風に吹かれて旅ごころ

はんなり旅を楽しむはずが、気づけばいつも珍道中。

天空の郷、吊り橋三昧(白浜、飛鳥)3-2

2013-02-11 | 近畿(奈良・和歌山)

3-1からの続きです。

○ さわれる電話線
○ ⑪鹿淵(かぶち)橋(橋長150m、高さ24m)
○ 168→311
○ ⑫大川宮前橋
○ 中辺路の春日神社
○ 梅の里
○ 白浜
○ 特急くろしお
○ 天王寺
○ ふたつの道明寺
○ 橿原神宮前
○ 民宿北村

○ さわれる電話線

ダムを後にして、さらにR168を南下しました。
昨日、新宮から十津川に入って最初に見た吊り橋を探します。 つまり、和歌山との県境近くにある橋です。

十津川にあるのは、細いくねくね道だけではありません。
五条新宮道路と呼ばれるR168には、きれいに整備された、広い七色高架橋もあります。
川沿いのドライブラインで、とっても気持ちがよく、山に囲まれながらもサザンなんてかけてみたくなったりします。

この道路の下にあるようなんだけど… 地図を頼りに、ちらちら見え隠れする川を必死に眺めます。
あっ、発見!
ただ、整備道路のため、停める場所が見当たらずに、和歌山まで行ってしまいました。
もう一度戻って、駐車できる場所を探します。 うろうろした挙句に、少し離れた場所にようやく停めることができ、車から降りました。

そうしている間に、再び八木新宮線がやってきます。
あ、今日2台目の奈良交通バス! どちらも新宮発八木行きでした。ユンケルさ~ん!

十津川を走っていると、道路沿いの山肌をつたって、ずっと黒いコードが張られていることに気が付きます。
「あれはなんでしょう? 答えは電話線でーす」とpino。
えーっ、びっくり。電話線がさわれちゃうの?
これまで、電話線は地下にあるものと思っていた私には、大きなカルチャーショックでした。

風雨にさらされて、すぐに摩耗しないのかしら?
すさんだ気持ちになった誰かがハサミでチョッキンしたら、えらい騒ぎになってしまいます。
まあ、日本一親切な村には、そんな悪さをする人はいないんでしょうけれど。

店はどこも閉まっていて、動いているのは行き交う車だけ。 シーンとしている中で、貴重な人の姿を見かけました。
おばあちゃまが、石段を休みながら、ゆっくりゆっくり上がって行きます。 おばあちゃん、がんばって。
でもここに住む人たちは、私たちよりはるかに基礎体力があるんでしょうね。
辺りに相変わらずひとけがないのは、この日も変わりません。 車道の脇をひたひたと歩いていくため、通り過ぎる車から視線を感じます。
「地元民じゃなさそうな人間発見!なぜこんなところを歩いてるんだろう?」と思っていることでしょう。

○ ⑪鹿淵(かぶち)橋(橋長150m、高さ24m)

細道に逸れ、どんどん下って橋へと近づいていきます。
途中、見たことが無いものがありました。 どうやら、対岸へものを運ぶワイヤー吊りのバスケットです。

野猿の荷物版といったところでしょうか。
こういうのがまだ現役で使われているんですね。本当にすごいところです。

橋に辿り着きました。ここは足場に鉄板が渡されていて、安心して目をつぶっても歩けます。
これまでずっと、ギシギシ鳴る木板の上をそろりそろりと歩いてきた身には、安定感が頼もしいけれど、この強靭さがどうにも物足りないわー。

よく見ると黒いコードが伸びています。「これは電話線や電気線」とpinoに教えてもらいます。
つまり、橋向こうに住んでいる人がいるということですね。
くねくねしたコードは均一的で美しく、おちる影がアーティスティックで、張った人の美意識が見えました。


反対側まで行くと、集落への細道がありましたが、今回は時間があまりないため、そこで戻ることにします。
帰りには、今車で通ってきた、R168の七色高架橋が真上に見えました。
新旧の橋の交差がドラマチック。
 

七色高架橋って、名前がすてきですね。この辺りが七色という地名なのですが、まるで虹を意味しているようです。
近代的で、アーチカーブはありませんが、遠くまで続く白い線は、山々に映えてとてもきれいです。

○ 168→311

これで十津川の吊り橋巡りは終了。 十津川、今はさようなら~。
短い滞在でしたが、素敵な体験がたくさんできました。 忘れられない場所になるでしょう。
廃道・酷道好きのpinoは、酷道と名高いR425や、そこを並走する県道735号を通って龍神温泉に行きたかったようです。
ただ、酷道すぎて425号は冬季閉鎖。 それに、この辺りは普通道でも十分ハイレベル。
もうこれ以上のレベルアップは望みません!
というわけで、R311を通って田辺方面へと向かいました。
道路が広くてカーブも少なくて、「なんていい道!最高!!」と、二人で口々にほめそやします。
でもちょっと待って、普段、道路っていったら、こういう道があたりまえなのよね?
十津川ロードは本当にすごかったです。サバイバー資質をいろいろと試される場所でした。


トンネルをいくつも通っていきます。まだまだ山間部。吊り橋巡りで時間がなくなり、pino希望の途中の立ち寄り温泉は無念の素通り。
ごめんねー。でも、初めは私の吊り橋熱に押されてながら、いつしかその魅力に目覚めて、最後にはノリノリだったので、結果オーライです。

途中、材木を運ぶトラックを見ました。 (北海道で、積み藁を運ぶトラックの後ろについた時には、藁が後ろにたくさん飛んできたなあ)と思い出します。
今回は、藁で視界不良になることはないだろうと思いましたが、よく見るとやっぱり、細かい木の皮が後ろに飛んできていました。

○ ⑫大川宮前橋(橋長46m、高さ9m)

ドライブ途中、吊り橋を見かけました。
「あっ、吊り橋!」
すぐに車を止めてそばまで行ってみる行動が、もうすっかり定着しています。
橋を見かけたら通り過ぎない、これはもう、今回の旅の鉄則です。

最寄りのバス停は、大川の吊り橋。 旧中辺路町を通る川に架かる橋です。

十津川の吊り橋は、中央部分にのみ板が張られていましたが、これは歩道スペース全てに横板が張られており、スリリング感はありません。
これまで、よく渡り慣れている橋のパターン。 辺りを見回しながら快適に、足元に気を配ることなく渡れました。

○ 中辺路の春日神社

吊り橋を渡ったところには、小さな神社がありました。 中辺路町の春日神社です。
真っ黄色の鳥居が人目を引きます。
めずらしいなと思ってよく見てみると、色のはげたところからは、朱色がのぞいていました。
前は普通の朱鳥居だったのが、なにかの理由で黄色く塗り替えたようです。

本殿は春日造。3つの神殿に、主祭神の天児屋根命、配祀神の誉田別命(応神天皇)、そして比売大神、神功皇后、菅原道真が祀られています。
三本の巨木に守らて、古めかしい静けさが漂う、歴史を感じる神社でした。

また吊り橋を渡って戻ります。
今回の旅では、12個の吊り橋を訪れました。
そのうち一つ(中原橋)は渡れませんでしたが、こんなに一度にたくさんの吊り橋を渡るのは初めてのことで、大満足。
「吊り橋天国」を存分に堪能しました。

○ 梅の里

しばらく車を走らせると、もうすっかり山岳地帯からは離れています。 梅の木がそこここに見られるようになりました。

そう、ここは梅の産地、紀伊。 ちょうど季節ですし、梅林に行きたかったのですが、時間が無くて行けません。
残念でしたが、でもさすがは梅の里。あちこちに梅の木があり、どれもつぼみがほころびかけているため、ドライブをしながらも、充分お花見を楽しめました。

○ 白浜

快適に白浜に到着。目指すレンタカー屋が廃墟になっていて(もしや浦島太郎?)と慌てましたが、電話をしたら、駅前に移転していました。 カーナビは古いまま。予定通り1時半に返却。
とうとう白浜に辿り着きました。予定よりも早めに駅前にレンタカーを返却します。
ピノちゃん、お世話になりました!
しらはまー!和歌山に戻ってきました。
海が近くなり、パームツリーを見かけ、一気にリゾートムードが高まります。
ここはアドベンチャーワールドの最寄り駅なので、とにかくパンダ一色。
パンダは四川の厳しい寒さの中にいると思っているのに、温暖な白浜がもこもこパンダの町になっているのが、なんだか不思議。

