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本八幡の八幡一番街にある月梅で、お母さんがいなくなっておりまして、手伝っていた息子さん?が、現在お一人で営業をされています。
なので、若干、営業時間等で変更になっております。
ところで、
私が生まれた1964年(昭和39年)は東京オリンピックに日本中が沸いた年。
その頃、
本八幡で言えば、「名代ねぎそば 月梅」、
市川で言えば、「ひさご亭」、「上海亭」、「ホウラク」、「男爵」などが、ラーメン処として有名でした。
私が幼稚園に上がる頃の幼い記憶に良く~親父達と、「月梅」や「ひさご亭」に行った記憶がございます。
私が本八幡で最初に口にしたラーメン、それは「月梅」だったのかもしれません。
第二次世界大戦後(1945年~)、本八幡で商店街の前身になるものが形成される中で誕生したと言われる「月梅」。
戦後の食糧難の時代から、ずっと変わらぬスタイルは、
現代の飽食の時代にはミスマッチの食べ物なのかもしれません。
食べログの評価を見ても、非常に低評価。
市内の再開発を見ても、古い物を壊していくのが、本当に正しい地元「文化」の捉え方なのか、私はいささか疑問に感じます。
私は故郷を愛し、ラーメンを愛する者として、微力ながら、市川の大切な食文化を後世に伝えるべく、これからも大変地味に活動していこうと思います。
ゲストの皆様のご支援、ご鞭撻のほど、これからも宜しくお願い申し上げます。