政府広報ポスターの国旗の白色部分に「考えろ!」と落書きされていた
(2024年11月、ハンガリー・ケチケメート市)
ハンガリーの首都ブダペストから南東へ鉄道で約1時間のケチケメート市。与党支持者が多い地方都市と聞いていたが、街中を歩くと、赤白緑の3色のハンガリー国旗の白色部分に「考えろ!」と落書きされた政府広報ポスターを見かけた。
報道や司法を圧迫する強権的な統治手法が目立つオルバン政権を無批判に受け入れる人に再考を促す野党支持者の訴えだという。そのすぐそばには、勢いを増す野党ティサのペーテル・マジャル党首(43)の名前が貼られたポスターもあった。
野党党首の名前が貼られた政府広報ポスター(2024年11月、ハンガリー・ケチケメート市)
ケチケメート市の市長は政権与党の所属でビクトル・オルバン首相(61)に近く、同市は保守派が強い地盤として知られている。
年金で暮らすキャサリンさん(71)は「子育て中の若い人々をサポートする手厚い家族政策に賛同している」と政権を支持する理由を語る。
オルバン氏は2010年に政権に返り咲いてから、子どもの数に応じて住宅や車の購入費用、所得税などを優遇する政策を始め、1.25だった合計特殊出生率を1.5台まで回復させた。
ケチケメート市に向かう鉄道で出会ったダビッド・ビオンチョ(38)さんはドイツから帰国し、ケチケメートとブダペストの間にあるセグレド市に住む。
子どもを3人育てており、オルバン政権の政策の恩恵を「大いに受けている」という。「ドイツは移民の流入が激しく、家族が安心して住める場所がなかった」
オルバン政権は徹底した反移民政策でも知られる。街を歩いていても、観光客を除いてほとんど白人以外を目にすることはなかった。
保守的な政策で支持を集め、報道機関への圧力で政権に批判的な報道も抑制しているオルバン政権。それでも足元で批判が増しているのはなぜか。
ケチケメート市に住む元教師のマリアさん(67)は「ハンガリー国内に住んでいないのに国政選挙に投票できるのはおかしい」と憤る。
どういうことか。オルバン政権は周辺国に住むハンガリー系住民に対し、住み家を替えなくてもハンガリー国籍を取得できる制度をつくり国政選挙への参加も認めた。
マリアさんはオルバン氏の票集めだと批判する。
日本貿易振興機構(ジェトロ)のブカレスト事務所の協力を得て、ルーマニアのトランシルバニア地方に住むティボール・サーチバイさん(41)に話を聞いた。
隣国ハンガリーの政権与党から週2〜3回届くニュースレターをスマホで欠かさず読むという。「我々の地域社会で学校などの建設を支援してくれた」とオルバン氏を熱烈に支持する。
ケチケメート市役所の隣には1920年の割譲前の領土を表すモニュメントがある
(2024年11月、ハンガリー・ケチケメート市)
ハンガリー王国の領土だったトランシルバニアは第1次世界大戦後、ルーマニア領となった。
国が変わりルーマニア人から排斥の対象として攻撃されても、先祖代々の地に残ったハンガリー系住民は多い。
サーチバイさんもその子孫で、22年春のハンガリー国政選挙でオルバン氏が率いる与党フィデスに郵便投票した。
オルバンの政策で国籍を取得したハンガリー系住民は100万人ほどとみられ、ハンガリー人口の1割近くに相当する。22年春の国政選挙では二重国籍者の有権者の9割以上が政権与党に票を投じた。
ブダペストに拠点を置くシンクタンク「ポリティカル・キャピタル研究所」のロベルト・ラースローさん(46)は「オルバン氏は周辺国のハンガリー系住民にもっと大きな影響力を持たせたいという見方もある」と話す。
強権的な政権運営に割れる賛否。前述した年金暮らしのキャサリンさんは「家族内でも意見が異なるので、3年前から政治の話はしないことにした」という。静かに広がる分断への懸念をいたるところで耳にした。
(ハンガリー・ケチケメートで 学頭貴子)