これは顔ハメパネル?身体が隠れないー(笑)。

これも顔ハメパネルですが、顔を出すところがもはやよくわからなーい(笑)。
ここからは電車で移動になります。 出発まで1時間近くあり、ふらふらうろつきたい私とゆっくりしたいpinoは、出発まで別行動をとりました。
初めて訪れる白浜をさっそく散策しようと思いましたが、駅前には何もありません。
海岸までは結構距離があり、近くに白い浜辺があるわけではないとわかって、がっかり。
白浜まで来たのに、白浜を見られないなんて―。
駅前の土産物屋のパンダグッズを見て歩きました。 


○ 特急くろしお

発車時間が近づき、京都行きの特急くろしおに乗り込みました。

今回の旅行で始めての電車。車窓を楽しみながら、駅弁を広げます。
pinoは手毬唄弁当、私はパンダ弁当にしました。

手毬唄弁当の箱には「鞠と殿様」歌詞が書かれています。
てんてんてんまり てんてまり~♪
そういえば、この歌、紀州の殿様の参勤交代の話だったわ!
ここから江戸へと徒歩(かち)で向かうなんて、考えただけでも大変。お国の一大事だったでしょうね。

やっぱりパンダ好きとしてははずせない、パンダ弁当。
パンダ焼きののぼりを初めて見た子供の頃は、「なんて残酷な!」と泣きそうになりましたが、今ではもちろんお弁当にパンダが入っているなんて思いません。
からあげ弁当でした。土地の名産南高梅がとてもおいしかったです。
どこがパンダなのかは、気にしないことにして、おいしくいただきました。

田辺の辺りでは、車窓からも梅園が見えます。ぜいたくな梅特急です。
電車は海岸沿いを通って行き、夏に訪れた高知の海景色を思い出しました。

○ 天王寺

気がつくと、車両には関西弁が飛び交っています。
ほぼ全員が喋っているような感じ。関西度100%。
和歌山は関西からのアクセスがいいからでしょう。
逆に関東からは行きづらいんですが。

明るい車内も、しばらくするとみんな眠りだし、シーンと静かになりました。 私もうつらうつら。
しばらくすると、老いも若きもみんな起き出して、車内は再びニギヤカになります。
眠るのと起きるタイミングが、なぜかピッタリ一緒という感じに、修学旅行のバスを思い出しました。
初めは誰もが興奮してワイワイ元気だけれど、しばらくするとみんな寝落ちして、シーンと静かになっていましたね。

どういうわけか電車はどんどん遅れていきます。
途中、何度もアナウンスが流れましたが、最後まで原因をはっきり教えてくれませんでした。 それが関西流かしら?
乗り換え接続できなくなった長距離電車も何本かあるようでしたが、車内は特に殺気立ったムードはありません。
みんな、平気なの?
「切符の払い戻しできるんやもんな」という声が聞こえますが、それでいいのかしら?
2時間の予定が、天王寺に20分遅れで着きました。
ここから大阪阿部野橋に移動します。
地表に出たら、ビルが立ち並ぶ大都会で、クラクラしました。
こんなコンクリジャングル、人は住めないわ!(東京を忘れている)

さらに春には、「あべのハルカス」という日本初のスーパートール(高さ300メートル以上の超高層ビル)ができるんだそうな。
えーっ、ちっとも知りませんでした。 われらが横浜ランドマークタワーが抜かされちゃうなんてショックー。
概観は、渋谷ヒカリエに似ていました。

出発まで少し時間があったため、ちょっと中を散策してみます。
近鉄百貨店と隣接しているため、(大阪のデパ地下ってどんな感じかな?)とわくわく入ってみると、女子たちでビリビリ殺気立っており、大荷物の私は(お、およびでない・・・)と早々に退散しました。
そういえばもうすぐバレンタイン。中は戦場だった…。
ホームへ上がると、「長野」行きの電車が停まっていました。
えー、この電車、ながのまで行くの??

びっくりして固まっていたら、pinoが「河内長野でしょう」と言いました。
え?でも、これじゃあ誤解するわー!(私だけ?まさかね)
なぜ「河内長野」ってちゃんと書かないんでしょう?これは長野行きに違いない!
pinoに近鉄路線図を見せてもらっても、まだ疑いを解いていない私です。

○ ふたつの道明寺

近鉄吉野線に乗りました。
窓の外にはきれいな夕焼けが見え、少しずつ日が陰っていきます。 ああ、もうすぐ夜になるわ。
途中、道明寺駅を通りました。 和歌山でも道明寺近くを通っています。
あれ、でも、べつよね?
道明寺といえば、「恩讐の彼方に」を地でいった、安珍清姫物語。
とんとんお寺の道成寺~♪
子供の頃に覚えた歌を、今でも全部歌えます。
これ「かまくら」の歌と同じく、詣でる時の道案内歌なんですね。
大阪の道成寺は…和菓子の方かしら?(間違ってるかな?) 

○ 橿原神宮前

目指す橿原神宮前駅に着いた時には、6時になっており、もうとっぷり日が暮れていました。
不思議な構造の駅で、線路を越えて反対側の口へと向かいます。
タクシーに乗り、今日の宿に向かいました。 運転手さんはとてもおしゃべり。
どうも冷え込むと思ったら、さっきみぞれが降ったんだそうです。
明日は雨だと聞いて、がっかりする私たち。
飛鳥村に続く道が細くてびっくりします。やはり昔ながらの道なのでしょうか。

○ 民宿北村

明日香村の宿に着きました。この地方の雰囲気によく合った、感じのいい民宿です。
優しそうなおかみさんに、出迎えてもらいます。
この日の宿泊客は私たちだけ。夕食は、リクエストを出していた飛鳥鍋。

もともと飛鳥地方に伝わる鍋料理ということで、恩田陸もかつて、取材のためにこの宿に宿泊したことがあるとのこと。
とても興味がありました。 牛乳をベースにした、素朴で優しい食べやすい味でした。

いろいろ調達をしに、コンビニへ行こうと道を聞いたら、最寄りの店まで10分以上道を戻ることになりました。
少し距離があるとはいえ、数日ぶりに見るコンビニは、やっぱり便利。
歩いていった辺りは、かつてゴルフ場で、その土地に1000戸家が建ったと、先ほどタクシーの運転手さんが話してくれました。
帰り道、迷いそうもない場所なのに、星空に見とれていたら、道を間違えてしまいました。
うっかりいにしえの世界に入り込みそうになりながら、迷って帰宅。
宿の人はいい感じにほっておいてくれて、気楽です。 のんびり就寝しました。

4-1に続きます。


天空の郷、吊り橋三昧(十津川)3-1

2013-02-11 | 近畿(奈良・和歌山)

2-3からの続きです。

○ 十津川番茶がゆ
○ ⑦柳本橋(橋長90m、高さ10m)
○ 八木新宮線
○ ⑧猿飼橋(橋長131m、高さ34m)
○ ⑨込之上橋(橋長161m、高さ19m)
○ ⑩二津野大橋(橋長193m、高さ35m)
○ 二津野ダムの放水

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○ 十津川番茶がゆ

今日も早起きして朝食前に温泉に入りました。
更衣所で、夕べも会った2歳の女の子とまた会います。小さいのにもう温泉が大丈夫なのね。
朝からパタパタと駆け回って、元気いっぱい。

朝もやに包まれた、すがすがしい空気の中でつかるかけ流しの湯。贅沢です。
朝食には和食を選択。ほとんどの宿泊客が和食にしていました。
地元名産の十津川番茶で炊いた茶粥が出ます。
食欲のない時でもするっといただけそう。
入湯後で食欲はしっかりあるため、きっちりいただきました。



昨日の朝のように車が凍っているのはこわいですし、車以上に道路が凍結しているのは危険です。
日が昇って道が温まるのを待って、出発です。

本当ならば、昨日1日が吊り橋巡りデーでしたが、pinoにかけあって、今日の午前中は行けていない気になる吊り橋を回ることになりました。
午後は半日移動日で、白浜まで行かなくてはならないため、時間を気にしながら。

○ ⑦柳本橋(橋長90m、高さ10m)

まずは、ホテルのすぐそばの西川にかかる柳本橋へ。
昨日の野猿のそばにあり、あとで渡ってみるつもりでしたが、野猿体験のショックですっかり忘れていたのです。



谷瀬橋以外で初めて、吊り橋の上に先客がいました。
国道と県道の交差する辺りにあるため、アクセスのいい場所にあるからでしょう。
観光客のようです。ラブラブのカップルで、キャッキャッと怖がりながらもハートをいっぱい飛ばして渡っていました。
いいなあ~、と思いながらも、彼らが渡り終わるのを待つ間、地味にウォーミングアップをしているリポビタンな私。



昨日でかなり免疫がついたため、板5枚はもう余裕でしょう。
小黒谷は3枚だったし。
ただ、朝の冷たい風が吹きつけて橋を揺らすため、結構怖さを感じます。身をちぢこませながら渡りました。



