ブリュッセルで10日に記者会見した欧州連合(EU)のベステアー上級副委員長=ロイター
【ブリュッセル=辻隆史、シリコンバレー=渡辺直樹】
欧州連合(EU)の欧州司法裁判所は10日、アイルランドが米アップルに適用した法人税優遇が違法な補助に当たるとした欧州委員会の主張を支持する判決を下した。
米巨大テクノロジー企業と対峙してきたベステアー上級副委員長の執念が実った。同氏は巨大テックをさらに厳しく規制する法律の枠組みを整え、今秋退任する見通しだ。
「欧州市民と租税の『正義』にとって大きな勝利。欧州委の勝利だ」。欧州委の競争政策を担うベステアー氏は10日に開いた記者会見で、時折涙ぐみながら、喜びをあらわにした。
アップルは、アイルランドに法人を設け、タックスヘイブン(租税回避地)のペーパーカンパニーも活用し同国法人税の対象にならないようにしていた。
欧州委はアップルが節税で利益をあげていると批判。アイルランドの措置はEU競争法が禁じる不当な補助金を出す行為にあたるとして過去の優遇分と利息の追徴課税を求めていた。
アイルランドとアップルとの間の法廷闘争では、20年に一審の一般裁判所が追徴課税は無効としていた。今回、一審の判決が覆る最終判断となり、ベステアー氏も喜びを隠せなかったといえる。
ベステアー氏はEU競争当局トップとして、2019年の就任後、巨大テックと激しい法廷闘争を繰り広げてきた。欧州司法裁で敗訴する事態になれば、執行機関である欧州委の威信は傷つく。
10日の記者会見では敗訴のリスクも勘案した上で対処してきたと明かした。そのうえで、改めて所信を訴えた。
「大企業であろうと中小企業であろうと、デジタル企業であろうと実店舗であろうと、すべての企業が欧州の利益に応じ公平に税を支払わなければならない」
ベステアー氏は10日、別案件でも勝利を得た。欧州司法裁が、米アルファベット傘下グーグルに競争法違反で24億2000万ユーロ(約3800億円)の制裁金を科した問題を巡っても、欧州委の主張を支持した。
同氏はこのグーグルへの対応が、世界の競争当局が大手デジタル企業に対し起こした最初の規制措置の一つだったと振り返った。
強いテック「核と同じ」、厳しい規制思想
ベステアー氏の行動の背景には、強いテックは「核と同じ」とまで言い切る規制思想がある。
「数十年前の核兵器と同じように、テクノロジーには新しい世界を切り開く力がある。しかしそれをどう扱うかは私たち次第だ。人間性を低下させて互いを敵対させる武器にもなれば、進歩の源泉にもなる」
4月、米ニュージャージー州のプリンストン高等研究所。「原爆の父」として知られる米物理学者オッペンハイマー氏がかつて所属した機関での演説でベステアー氏はこう話した。
デジタル技術の寡占や乱用が欧州の民主主義やビジネス、生活の基盤を脅かすとの危機感を訴えた。
米起業家イーロン・マスク氏率いるX(旧ツイッター)へのEUの調査や、世界初の人工知能(AI)包括規制の導入にも通じる問題意識だ。
「誤解しないでほしい。ネット利用者を検閲しているのではない。違法なコンテンツから守っている」(ベステアー氏)
巨大テックを締め付ける思想の根源について、EUサンフランシスコ事務所長のジェラルド・デ・グラーフ氏は欧州のアプローチの主眼が「人間中心主義にある」と指摘する。あくまで人がテックを制御するという考え方だ。
これに対し、米国企業の経営や戦略の根底には「技術決定論」と呼ばれる、技術革新が社会構造を変えていくという考え方がある。全く異なる思想が両者の対立の原点にあるといえる。
厳格規制の基盤整う
母国デンマークの経済相や副首相を経て、欧州委の重要幹部となったベステアー氏は今秋に退任する見通しだ。
フォンデアライエン欧州委員長が月内をめどに、2期目の新体制人事を発表する予定となっている。
規制をけん引してきたベステアー氏が退任しても、欧州委の方針はぶれない可能性が高い。EUは18年の一般データ保護規則(GDPR)の施行で、包括的な個人データの保護ルールを設けた。
