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不平等が招く「劇薬」 米国発、きしむ民主主義の音

2024-11-10 16:26:14 | 米大統領選2024


トランプ次期大統領は不法移民の大量送還などを主張している(10月25日、テキサス州オースティン)=ロイター

 

ベネズエラから米国に亡命した電気技師のエンジェル氏は、米国籍の取得をめざしている。移民を敵視するトランプ政権再来への不安を問うと、むしろ「米国の将来が心配だ」と意外な答えが返ってきた。

念頭にあるのが母国の故チャベス前大統領だ。「貧者の救済」を掲げて1998年の大統領選で圧勝すると国内勢力を対立させて権力を握り独裁を強めた。後継のマドゥロ大統領もその手法を踏襲している。

 

「国を分断させて自らの権力を固めるのは独裁者の常とう手段。このままでは米国も同じ道をたどる」(エンジェル氏)

警告を笑い飛ばせるだろうか。今回の選挙であらためて露呈したのは候補者や有権者の「良識」を前提とする米民主主義のもろさだ。

 

デマ、中傷、差別的発言、扇動的な広告と、これを支える巨額政治献金……。その成功が2度目となるともう「まぐれ」ではない。民主主義の旗手である米国の事象だけに、世界への波紋も必至だ。

 

 

分断生む「現状否定」の心理

米国人の多くは善良で常識的な人々だ。その半数超が、およそ模範的と言えない過激な指導者を求めた底流には、現状の政治システムへの根強い不信がある。

米調査会社ピュー・リサーチ・センターによると、民主主義の現状に不満をもつ米国民は66%に達する。

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世界有数の豊かな国でなぜ、と思うが、人は自分より恵まれた相手に目が行きがちだ。米国では経済格差が広がり続ける。

親の世代より豊かになれる人々は、40年代生まれでは9割いたのに80年代生まれでは5割だけだ。これを許した政治システムを破壊し、古き良き米国を取り戻すと訴えるポピュリストに支持が集まるのは分かる。

 

だが、こうもトランプ現象が勢いづき、社会を割った理由は何か。米ノースカロライナ大のキース・ペイン教授は、経済の不平等が人々の心理や社会に及ぼす影響の大きさを指摘する。

人は皆、自らを価値ある人間だと思いたい。だから劣位にある人々は怒りを宿し、社会や制度を責め、それを覆す過激な策を求める。「現状否定」の心理と「劇薬」への期待だ。

 

さらに制度の背後にいると見立てた勢力を敵視する。左右両派が攻撃し合い、社会の分断が深まる。トランプ氏は病んだ米社会の原因でなく症状といわれるが、人々の怒りと分断をあおり病状を悪化させている。

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勢いづく権威主義国家

他の国々でもポピュリストが根付く土壌は共通だ。グローバル化や知識経済への移行を背景に富の集中が進んでいる。

そこへ自由世界を率いる米国の民主主義が陰れば影響は大きい。まず民主主義の訴求力がそがれる。民衆の声を尊重せよと強権国家に迫ってきた米国の説得力も失われる。米国が他国の圧政に口をつぐみ、民主派への支援もやめるかもしれない。

 

そうでなくても世界の「自由な国」の比率は07年の47%で天井を打ち、直近は43%まで下がった。今後、米国の民主主義の後退を見てとった世界の権威主義者は勢いづくだろう。

 


BRICS首脳会議に際して握手するベネズエラのマドゥロ大統領㊧とロシアのプーチン大統領(10月23日、ロシア・カザン)=ロイター

 

ベネズエラのマドゥロ大統領は21年の米連邦議会襲撃を例に米民主主義の「偽善」を強調し自らの強権政治を正当化する。

ハンガリーのオルバン首相は懇意のトランプ氏をまねて選挙結果を否定し、「非自由主義的民主主義」も唱える。宗教対立や少数派への攻撃をてこに自らの支持基盤を固めるインドのモディ首相やトルコのエルドアン大統領も、トランプ氏との手法の共鳴が指摘される。

 

 

まさかのトランプ氏「3期目」

「分断を終わらせ団結する時だ」。トランプ氏は大統領選の勝利演説でそう述べた。歴史に名を残したい同氏が、それをめざす可能性は皆無ではない。

だが移民、経済、女性の権利などで国論は大きく割れ、根底の格差や生活苦の解消も容易でない。早晩トランプ氏は不満のはけ口を求めるだろう。「敵」が国内なら分断は深まり、国外なら国際的な緊張を招く。

 

幸い米国の憲法は大統領の任期を2期までと定めるが、任期撤廃を果たした強権政治家は多く、トランプ氏も5月に「3期目」に触れた。

任期制限が慣例だった第2次世界大戦中、有事を理由に4選されたルーズベルト大統領の例まで挙げた。

 

まさか、と思いたい。だが20年の大統領選の結果否定も、翌年1月の連邦議会の襲撃も、未曽有の事態だった。襲撃に絡み起訴されたトランプ氏の劇的な勝利と返り咲きもそうだ。

しかも起訴は、再選を受けて取り下げが検討されている。民主主義と法治国家の土台が、きしむ音が聞こえ始めた。

 

 

 
 
 
 
 
 

※掲載される投稿は投稿者個人の見解であり、日本経済新聞社の見解ではありません。

 

 

 

 

 

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植木安弘
上智大学特任教授
 
分析・考察

民主主義の危機への懸念はまさに民主党やハリス候補が選挙戦のアピール材料としましたが、米国の民衆はそれよりも目先のインフレによる物価高や金利高から生じる不満を爆発させ、現状変更の希望をトランプ氏に託した形になりました。

トランプ前政権では米国の伝統的価値を持つ側近や議会によってある程度の歯止めがありましたが、トリプルレッドの状況では議会も、そして側近もイエスマンで固めそうな状況の中で歯止めが効かなくなり、米国の民主主義的価値や法の支配が試練の時を迎えるでしょう。

病気が深刻になって初めて健康の大事さがわかるような状況が来るのでは。米国の動向が世界に与える影響は大なので、日本としても要注意です。

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日経記事2024.11.10より引用

 


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