渡った先は果無峠越登山口近くで、熊野参詣道小辺路の街道ルートに続いていきます。
ここを上っていくと、昨日の集落へと着くのでしょう。
下には何台もの黄色いトラックが見えます。
「復興車」として、ナンバリングがされています。まだまだ震災の復興途中なんですね。

○ 八木新宮線

次の橋へと車を走らせている時、奈良交通のバスとすれ違いました。
あっ、1日3便の八木新宮線!人も乗っています。(あたりまえ)
十津川で必ず出遭うだろうと思っていたのに、昨日は一度も見かけなかったため、喜びました。



なおも後ろを振り返って、リアウィンドから去りゆくバスを見送ります。



この旅に出る1週間前、日本橋のまほろば館に八木新宮線の名物運転士、ユンケル上條さんのトークを聞きに行き、「なにかあったら連絡して」とご本人からケータイ番号付きの名刺もいただいてきました。
マツミンさんとユンケルさんの名刺を、今回はお守り代わりに持ち歩いています。
二人にヘルプすることがなければいいのですが、見知らぬ土地に知り合いがいると思うだけで、心強いものです。
(ユンケルさんも各地に飛び回って活躍されているため、どこか別の場所においでかもしれないけれど…)

○ ⑧猿飼橋(橋長131m、高さ34m)

次に猿飼橋へと向かいました。平谷小学校の裏にかかっています。
学校のそばに吊り橋があるなんて、なんだか危険だと思いますが、逆に通学のために必要経路として架けられたものなのでしょう。



小学生用のためか、きちんとメンテが行き届いている感じがします。
昨日の下地橋同様、ワイヤーが細かくなっており、子供の手足がうっかり外に出ないようになっています。
さっきの柳本橋と比べると、手のかけようの違いがはっきりわかります。
二津野ダム湖にかかっており、美しい湖面の水色に見とれます。
それにしても、長い~。
ここを毎日渡って通学する子は、度胸が鍛えられるでしょうね。



吊り橋最後の10mくらいを、走って渡ることを覚えてしまいました。
はじめは、怖さで少しでも早く岸に戻りたいという気持ちから、つい走り出していましたが、後ろを歩いている人に、橋の振動がダイレクトにくるので、たまったものではありません。
「~~~!」動けず、言葉にならず、少し涙目(?)で相手を睨みつけます。
次の橋の時にはそれを逆にやり返すという、「目には目を」的な仁義なき攻防が、始まりつつありました。

昨日の二村小学校と違って、この学校には活気があり、子供たちの息遣いが聞こえてくるようです。
ふと、校庭に建っている建物が気になりました。
近くに寄ってみると、それはプレハブ建築。
離れの教室かと思いましたが、外置きの洗濯機がいくつもあります。



これは仮設住宅ですね。被災地で幾度となく見かけたタイプの家屋です。
「東北からはるか遠く離れた場所で、仮住まい?」と驚きましたが、pinoに「震災じゃなくて台風じゃない?」と言われて、ああそうかと気が付きました。
まだ仮設住宅暮らしをしている人たちがいるということですね。
去年の3月には、東北の被災地視察をしましたが、今回も、ある意味被災地視察と言えなくもありません。
この山深い場所で、プレハブ住宅で冬を越えるのは寒くて大変でしょう。
被災者の方々が、早く以前の暮らしに戻れるように、願うばかりです。

○ ⑨込之上橋(橋長161m、高さ19m)

次に訪れたのは、込之上橋。十津川高校の裏にあります。度胸付けの橋ですね。



ここも下は美しい二津野ダム湖で、遠くまで景色を一望できます。

 



猿飼橋よりも、少し横木の幅が開き、ワイヤーの網目が大きくなっていました。
やはり高校生対象の橋だからでしょうか。



ここもかなりの長さ。絵になりますが、先ほどよりも揺れる気がします。
思い切って、真ん中の板からそれて、横木に乗ってみました。
や、やっぱりこわい~。橋もゆらゆら、湖面もゆらゆら波打っています。



自分の人生の状態を、リアルに見てしまったような気がするわ。
水面から遠くても、近くても、迫力は変わらないものですね。
吹き付ける風が冷たく頬をなでていきます。

○ ⑩二津野大橋(橋長193m、高さ35m)

十津川温泉峡を抜けて、R168をぐっと下っていきます。
十津川路七色の観光案内所でいったん止まって、ルートを考えます。
ずいぶん高いところを走っていますが、ダムははるか下。
ダム湖に行きたいため、168を逸れて下に降りていく道を探さなくてはなりません。

この観光案内所で情報が欲しかったのですが、閉まっていました。
「あれ、オープン時間って書いてあるのに閉まってる」と首をひねると「冬期休業中じゃない?」とpino。
そういうことですか~。
そこから見下ろして、下へと続く道を見つけました。

ここにも、田戸橋のように、工事時間が看板に貼り出されています。
ちょうど工事時間の最中だったので、逡巡していた私たちの車の横を、郵便局の車がサーっと通り過ぎていきました。
そういえば今日は祝日。「日曜・祝日以外」と書いてあるので、今日は工事はお休みのようです。
大丈夫だと、郵便局カーの後に続きますが、慣れている人のようには下りカーブを降りられず、どんどん距離があきました。



湖の上に、目指す吊り橋を発見しました。白い線が見えるでしょうか。細く頼りなく思えます。
郵便車が二津野ダムの上を通っていき、私たちも続きます。
ダムの上を車で通るなんて、初めて。特に禁止の表示もありません。いいんですね、いいんですね?



道は奥へと続きます。スイスイ先へと進む先導車がいてくれて、とても助かります。
途中で吊り橋の前にさしかかり、車を停めました。
郵便車は、さらに奥まで走って行きます。
どうやら、山の中腹に、小さな集落があるようです。
ダムの奥にある集落。なんてすごい場所なんでしょう。
そしてここのポストマンたちは、やっぱりすごい!尊敬します。



これまでの吊り橋も、長い長いと思っていましたが、ここはさらに長く、200m近くあります。
橋のたもとに石のお地蔵さんが2体おいでだったので、無事をお祈りしてから渡り始めました。



ここはかなり迫力がありました。風が身を切るように冷たく、途中で怖くなりました。



昨日の小黒谷の方が、究極でしたが、そこでは恐怖を実感しなかった私が、この橋では突然怖くなりました。
横のワイヤーの網目が、突然ザックリと大きくなったからでしょうか。
逆にpinoは平気なようで、サクサク渡って行きます。途中で置いて行かれ、強風に立っていられずにしゃがみこむ私。



これまでのどの橋も快調だったのに、ここでどうして怖くなったかはわかりません。
橋との相性かしら?(向き不向き?えー)
ここは、オシドリの越冬地と聞いていたので、たくさん見られるかと楽しみにしていましたが、たった一羽も見かけませんでした。
「あれ、いない、いない」と、下をのぞいてキョロキョロ探しすぎて、怖さにつながったのかもしれません。
先ほど渡ってきたダムが、遠くに見えます。



強風にあおられて、橋が何度もふわりと上に浮く気がします。
(ここで落ちたら、こわいな~)と、何度も何度も思いました。(こわかったせいで余計に怖くなるパターン)



ようやくのことで向こう岸に着いたら、今度はpinoが入れちがいに戻り始めました。
あー、今はなんだか不安なのに、また来た道を戻らないといけないのねー。
やっぱりとてもこわい橋でした。



でもpinoは、帰りはさらに余裕が出たのか、動画を撮りながら渡っていたようです。
最後には10m走をして、さらに私を恐怖に陥れました。ヒ~!

及び腰になりながら、よろよろと岸に帰還しました。
私がこんなに怯えているとは知らないだろうpinoが、のんびり出迎えます。
お地蔵さまにお祈りしておいてよかった。無事に渡り終えたことにお礼の祈りを捧げます。

川沿いに停めた車のそばには、黒い袋に入った土のうがたくさん積んでありました。
ここもまた、台風で土砂崩れした場所なのでしょう。



それにしても、かわいいオシドリたちが見られると楽しみにしていたので、ガッカリ。
この前江ノ島に行ったら、猫も一匹もいなかったし、どうしたことでしょう。

○ 二津野ダムの放水

バクバクがまだ収まらないまま、元来た道を戻り始めました。
昨日訪れたダムは、事務所が少し離れた場所にありましたが、ここはすぐそばにあったので、ダムカードをいただけないか、聞いてみました。
「平日、第一か第二発電所でお渡ししています」とのことで、どのみち今日はいただけないのですね~、と、がっかりして、車へと戻りかけます。
と、大きな水音が聞こえました。
もしや・・・?
のぞいてみると、はたして、ダムの放水が始まっていました。
え~!今この時まで静かだったダムなのに、放水が!!



