米起業家イーロン・マスク氏はトランプ次期米大統領の事実上の「共同大統領」のように振る舞っている。
2024年12月、米フロリダ州にあるトランプ氏の邸宅マール・ア・ラーゴで並ぶマスク氏(中央)と英右派政党
「リフォームUK」のファラージ党首(右)=ファラージ氏のX投稿より
その任務には、民主主義を掲げる同盟国の政権交代を狙うことまで含まれるようだ。
マスク氏は2月に総選挙を控えるドイツを救えるのは極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」だけだと繰り返し主張している。また、英労働党のスターマー政権打倒も呼びかけている。
米大統領と世界有数の富豪との間にこうした関係が築かれた事例は歴史上見当たらない。米国の「悪徳資本家」と呼ばれる富豪のロックフェラー家やカーネギー家は、当時の大統領と対等に振る舞ったわけではない。
ドイツと英国、そしておそらくフランスの政府がまもなく直面する問題はこの新たな脅威にどう対応するかだ。
マスク氏はトランプ氏を代弁しているのか。そうだとすれば西側諸国は死んだも同然だ。
それともマスク氏は瀬踏みしているのか。そうであれば西側にはトランプ氏とマスク氏の相違を突く余地が生まれる。答えはおそらく前者でも後者でもある。
マスク氏が何を語らないかも重要だ。ロシアと中国について沈黙を守っていることは語る以上の意味を帯びる。
同氏はこうした専制国家のいずれについても、政治犯を擁護したり、弾圧に反対したりしたことがない。
労働党政権が発足すると、マスク氏は突如として英国の児童福祉にこだわり始めた。
スターマー政権で女性や少女に対する暴力問題を担当するジェス・フィリップス政務次官に対しては「レイプ・ジェノサイド(集団殺害)の擁護者」のレッテルを貼った。
英国で25万人の子供たちが組織的に虐待を受けているとも主張している。
一方、推定2万人のウクライナ人の子供たちが自宅から連れ去られ、強制的にロシア人家庭の養子にされていることについて、マスク氏はどこにも懸念を表明していない。
同氏が中国について沈黙する理由は理解しやすい。自身が率いる米電気自動車(EV)大手テスラは中国事業の規模が大きく、リスクを冒したくないのだ。
トランプ氏の対外政策の既定路線は「取引」であり、対中政策はまだどう転ぶかわからない。
マスク氏はトランプ氏同様、プーチン大統領率いるロシアを称賛し、欧州を軽視している。欧州の自由民主主義に対して抱く嫌悪感は本物だ。
ロシアを利する条件であってもウクライナ戦争を終わらせたいというトランプ氏の焦りを、マスク氏も共有している。
AfDはドイツの対ウクライナ支援を打ち切る方針を掲げている。スターマー氏は英国から(ウクライナへ)の支援を強化している。
大西洋同盟の東側は地図なしで旅に出ることになる。欧州はいつも最善の結果を期待しがちだ。今回は最悪の事態に備える必要がある。
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