感じていた。

その代わり、皮肉なことに、今ではどこの国にもあるプロパーなシネコンが台頭し、人気を集めているという。

実は参考のためにも、セントエミリオン12区に建設されて間もない巨大シネコンで「プチ・ニコラ」というホームドラマも見てきた。字幕もなく、全シーンフランス語だったので、ありったけの拙いフランス語の知識で映画を理解した。内容は両親に対する子供の不安、兄弟が生まれる喜びが描かれていて、面白かった。

フランス人にポップコーンやコーラは絶対に似合わない! と思い込んでいたので、パリの週末、家族連れが楽しそうにポップコーンを頬張り、映画に興じている姿を見ていて、ちょっとだけ残念だった。

が、これも時代の流れ。映画の流れ。映画が生き延びる唯一の手段であれば、仕方ないかも知れない。

しかし、これで本当にいいのだろうか?映画文化の土台がどんどん崩れていく。歴史のあるフランスからもその崩壊が始まっている。

自殺したプロデューサーがそんな警鐘を命がけで鳴らしているようで、感慨無量。そして、残された家族がいかにして生きていったか…。

いい映画であるが、映画好きには悲しくもある作品であった。


5月29日より公開

【監督】ミア・ハンセン=ラヴ
【出演】キアラ・カゼッリ/ルイ=ド・ドゥ・ランクザン/アリス・ドゥ・ランクザン