転がるように駐車場に向かい、運転席で待っていたpinoからiPod touchを受け取ります。
「放水!!」と言いながらダッシュする私を見て、pinoも車から降りてきました。
近くで見ると、ものすごい迫力。
ドドド・・・!!という轟音が辺りに響き渡ります。



おお~!なんてラッキーな私たち!
ほかにダムマニアはおらず、完全に貸し切り状態です。
きっとダムカードをもらい損ねた私への、ダムからのお餞別ねっ?



別のダムでの放水を見たことがありますが、かなり遠くからで、こんなに間近で見られたのは初めて。
うわーい!
かなりテンションが上がりましたが、ふと見るとpinoは怖がって、コバンザメのようにコンクリにぴったりしがみついていました。


放水シーンをYouTubeに上げました。
今回は、高いところからの画像メインになりました。高所恐怖症の方、ごめんなさい…。
次回は移動メインなので、そうでもないですよ。(たぶん)

そんなこんなで、3-2に続きます。


天空の郷、吊り橋三昧(十津川)2-3

2013-02-10 | 近畿(奈良・和歌山)
2-2からの続きです。

○ 天空の郷・果無
○ 野猿
○ ホテル昴
○ 国王神社
○ 源泉かけ流し
○ むこだまし
○ 昴の郷

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さて、昼食をとって元気を取り戻してから、ふたたび出かけます。
吊り橋巡りはやめましたが、ほかに行ってみたいところがあるのです。
その場所は…果無!
「はてなし」と読むと知ってから、その地名の美しさに、ずっと憧れていた場所でした。

○ 天空の郷・果無

ハンドルは私が握っていましたが、かなりの勾配の細いくねくね道を、延々上っていきます。
行けども行けども山のカーブ道。ガードレールとはいえない停め石の間から下が見えて、根をあげそうになります。

集落を発見し、車から降りました。ここもまた、ひとけがありません。
でも、ちゃんと家があります。こんなに高い場所に。



見晴らしの良い場所まで上っていくと、そこに「世界遺産」の碑が立っていました。
そう、ここは、世界遺産の「熊野参詣道・小辺路」を通る場所なんです。
どこを向いても見渡す限り、山また山。まさに果てし無く続く山並み。熊野川も見えます。



高い場所から山々を望んでいるため、浮遊感もともないます。
まさに天空の郷。



民家から、腰の曲がったおばあちゃまが出てきて、納屋へと入っていきました。
よくポスターで見かける方かしら?



集落の看板おばあちゃまは二人おいでで、そのうちの一人はマツミンさんのおばあさんのお姉さんだそう。
一介の旅行者の私たちは、お声はかけずに静かにしていました。



ここの水はきれいで澄んでいます。
鯉も飼われており、その巨大さにびっくり。
おばあちゃんのペットかしら。



この集落は、100%自給自足なんだとか。素晴らしいですね。
少し日が傾きかけており、強い西日がさして、民家や畑に陰影を与えていました。
日をいっぱいに浴びる明るい場所。不便でも気持ちよい日々が過ごせることでしょう。





石造りの道は、熊野へと続いています。
イメージがマチュピチュと重なりました。まさにここは、実在する天空の城ラピュタ。



そんな場所にまでバス停があることに驚きました。(週に一日だけですが)
細い道なので、マイクロバスサイズでしょうけれど、もはや登山バスだわ。
もう少し上まで道は続いており、果無峠方面へと行ってみました。
道祖神のような石地蔵がいます。今でもここを歩いて、熊野参拝する巡礼者がいるんですね。
いつかは歩いてみたいものです。



バスはどこまで行くんだろう、果無の果てはどこなんだろう、と気になって、もう少し上まで車で行ってみました。
(こっちでいいのかな)とスピードを落としてそろそろ運転になった時、三重ナンバーのcubeから降りた男性が近づいてきました。
「あ、でも和歌山だからな」と、ピノのナンバーを見て言っています。
地元民じゃないということかしら。私たち、和歌山人でさえないんですけど…。
窓を開けると「よく写真で見る辺りってどこでしょう?」と聞かれました。
「この道をもう少し下ったところですよ」と教えると、「ありがとう!もうその先は行き止まりですわ」と教えてもらいました。



集落の奥には、人家と林道がありました。路線バスの終点は奥果無ですが、どうやらここではない様子。
でもほかに車道はなく、はてさてバスはどの道を?と果無の謎に首をひねりながらも、行き止まりでUターンします。
小辺路へ戻ると、先ほどのcubeが停まっていました。
無事辿りつけたことを確認して、私たちはそのまま下へと降りていきます。
果無から一望できる広大な光景は、ずっと山の中を歩いてきた身にとって、とてもすがすがしく、ずっととどまっていたい気持ちになりましたが、日が暮れる前に、まだやりたいことが残っているのです。



基準点をはっけーん!
石碑を探したかったのですが、見たところこの表示だけです。
チェックだけして、そのまま素通りしました。


 
○ 野猿

山を下って向かったのは、野猿(やえん)がある場所です。
野猿といっても、どんなものかわかりませんよね。
川に渡された一人乗りゴンドラで、ロープをたぐって向こう岸へと行く乗物です。
完全に人力で、吊り橋ができる前の人々の足だったとのこと。



写真で見て、(楽しそう、ぜひやってみたい!)と思っていました。
実際に見るのはこれが初めて。奥祖谷にもあるようですが、野猿といえばここ十津川の乗物のようです。
かつては、川向こうと「矢文」でやりとりをしていたという十津川の人々。
本当に山と川ばかりの、タフな自然環境です。



まずはpinoが挑戦します。殿様の乗る駕籠のようで、一人乗るともういっぱい。
「行ってきまーす♪」と、笑顔を見せて、するするロープを引いていきました。
その間、私は岸でお留守番です。いい絵だわー。



真ん中あたりで停まっており、ダウンジャケットを脱いでいます。
外はとても寒いですが、どうやら熱くなってきたようです。
そこから先は、速度が落ち、なかなか大変そう。それでもがんばって向こう岸まで到着しました。
すごい!
ただ、行ったら戻ってこなくてはなりません。



けっこう距離がある川です。目測100mくらいでしょうか。
帰りの野猿は、何度も止まりました。

大丈夫かなあと思って見ているところに、「おー、あった、ここやここ!」という声がして、車が横付けされました。
さっきのcubeです。車から降りてきたのは、男女二人ずつ。
「おっ、やっとるね~!」
関西4人組の登場で、突然辺りはにぎやかになりました。

楽しくヤジを飛ばしたり、いろいろ質問してきて、私も大わらわ。
まさに、にぎやかし(失礼?)。pinoが空中で孤軍奮闘しているのに、4人に質問攻めされます。
「和歌山のどこから来はったん?」「いえ、横浜からです」
「えーっ、だって車のナンバーが!」「レンタカーなので」
「これからどこへ行きはるの?」「もう宿に行きます」
「今日はどこに泊まりはるん?」「すぐそこに」
4対1のため、四方八方からの受け答えに大忙し。

ワイワイしている岸に、静かにようやく、pinoが帰還しました。へとへとの様子です。
いやー、がんばりました!
「次どうぞー!俺ら見てるけん」と、三重グループに応援されて、今度は私が乗りこみました。
私でも足を余らせてしまうくらい中が狭い、小さなロープウェー。
留め金を外して、動きだします。Ready...Go!



野猿の中からの前の視界は、こんな感じ。ゴールは遠いわ。



横の視界は、こんな感じ。座っているせいか、川面を近くに感じます。



どうしても傾いてしまい、バランスがとれずにゆらゆらします。
思ったよりもロープが重くて、引っ張るのに力がいるもの。
早々に(これは私は無理だわ)と思いました。
指の力は人一倍あるんですが、腕の力が無いのです。
遠い向こう岸に、自分の腕力だけで辿りつくのは、とても無理そう。
半分近くまできた辺りで、身体の向きを変えて、みんなの元へと戻りました。



ただ、戻る時は少し上り加減になるため、ロープを引く力はさらに必要になります。
三重ーズの面々が「がんばれぇ~」とやんやと応援してくれています。
でも、大変~。



関西の底抜けの応援に押されて、なんとか近づいていきます。
最後の一番大変なところは、pinoに手伝ってもらいました。
野猿から降りて、ゼイゼイ息を整えている横で、三重グループの一人が「よっしゃ、んならいくでぇ~」と乗りこみます。
最初は快調でしたが、やっぱり途中で止まって「無理や~!」と弱音を吐いていました。

満身創痍の私たちは車に乗り込み、「よい旅を!」と言って去りましたが、野猿に夢中の陽気な彼らには、別れの言葉は聞こえていないようでした。

○ ホテル昴

それぞれにぐったりしたまま、この日の宿、ホテル昴へ向かいました。
吹き抜けの、広々としたこぎれいなロビーの片隅には、西村京太郎の「十津川警部シリーズ」本がずらりと並べられてあり、壮観。



