国際情勢は不透明感が高まり、2025年も金融市場に波乱をもたらす可能性がある。各地域を専門にする編集委員が激動のシナリオを読み解いた。
1回目は米国編。第2次トランプ政権はどのような外交・通商政策を進めるのか。マイナス影響が大きい最悪のケースからシナリオを占う。
シナリオ1 危機が連鎖、紛争が地域の枠越える恐れ
「(トランプ次期大統領が就任する1月20日まで)残り2カ月でなるべく問題を片付けたい」。バイデン政権は2024年11月の米大統領選後、こんな方針を同盟各国に伝えた。
中東紛争の拡大をどう食い止めるか、ウクライナ戦争の終結に向けた環境をいかに整えるか――。外交筋によれば、これらの具体策を説明した。
米国の仲介でイスラエルとレバノンのイスラム教シーア派民兵組織ヒズボラの停戦が11月末に実現したのはその一環だ。
バイデン政権がこうした工作を急ぐのは、2つの紛争の先行きに危機感を強めているからにほかならない。
中東政策でトランプ氏は親イスラエル路線を鮮明にしている。イスラエルが敵視するイランに対し、経済制裁の強化を含めた「最大限の圧力」を再びかける選択肢をとりうる。
イスラエルのネタニヤフ首相はトランプ氏を後ろ盾に、イスラム組織ハマスなど親イラン勢力への攻勢を強めるおそれがある。
反撃の機会をうかがうイランが核開発の加速にかじを切れば、イスラエルとの緊張はさらに高まる。
24年春に初めて直接交戦した両国はレッドライン(越えてはならない一線)を試しあった。元米政府高官は「全面戦争に発展するシナリオがないとは言えない」と頭を抱える。
欧州に中東、アジアという3つの地域の紛争や危機は互いに連動している。
50年以上続いたシリアのアサド独裁政権があっけなく崩壊した背景には、ロシアとイランがアサド政権を支えきれなくなった点を無視できない。
両国はウクライナやイスラエルとの戦いで余裕を失った。北朝鮮がロシアに兵士を送った見返りに最新の軍事技術を得れば、東アジアの安保環境は一段と悪くなる。
そのウクライナ戦争はトランプ氏が就任から24時間以内としていた停戦の実現時期を半年以内に後退させた。ウクライナを交渉のテーブルに着かせるため、ウクライナ支援の削減や停止を唱えるトランプ氏のアドバイザーもいる。
米国が一方的な支援見直しに動いて主要7カ国(G7)や北大西洋条約機構(NATO)の協調が瓦解すれば、ロシアの勢いを助長しかねない。
NATO加盟を求めるウクライナの安全を十分に確保しないと、ロシアの再侵略を招く恐れもある。
こうした中東、欧州の推移を見守るのが中国だ。一時的にせよ事態が悪化して米軍が両地域への関与を強めざるを得なくなった場合、中国人民解放軍がその機をとらえて軍事演習の名目で台湾海峡を包囲する可能性は排除できない。
「中国の台湾侵攻が米国の介入を招けば、ロシアは他の欧州の国に行動を起こす誘惑に駆られる。イランや北朝鮮も脅威をエスカレートしうる」。米シンクタンクの新アメリカ安全保障センターは昨春、こんな警鐘を鳴らした。
中国とロシア、イラン、北朝鮮は「動乱の枢軸」(axis of upheaval)などと呼ばれる。この4カ国の連携が第3次世界大戦の導火線になりうるとの論考はもはや米欧では珍しくない。
シナリオ2 マスク氏が「トランプ・習」仲立ち
次期政権は国務長官候補のマルコ・ルビオ上院議員ら対中強硬派が並ぶ。トランプ氏は10%の追加関税をかけると表明し、中国に揺さぶりをかける。
ただ、次期政権を強硬一辺倒とみるのは早計だ。トランプ氏が新設する「政府効率化省(通称DOGE)」トップに就く起業家イーロン・マスク氏は、対中関係でジョーカー的な存在といえる。
電気自動車テスラの中国事業を通じて築いた習近平(シー・ジンピン)国家主席、李強(リー・チャン)首相らとの関係は軽視できない。
これが地下水脈として働き、対中制裁緩和と見返りとなる米国企業への優遇策をセットにした電撃的な対中ディール(取引)を主導する展開もあり得る。
対中ビジネスに長くかかわってきた実業家ハワード・ラトニック次期商務長官ら経済面で実利を重視する「ウォール街」派もトランプ氏に助言する立場にある。
安保面で中国の脅威を重んじるルビオ氏らとの暗闘が対中関係の変数になる。
シナリオ3 ウクライナ和平に道筋、中東紛争も収束へ
ウクライナに制限を付けずに強力な武器を与え、対ロ制裁を強化すべきだ――。次期政権にはこんな構想もある。
米ハドソン研究所のケネス・ワインスタイン日本部長は「プーチン大統領に『戦争継続はロシアの弱体化につながる』と思わせなければならない」と話す。この脅しが効けば、ウクライナ和平への展望が開ける。
中東危機もトランプ氏がイスラエルにハマスとの停戦やイランとの衝突回避を働きかける余地はある。
イスラエルとアラブ首長国連邦(UAE)、バーレーンといったアラブ諸国の関係正常化を仲介した第1次政権の「アブラハム合意」への評価は高い。この流れを引き継ぎ、バイデン政権もイスラエルとサウジアラビアの交渉を後押しした。
欧州と中東の紛争収拾にめどがつけば、米国が対中戦略に専念しやすくなる。南シナ海などでの中国の威圧的な振る舞いに歯止めをかける道筋もみえてくるかもしれない。
[日経ヴェリタス2025年1月12日号]