24年2月に全面施行したデジタルサービス法(DSA)では、プラットフォーマーに有害コンテンツの厳格な管理を義務付けた。
3月に全面適用したデジタル市場法(DMA)では、巨大IT(情報技術)が市場を独占しないよう禁止行為をあらかじめ定める「事前規制」の仕組みを取り入れた。
ベステアー氏のもとで規制の基盤が整い、各法はこれから、本格的な執行の段階に入る。
技術革新阻むとの指摘も
ベステアー氏らの方針には批判の声もあがる。厳しすぎる規制や競争政策は、テックを含めた産業のイノベーション(技術革新)の芽を摘みかねないというものだ。
欧州には現在、米国のような巨大テックは存在しない。ブリュッセルで活動するIT分野のロビイストの一人は「強すぎる規制、国ごとにばらばらなビジネス環境、官僚主義、投資家の不足――。特に規制が問題だ」と、競争力があるテック企業の誕生に向けた課題を説く。
「規制は市場参入を促進するように設計されるべきだ。競争が生産性や投資、技術革新を刺激するという圧倒的な証拠がある。
競争政策が欧州の目標達成の障壁とならないよう、経済の変化に適応し続けるべきだ」。欧州中央銀行(ECB)前総裁のドラギ氏も9日、欧州委に提出した報告書に現体制への不満ともとれる記述を盛った。
それでも、10日の記者会見で後任へのメッセージを聞かれたベステアー氏は笑顔で話した。「問題はまだ存在している。後継者が優先事項の一つにしてくれることを願っている」。
後任がベステアー氏が敷いた路線に沿う限り、欧州委と米巨大テック大手とのさらなる衝突は避けられない。
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リブライトパートナーズ 代表パートナー
Googleから3800億円、Appleから2兆円同日にもぎ取ったEU政権側としては快挙であり、米国テック業界としては震撼の日となった。
GDPRを皮切りに最近のDMAまでその一連を率いたのがこのマルガレーテベステアー氏であり次期EU委員長の呼び声もあるという。
世界で最も先鋭的な対ビッグテック姿勢は記事にもある通り思想的背景があるがそれはもっと突き詰めるならば「個の尊厳」というキリスト教の基本に通ずるだろう。
つまり半導体の実用化によるコンピュータ革命以降70年以上に渡り米国西海岸が牛耳ってきた富や個人データを民衆の手に取り戻すという、十字軍的思想をこのベステアー氏率いる欧州公取は彷彿とさせる。
日本経済新聞社 欧州総局長
イノベーションと企業の利益を大切にする英米型の資本主義か、それとも消費者保護と社会の利益を重んじる欧州型の資本主義か。
規制を巡って欧州は戦後一貫して米国と争ってきました。
欧州流の価値観では「規制=悪」ではなく、安全保障を頼る米国とは対立できないと考える日本とは温度差があります。
それゆえ、この記事にもあるようにEUの規制強化の流れは続くでしょう。
仮に今秋の米大統領選でトランプ氏が当選したらどうなるか。
SNS規制を含めて米欧対立が激しくなると思われます。
日米欧の「資本主義」についての意識の違いを解説した記事です。ぜひご一読ください。
問い直される資本主義 欧州に「成長と分配」の源流 https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR10EJC0Q1A111C2000000/
五常・アンド・カンパニー株式会社 代表取締役
記事の後段に書かれているいる通り、規制はそもそもイノベーションを阻害するといわれていますが、ことにデータ・AI領域においてはその傾向が極めて強いので、長期的には最も人権意識が高い欧州が相対的に落ち込むという未来が避けがたいのではないかと思います。
Google、Amazon、Meta(旧Facebook)、Apple、Microsoftなどアメリカの主要IT企業「ビッグテック」の最新ニュースと解説をお届けします。巨大企業たちのビジネスや各国による規制などについての最新記事や解説をご覧いただけます。
日経記事2024.09.11より引用