今回、十津川情報を集めるために「十津川」と入力するたびに、こちらの警部の話ばかりヒットしていました。
職場の同僚も大ファンで、全巻そろえているそうですが、じつは一冊も読んだことがありません。
でも、ざっと見てみたところ、十津川警部が十津川で活躍する巻はなさそうです。



ホテルの敷地内にも野猿があるということで、見に行ってみました。
確かに本格的なものがありますが、ここは下が川ではないので、迫力がいま一つです。
なににせよ、たった今ほかの野猿で体力を使い果たしてきたばかりの私たちに、これ以上トライするパワーはありません。



そこに、「野猿だ、野猿だー!」と親子がやってきました。
さっそく息子が乗りこみ、動かし始めます。

そばにある温泉飲水を飲みながら、ほどなくして彼らに訪れるだろう、タフなひと時を見守りました。
すぐに「父ーさーん!引っ張ってー!」と叫ぶ息子の声が。(やっぱり~)
まあ、親子で力を合わせれば、ハードな道行きも問題ないでしょう。



○ 国王神社

部屋のTVをつけると、十津川の紹介ビデオが流れました。
前日訪れた玉置神社や、今日渡った谷瀬の吊り橋などが映り、「うわあ」と見入ります。
そのうち、国王神社の紹介になりました。
あれ? あれれ?
きちんとした大きな神社が映し出されました。村人によるお祭りも豪勢です。
「神社の扁額は大久保利通によるもの」なんて説明もされています。

日中訪れて、参拝したのは、あんな大きなお社ではなかったけれど?
たしか、参拝ルートをショートカットして、南帝陵に辿りついて、そこをお参りしたような。
どうやら、本殿に気づかずにまっすぐ奥宮参拝をしたようです。
頭の神様にクレバー祈願(とボケない祈願←これは私)をしたはずなのに~!

まあそれでも、ちょっとショートカットしちゃっただけで、頭の神様にお祈りしたということは間違いないようです。
じゃあ、結果オーライということでいいでしょう。(いいかな?)

○ 源泉かけ流し

ここ十津川は、全国初の「源泉かけ流し宣言」をした村です。
つまり、全ての温泉が源泉かけ流し。
すごいですね!そんな村ご自慢の温泉に入るのを、楽しみにしていました。
開放的な温泉に入って、ようやくほっと落ち着きます。
柔らかい、気持ちのいいお湯です。
ここには、100%温泉のプールもあり、水着も持ってきましたが、温泉につかっていたらもういいやという気持ちになりました。
写真は外にある飲泉用の温泉と足湯です。



ここはロビーだけネットがつながるので、久しぶりに外界とアクセスがとれます。
まずは東京のマツミさんに、無事十津川に着いた報告をしますが、ここで体験したことは、とてもスマートフォンでは伝えきれません。
後日改めて、どっさりお話することにしました。
Facebookに吊り橋の画像をアップしました。友人はみんな驚いています。(ですよねー)

○ むこだまし

夕食は、果無御膳。
紀州さんま寿司、椿芋、鮎の塩焼きに八つ頭の焚き合わせなどが並びます。





さらに「むこだまし」という郷土料理が出ました。
かつて山地の十津川では米が取れず、嫁が婿に「お正月くらい白餅らしいものを食べさせたい」と知恵を絞って作った、粟の団子。
モチモチ、ツブツブとした食感でおいしいものの、お餅とはかなり違う味です。
でも昔の旦那さんは、奥さんの心配りに感激して、だまされてあげたことでしょう。
ああ、美しい夫婦愛!夫婦善哉。



そういえば、十津川の人は、神武天皇の道案内をしたヤタガラスの子孫だと言われているそうです。
史実的に道案内をしたのは、鳥ではなく、その土地の民だったのでしょうけれど、伝説にのっとって考えると、みんな聖なる鳥の血を継いでいることに。
ロマンチックですね。この辺りの人は、鳥人間で野猿に乗るんですね。(そう考えると、なんだか混乱)

食後のお茶を飲んでほっとしていたところで、私が突然「そうだ、外行こう!」と立ちあがったので、pinoびっくり。
思い出したんです。この地方では、山が連なる様子を「すばる」と呼び、それがこのホテルの名前の由来になっていること。
さらに、昴の郷の星の美しさは格別だということ。
ただ、ホテルの外には完全な闇が広がっていました。
入口の灯りを落とす宿って、初めてー!
夜に来るお客さんはいないということでしょうか。
ケータイの灯りのみでなんとか足元を照らして、少し外に出てみました。

○ 昴の郷

見上げると、星々が息づくように瞬いています。
今にも降ってきそうなほど、明るくくっきりと輝いています。
ただひたすらに、きれいでした。
なにかセンサーが反応したようで、突然灯りがともったと思ったら、そこはさきほどの飲温泉の場所でした。
そこで温泉水をちびちび飲みながら(あまり得意じゃないから)、足湯につかります。
外は寒いですが、足はほかほか~。
でもセンサーは、時間がたつと消えてしまい、真っ暗な中、足湯につかって温泉を飲んでいることに。
なんという絵でしょう。これまためったにない体験ですが、とにかく暗いと動けません!
きらめく星空の美しさを堪能できて、すっかり満足しました。

「で、昴ってなに?さらば~昴よ~?」とpino。
えっ、冗談でしょう? 私の大好きな星なのに。
「プレアデス星団よ」と言っても、「それ、何座?」と、ちんぷんかんぷんです。
山には詳しいのに、星には疎いのね。ワイルド半欠けですわ。
まあ、「昴」が歌えればいいか。いやよくないか。
「星はすばる、と言ってね…」と、星降る下で古文のおさらいを始めました。

ああ、なんという冒険だらけの一日だったんでしょう。
数々のスリリングな吊り橋のほか、天空の郷や昴の郷という、美しい場所も訪れました。
心を癒す、美しい星達を瞼の裏に残して、心地よい眠りにつきました。

天空の郷、吊り橋三昧(十津川)2-2

2013-02-10 | 近畿(奈良・和歌山)
2-1からの続きです。

○ 風屋ダム
○ ④下地橋
○ 高原隧道
○ 眠れる小学校
○ 航空写真地図
○ ブリッジ、トンネル、ブリッジ、トンネル…
○ ⑤池穴橋
○ ⑥中原橋への山越え
○ 道の駅 十津川郷

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○ 風屋ダム(堤頂長329.5m、堤高101m)

谷瀬、林、小黒谷と、すごい吊り橋の洗礼を受けて、興奮冷めやらずにぽーっとしたまま、近くの風屋(かぜや)ダムへと向かいました。
電源開発株式会社の名前をよく見かけます。
頼りない木の橋に命を預けてきたばかりの目に、コンクリートの重量感はずっしり。
私、ダムというよりも、ダム湖が好きなんだなあと気が付きました。
ここもまた、無人です。
とんびが気持ちよさそうに、翼を広げてひゅるりひゅるりと空を旋回しています。



迫力があるダムの鉄骨ゲートの真ん中まで行って、真下を見おろしました、
ぐいぐい引き込まれそうになります。
画像反対側の湖には、無数の材木が浮いていました。



pinoはダムが苦手らしく、完全に腰が引けていました。
「えー、そうなの?」と言う私も、ダムの上を歩きながら、妙に足のガクガクが止まりませんでした。
「あれ、今揺れてる?揺れてない?」
先ほどの吊り橋ショックが、まだ癒えていないようです。
遠くに見える赤い鉄橋は、先ほど通った風屋大橋(橋長87.3m)。



こういうところ、歩いてみたくなりますね。ぷかぷか気持ちよさそう。

○ ④下地橋(橋長62m、高さ6m)



次に向かったのは、滝川にかかる下地(しもじ)橋。
ここを訪れるのを、とても楽しみにしていました。
なぜかというと、この吊り橋を渡ったらすぐ、トンネルに続くからです。
ぽっかりと黒い口を開けて、通行人を待っているようなトンネル。



吊り橋にトンネル。しかも人道用の道。
両方とも好きなので、最強タッグを目の前にして、胸の動悸が止まりません!
つまり、川と山を越えて行く道というわけですね。



どちらも崩落したら大事故につながる、メンテナンスが必要なもの。
本当にこの辺りは、自然が深い、けわしい地形なんだなあと思います。

○ 高原隧道(延長118m、幅2.5m、高さ2.1m)

渡ったところにあるのは、高原隧道。
手を伸ばしたら、今にも上に届きそうなほど、小さなトンネルです。
吊り橋ともども、もちろん車は通れません。
ガードがない場所もあって、とっても手彫り感に満ちています。
おとぎ話の世界のようで、ステキ。
入るとひやりとした空気に包まれます。トンネルの側面には、氷柱ができていました。
手ごろなサイズのものをお互い折って、カン、カンと華麗な剣さばきを競います。
気分は聖剣の騎士。そこへなおれ!(どうしよう、テンションが戻らない…)



「旅から帰ったら『伝説の「武器・防具」がよくわかる本』を読むつもり。中二病?」と話したら、吹かれました。
トンネルの向こうには、ドラゴンが待っているのかしら。心ときめく騎士なのである。



○ 眠れる小学校

トンネルの向こうにあったのは、雪国ではなく、大きなコンクリの建物でした。
向こうに見えるのは、先ほど訪れた風屋ダムです。



(なんだろう?)と近づいてみると、校庭に遊具があり、どうやら小学校のようでした。
小屋の壁に書かれていた「みんなのびよう」という文句を、pinoは「みんなのビューティー?」と首をひねっていました。
それじゃあ、ませすぎ小学生よ!



ただ、ここも全くひとけがありません。
休日だからというよりも、打ち棄てられたような野ざらし感が漂います。
外から中をのぞいて、「ああ・・・」とため息をつきました。
そこには「十津川村立二村小学校 閉校式・閉校の集い」会場」という看板がありました。



その日を最後に、もうこの学校は忘れられてしまったのでしょうか。
入口の傘立てには、忘れもののような傘が数本、さしてあるままで、しんみりした気持ちになります。
でも、目をあげると、この小学校の目の前には、なみなみと水をたたえる川が流れています。
ちょうど蛇行のカーブのところに、学校はあります。
もしかすると、2011年の台風の時、この川が氾濫して、小学校は危険区域となったのかもしれません。

「自分の母校がなくなるって、悲しいことだよね」といいながら、幸いどちらもその経験がなかった私たちは、ここを去ることになった小学生たちにしばし思いを馳せました。
「もしかして、マツミンさんはここの小学校だったりして?」
彼に聞きたいことがどんどん増えていきます。

(後で調べたところ、2010年に十津川村立十津川第一小学校に統合したそうです。
台風前の話だったので、被害者は出なかったもよう。ひと安心です)

○ 航空写真地図

ここの地形が気になって、航空写真の地図を見てみました。
すると、こんな地形だとわかりました。
これはすごい・・・!



「滝川」と書かれた場所から歩き始めました。
黄色で囲ってあるのが、下地橋。
ここを渡り、ピンクの線の高原隧道を通ります。
赤で囲ってある、黒い点が、トンネルの出口です。
そして辿りついたのが、二村小学校です。

熊野川は、こんなに蛇行しながら山を縫っているんですね。
最短距離で山を通り抜けている黄色い線は、車道のR168。
滝川から小学校へ至るアクセスが、一番トンネルの距離が短く済むため、小学生の通学道として、吊り橋をかけ、トンネルを掘ったのでしょう。
そして辺りは一面の緑の山。なんて自然に囲まれた場所なんでしょう。
航空地図を見ているだけでも、地形のすごさがわかって、ドキドキします。

○ ブリッジ、トンネル、ブリッジ、トンネル…

下地橋は人専用の橋とトンネルですが、十津川村の道路を走っていると、そうした光景にたびたび出会います。
そのたびに、「ブリッジ、トンネル、ブリッジ、トンネル…!」とテンションが上がります。
橋とトンネルのサンドイッチ!はたまた無限ループ!なかなかない光景です。



○ ⑤池穴橋(橋長117m 高さ18m)

次は、西熊野街道沿いにある池穴橋。これは見つけやすそう、と思いましたが、あると思われる場所に行っても見辺りません。
「あれ、おかしいね」と言いながら、カーナビと地図で探しますが、それでも探せないため、洗車していた人に聞いてみました。
すると「ああ、この道を左折して、ずっと行ったところにあるよ」と言われたので、お礼を言って走りだします。

左折して、また先ほどの道に戻り、川面にあるだろう橋の姿を探しますが、やはり見つけられないまま、ぐるっと一周してしまいました。
「さっきの人にもう一度聞いてみよう」と私。
pinoが恥ずかしがったため、その場で運転席を交代して、今度は私が尋ねました。

「あのー、吊り橋、やっぱり見つからくて、またここに来ちゃったんですが」
「えっ、吊り橋は、左折してからずーっとしばらく行かないとだめなんだよ」
なんだかおかしいな、と思います。地図だとこの辺りなのですから。
念のため「池穴橋っていうんですが」と、名前を出してみると、おじさんは目を見開いて
「えっ、吊り橋って、谷瀬のことじゃないの?」と大声で言いました。
そうよね、普通の観光客なら、吊り橋イコール谷瀬でしょうね…。
「池穴橋ー?んなの、この家の裏だよ!」
目指す場所は、思いっきりそこにあったんです!うっそ~。

「ここまで来る人って、めったにいないんだろうね」「まあつまり私たち、もの好き・・・」と言いながら、建物の裏へとまわってみると、果たしてそこにありました。
十分立派な吊り橋です。おじさん、もっと自慢してもいいと思うわ!



それにしても、十津川の人は、誰もがとても親切です。
「日本一親切な村」というコピーは、間違いないのかもしれません。



ここも結構な長さでしたが、自分たち以外の人が近くにいるというだけで、なんとなく心強くなるもの。
快適に渡りました。



○ ⑥中原橋(橋長113.2m、高さ49.4m)への山越え

池穴橋を渡り切ったところに、看板がありました。
「3キロ先の中原橋は通行禁止」と書いてあります。
そう、この中原橋に行くには、池穴橋からのルートしかありません。
山の中なので、はっきり位置も把握しきれないままでした。



看板を黙って見てから、「もちろん行く・・・?」「・・・うん!」と、たがいに意思確認をして、前へと進んで行きます。
とても薄い橋があり、『ロード・オブ・ザ・リング』のモリアの橋を思い出します。
「ガンダルフが橋から落ちて命を落としてね…」と話し始めようとしたものの、冗談にならなそうだと、口をつぐみました。



細い山道をどんどん登っていきます。足元が悪く、地図も表示も全くないため、不安になってきます。
登山者の姿もありません。一切誰ともすれ違わず、黙々と上っていく山。
山を登るにしては、あまりに軽装の私たち。これは十分注意しなくてはなりません。
そうはいっても、立てつづけに非日常体験を経てきたため、かなり普通の感覚ではなくなっていて、ぽーっとしたままです。

ほどなくして山道はけもの道になり、どこまで行っても途切れることなく続きます。
ここでもpinoに先導してもらいました。先の見えない危険な道を歩いていく緊張感は計り知れないものがあったと思います。安全な場所を選びながら、それでもどんどん進んでいくその歩みに、民度、いえ「山の民」度の高さを感じます。
後をついていくだけで精いっぱいでした。

うっそうとした木々の下をひたすら歩いていると、突然開けた場所に出ました。
ここで初めて、分岐表示を見かけます。無残にも90度に曲がっていました。
打ち棄てられているようで、なんだかこわい~。でもこれまで一切標識がなかったので、助かります。
かつてここに茶屋があったことを知りました。



「つまりは、ここが山頂ということでしょう」
pinoが行きたがっていた、元村役場のある小森集落への道しるべもありました。このまま歩いて行ったら小森までたどり着けそうですが、とりあえずの目的地は中原橋です。
ここから少し下りになったため、まさかの山越えをしてしまったことに気が付きました。
まさか登山をするとはー。
倒木をいくつも超えて、先へと進みます。



道はすべて、山肌を右、崖を左に斜面に沿って歩いていき、もちろんガードレールはありません。
元気で健康でないと、歩けない道です。
行けども行けども、目指す橋はありません。
山の上まで登ってきたことも、不安をあおります。
だって吊り橋は、山頂近くにはないと思うので。

いやでも眠っていたサバイバル本能が呼び起こされるような環境です。
どんどん下界から遠ざかっていくにつれ、(こんな山道、登山家というより山伏修験者や仙人しか通らなそう)と思えてきて、瞑想モードに入ってきます。
集中しているのか、ボーっとしているのか、よくわかりませんが、いろいろすごすぎて、なにか神経が焼き切れてしまったような気がします。(えっ)



暗くならないうちに下山しないと危険だし、方向も分からなくなっているしで、あてどもない道行きをいつまで辿るべきかと考え始めます。
山道の3キロは、平坦な道とははるかに消耗度が違います。
「どうしようか」と何度か話しあい、いい加減体力も落ちてきたため、「とりあえず、あの日が射している辺りまで行ってみよう」と、目に見える一番遠くの場所まで歩いていくと、まさにそこに橋がありました。



あったあ~!
目指す橋を見つけられたこと、道が間違っていなかったことにほっと感動します。アフリカの山奥でビクトリアの滝を発見したリビングストンも、こんな気分だったんでしょうか。



ただ、橋は通行禁止でした。
それはあらかじめ忠告を見て、わかっていましたが、橋のたもとに大きな枯れ木の枝がうずたかく積まれていて、歩いて行けないようになっており、禁止した人(村の建設課?)が本気で止めているのがわかりました。
つまりはよっぽど危険だということですね。
よく見ると、橋のロープが切れている箇所がいくつかありました。こわすぎです。。。



この橋は、歩道部高さは50mくらいで、それでも相当の高さですが、山としての標高は300mくらいです。
まったく、シャレではない高さ。のぞき込んでも、うっそうとした木々に遮られて、橋の下が見えません。
それでも、かすかに水の音が聞こえてくるような。

ここで遭難しても、助けが来るまでにどれほど時間がかかるだろうと考えると、何が何でも無事でいなくてはという気持ちで身が引き締まります。
先ほどの小黒谷もすごかったのですが、ここはさらに無人の山の中を分け入っているため、全てが完全に自己責任。
少しの判断ミスが大事件になりかねないような危険と隣合わせです。一歩一歩慎重に進んでいかなくてはなりません。
すごいアドベンチャー。というより、命を張りました。
黙々と歩いていく道すがら、(まさに『指輪物語』の旅の仲間みたい)と思いました。

この橋は、今後復旧される予定はあるのでしょうか。
それとも、打ち捨てられて、このまま朽ちて行くだけなのでしょうか。
橋を渡りきった向こうに何があるのかによるでしょう。橋の向こうが気になります。
マツミンさんにあとで教えてもらおうっと♪ でも「あそこまで行ったんですか!? 警告しているのに!」と引かれちゃうかも…。

今来た道を戻っていきます。小森集落へ行くと、そのまま日が暮れそうなので、ルートは変えません。
山道は、登りよりも下りの方が危ないですね。うっかり重心をかけ損ねて、足を滑らせたら、取り返しのつかないことになります。
ようやく元来た池穴橋まで戻った時には、心底ほっとしました。
ここも、風が吹くとゆらゆら揺れて、結構怖いです。



急カーブといい、山道といい、あとになって見てみると、危険ぎりぎりの時の画像は残されていません。
それどころではないからなんですが。

○ 道の駅 十津川郷

車に乗り込んで、ほっと一息。
麓について安心したら、少しずつ空腹になってきました。
もう昼過ぎなので、ランチにすることに。
ハードな吊り橋は、今日はこれ以上もう無理だわ~。

といっても、食事できるお店が全く見当たりません。
そこで、「道の駅 十津川郷」へと向かいました。
道の駅は村役場の隣にあり、「マツミンさーん!」「お留守で残念ー!」と言いながら役場前を通ります。
入り口には、湯泉地温泉の足湯がありました。



建物内の売店には人が集っており、谷瀬の吊り橋以来ようやく目にする、大勢の人(といっても10名弱)を見て、ほっとしました。
和食づいていたため、ここでクロワッサンサンドセットをいただきます。
ああ、ようやく平和な写真を載せられます…。



危険と隣り合わせの行程を経たあと、自分の命を作ってくれる食べ物が、とってもまぶしく見えました。
実際、ここのカウンターにはまぶしく日が差し込んでおり、窓の外には熊野川が流れていました。

2-3に続きます。

天空の郷、吊り橋三昧(十津川)2-1

2013-02-10 | 近畿(奈良・和歌山)

1-3からの続きです。


○ 朝温泉と散歩
○ 温泉がゆ
○ ヘアピンカーブルート
○ ①谷瀬の吊り橋(橋長297m、高さ54m)
○ 南帝陵
○ ②林橋(橋長186m、高さ12m)
○ ③小黒谷の吊り橋(橋長177m、高さ28mくらい)
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○ 朝温泉と散歩

朝起きて、また浴衣姿に下駄を引っかけて、旅館の朝風呂に入りに行きました。
水中撮影用ケースを持っていったので、ひとけのない露天風呂をパチリ。



湯の花が浮いていて、ほかほかあたたまり、外の冷たい空気に一瞬目が覚めたのに、またとろんと眠くなります。



人っ子一人通らない、早朝の帰りの道は、川から湯気がたっていてきれいでした。
撮影しようとして、iPodを更衣所に忘れたことに気がつき、慌てて戻ります。
今回の旅は、はじめてデジカメを持参しませんでした。
iPod touchだけで撮っています。一眼レフの出来栄えにはとても及ばないものの、高性能機種を使いこなせない私には、これで十分満足です。

○ 温泉がゆ



朝食には、温泉がゆが出ました。これまで、温泉宿に何度も泊まって来ましたが、温泉で炊いたお粥を食べるのはこれが初めて。
かすかに硫黄のにおいがただよい、するっと食べられます。
おなかに優しい朝食をいただきました。



○ ヘアピンカーブルート

今日は、お待ちかねの吊り橋デー。一日、十津川の吊り橋巡りをする予定です。
昨日のように長く移動するわけではありませんが、一つでも多くの橋を見たいため、早めに出発しました。

最初の運転は私。駐車場に停められた車は、どれも冷凍倉庫に入っているように凍っており、普段目にすることのない光景に「はぁ~」と驚きます。
もちろん、ピノもかわいそうに、すっかり凍っており、ドアを開けるのも両手の力が必要でした。
エンジンがかかってほっとしながら、日の当たる場所に移動して、しばらく温めます。
今度は大雨の中を走り抜けたように、車の表面は水だらけになりました。



十津川の吊り橋といったら、まずは谷瀬の吊り橋でしょう。
ここを渡らなければ、なにも始まりません。
湯の峰温泉を後にして、本宮や大斎原の横を通り抜け、R168をひたすら北上して一路谷瀬の吊り橋へと向かいます。



画像のように整備された楽なルートが続くのかと思いきや、村に近づくと山に沿ったカーブ道ばかりでもう大変。
対向車も軽自動車でないと、すれ違うのに難儀します。
運転の上手なpinoが隣にいるのでとても心強いですが、「ブレーキをかけるのが遅いよ!」「カーブミラーをよく見て!」と、教習所並みのスパルタで注意され続けます。
ひー、真剣なpinoちゃんこわいー。でもエンドレスヘアピンカーブの方がこわい―。私の運転が一番こわいー!(だめじゃん)



一つのカーブを越えるのも心臓バクバクですが、谷瀬までは結構距離があります。
やっぱり橋に目が行く私。橋がたくさんある村というだけで、十津川はお気に入り。
これはダム湖にかかる、印象的な赤い風屋大橋。



これは小学校の連絡橋。谷中散策中に、車道をまたぐ上野高校の渡り廊下を見上げたことを思い出します。
いいなあ、こういう学校に通いたかったなあ。



お次は、長さ217m、直径4.2mの野尻水路橋。銀色の太いパイプのような橋です。
風屋ダムから十津川第一発電所に向けて水を送るための施設。
橋にもいろいろあるものですね。



「あと30キロ」という看板を見てから、もうさんざん走っただろうと思った頃に「あと16キロ」という表示を見て、(まだ半分も行ってなかったのー)とめげそうになりました。
車しか通らず、外を歩いている人は全くみません。
珍しくも、交通整理をしている人たちがいるなと思ったら、そこが谷瀬でした。

○ ①谷瀬の吊り橋(橋長297m、高さ54m)

精根使い果たし、満身創痍で到着します。
村一番の見どころ。さすがにここには人がいっぱいいました。
こんなに(といっても10数名ですが)人を見るのは、この日初めてです。



駐車場にも橋にも、スタッフがたくさんいて驚きました。
やはり危険だからでしょうか。
それよりなにより、実際にこの目で見る谷瀬の吊り橋は、思ったよりも大きくて圧倒されます。



さて、では渡りましょうか、と、深く息を吸って、度胸をつけてから、歩きだしました。
でもこわいです。結構揺れます。
歩く板の両脇の鉄線からは、下がスケスケ!見えるところが恐怖を誘います。
東京タワーにある、地上が見えるガラス張りの場所。あれの屋外版!屋内の安全なところに私たちはいないー!

 



長さ297mの、日本一長い鉄線の吊り橋。20人までしか同時に渡れません。
そのため、たくさん人が乗りすぎないよう、橋の両岸から見ている人がいます。



観光用ではなく、生活用のもので、明治22年の水害後、谷瀬の住民たちがお金を出し合って作ったもの。
今でも大切な住民の足で、みんなが大切にしているんですね。
高さ54mは結構あります。河原はキャンプ場になっているようですが、はるか下界に思えます。
これは、高所恐怖症の人は無理でしょう。
私にも、かなりスリリングでした。


300m近くある橋はとても長く、なかなか対岸までたどり着きません。
ここを、地元の人や郵便局員は、バイクで通っちゃうんだそうですからね。慣れってすごい。
ようやく渡りきって、ほっとひと息です。
「じゃあすぐに戻ろう」という気持ちにはさすがになれず、しばらく反対側から橋を眺めながら、緊張しきった心を落ち着けます。
こちら側にも、ベンチコートで完全装備したスタッフが数名いました。みんな寒いのに、お疲れ様です。

ひと息ついてから、今度は橋を引き返しました。
途中で腰を抜かす人や、泣き出す人がいると聞いていましたが、この日は皆さんマイルドに、めいめいに橋を楽しんでいました。



それでも、渡りきって車に戻って「フー」と深い息を吐きます。
いい経験ができました。

○ 南帝陵

「すごかったね・・・」と、リアル十津川吊り橋を渡って、興奮冷めやらぬ私たち。
次の橋に行く前に、途中で表示を見た国王神社をお参りすることにしました。
頭の神様なんだそうです。これはきちんとご挨拶しておかないと。



駐車場に車を止めて、参拝口から下に降りて行きます。
すると、道が二股に分かれました。
下に行く道と、横に行く道。
横の道の先には、鳥居があり、そこになにかが祀られています。
そちらに向かってみると、そこは第98代長慶天皇を葬ったといわれる南帝陵でした。

南北朝時代、南朝の長慶天皇が十津川の上流で命をおとされ、その御首を葬った場所だそうです。
「そうかあ、首をお祀りしているから、頭の神様っていうことなんだあ」と二人で納得し、「頭がよくなりますように」「これ以上ボケませんように」とそれぞれ祈願して、「これで大丈夫ね!」と安心して車に戻りました。

○ ②林橋(橋長186m、高さ12m)

さて、ここからが、リカ・プリゼンツの吊り橋巡り。
次は、南へ約3kmほど戻ったところにある林橋へ向かいます。
地図の示す場所に行ったものの、すぐに見つけられません。
「あっ、あそこに!」と発見しても、今度はそこへのアクセス道がわからず、うろうろ。
上からのぞいて、見当をつけて、けもの道のような細道を降りて行ったら、運よくたどり着きました。



「うわあ・・・」橋を前に、声を失います。
今渡ってきた谷瀬の吊り橋もかなりスリリングでしたが、そのはるかに上を行くワイルドさ。
つまり作りが簡素なのです。「きゃしゃだね・・・」
そして、長ーいです。谷瀬も相当ですが、これは横広感があります。



もちろん、歩いてみました。
谷瀬ほどではありませんが、ここもなかなかの長さ。風が吹くと、ダイレクトに揺れます。
高さはそれほどありませんが、なにせ簡易仕立てなので、(だいじょうぶかな?)という不安をぬぐい去れません。



ただ、谷瀬もこの橋も、下に流れる川が細く、砂地の方が多いため、それほど恐怖は感じません。



ここには、私たちのほかには誰一人、いません。
周りにブルドーザーがあるので、工事用かもしれませんが、休日なので作業員の姿もありません。



つまりは橋、二人占め状態。
真ん中で、座りこんでみました。



視点の位置が変わると、身体が本能的に身構えるのがわかります。
足をワイヤーの外に伸ばしてみました。
やっぱりこわいー。



最後まで渡りきって振り返ると、吊り橋がゆがんでいます。
まっすぐじゃない吊り橋って、危険だわー!



○ ③小黒谷の吊り橋(橋長177m、高さ28mくらい)

次に向かったのは、貯水池から小黒谷地区にかかる吊り橋。
林道の行き止まりで車を止めます。場所的には、合っているはずなんだけれど、全く見つかりません。
というよりも、水辺が相当下になっている場所なので、上から首を伸ばし、目を凝らして、うっそうとした木立の向こうに橋がないか、探してみます。
すると、ありました!それらしい影が。
ただ、下に降りて行く道が全く見つかりません。
完全な山で、「どうしよう」と途方に暮れました。

しばらく上でウロウロします。いよいよマツミンさんにヘルプする時が来たのかも、と思いましたが、お互いのケータイはつながらず、公衆電話もないような場所です。
聞くにしてもどこか人里(?)へ戻ってからでないと叶いません。
道はなくても、吊り橋はあるので、人が使っているということではあります。
(もしや、土砂崩れなどで道がなくなってしまったのでは?)と考えると、恐ろしい気持ちになりますが、少し降りてみたらそれらしい道が見つかるのかもしれないと、道なき山肌を、滑り降りるように下がってみました。
5m下がるのでも、大変です。どうにも道はないとそこでわかったため、引き返しました。
(もうこれは無理かな)と諦めて、戻りかけたところで、pinoが「ここ、道に見えない?」と言いました。
指差した先は、これまでと変わらず落ち葉に埋もれていますが、注意してみると、たしかにその下に規則的な段があるように見えなくもありません。
「・・・行って・・・みる?」
ということで、別の場所から再度、降りてみることにしました。
そうはいっても、ここも本当に道無き道。枯葉がこんもりと山肌に積もり、一足一足、足場を探りながら進まないと、下の状態がどうなっているのか、目視ではわかりません。
もはや打ち棄てられた道と化してしまったようです。



完全にムリだと思いました。私ひとりならめげてギブアップするところでしたが、意外にもpinoがワイルドさを発揮して、足場を見つけては少しずつ降りて行きました。
そういえばこの人は廃道好きだった…。
あとについて、私も一足一足、降りて行きます。
途中、黄色と黒の細いロープを発見して、「やっぱりここは人が通っていたんだ」と確信を深めます。
命綱のようにつかまりながら。まさにリボビタンDの世界。
ゆっくりと時間をかけて、そろそろと降りて行き、やっとのことで辿りついた先に、目指す吊り橋はありました。



うわあ、やっとのことで、見つけられたわ~。
感動します。橋に名前はありません。
橋の下にはなみなみと青い水がたゆたっていて、その自然いっぱいの美しさは、この世のものではない感じ。
歩きだそうとしたpinoでしたが、「ここは無理。命の危険を感じるから」と、きっぱりリタイヤ宣言しました。
ここまでの相当ハードな道の先導役で、力つきてしまったようです。

では私が・・・と、不思議な力にひきよせられるように、単身歩き始めました。
私は特に怖くありません。麻痺しているのかもしれません。
日の加減でターコイズブルーやコバルトグリーンに見える美しい水面の色に、ペイト湖を思い出します。
そう、ここはカナディアンロッキーに似ているわ。



一人だと話しかける相手もおらず、吹きつける風の音しか聞こえないため、今度友人のライブで一緒に歌う歌を口ずさみます。
We'll stay forever this way~♪
でも緊張のためか、恐怖のためか、そもそも暗記しきっていないせいか、頭が真っ白になって、途中で歌詞がわからなくなりました。アレ?



一人きりで、周りは自然ばかり。もはや、違う世界へと足を踏み入れてしまった気がします。
ああ、彼岸への道を渡っているのかしら。
こんな機会はないからと、橋の真ん中で、動画を撮ってみました。
撮りながら歩きましたが、やっぱり視界が狭められると、こわさは膨れ上がるため、あまり長い時間は撮れませんでした。

ようやく渡り切ります。ほっとしましたが、逆に対岸からは一番離れてしまいました。
もはや、私の所在位置を知る唯一のpinoの姿でさえ、見えません。(昼寝してるのかしら?)
この先には何があるんだろう、と思いましたが、道はありません。
ただ、5名用のリフトがあり、線路は山の上まで続いていました。



どうやら林業関係者が使うもののようです。
打ちつけの板がせり出した場所があったため、そこから声をあげて、pinoを呼んだら、返事が返ってきました。
まだ見棄てられてはいないようです。



ここの場所も、ひとけがありません。
おそらく、春から秋までの間、ここで作業をして、冬の期間は使わないのでしょう。
それで、橋に至るアクセスも、誰も通らないために道ではなくなるのでしょう。
橋を戻って無事pinoと再会できた時には、ほっとして、改めてこわさがこみあげてきました。
それからまた、道なき道をロープを伝って上がっていって。山を再び登るのも一苦労です。

さきほどの場所に変わらずピノが停まっていて、それだけで安心します。
ただ、あまりにこの橋の印象が大きくて、さっき車から降りた時とは自分が何か変わってしまった気がします。
フォースターの『インドへの道』気分です。
とにかくすごすぎました。違う世界に行って帰って来ました。
夢のようでした。この時のことは、今後何度も夢に見そう。

2-2に続きます。