
雨の水曜ナイト。
会社を定時に終わり、某大手出版会社から千葉のラーメン取材を受けまして写真撮影も終了。
で、釈放後(笑)、
ご近所の飯田橋大勝軒に久しぶりに入店。
お隣の青葉は、既に終了。
つけ麺は、
東池袋の大勝軒の山岸一雄さんが、
中野の大勝軒時代にまかないをヒントに考案されたのが世界初。
そのつけ麺(もりそば)が今や全国的に大ブーム。
原点の味を求めてお邪魔しました。
特製もりそばを注文。
この緩い感じがなんとなくイイですね。
昔のツケダレはドロドロせず、サラサラ。
どちらかというと、ラーメンスープに、砂糖、酢、唐辛子などで味付けした感じのシンプルなスープでした。
つけ麺の麺は、自家製麺が基本。
まさに「麺が命」です。
ツケダレがシンプルなので、麺もそれほど太くはありませんでした。
でもきっとつけ麺が出始めた頃は、普通の中華麺を食べ慣れていた当時のお客さんから見たら、
「文明開化」、
驚いた事でしょう。
最初は「もりそば」、
そしてつけ麺大王の時代に「つけ麺」という名称が定着しました。
今ではつけ麺が大好きな私も、
「つけ麺(もりそば)」を初めて頂いたのが、
2000年に創業した「津田沼 必勝軒」。
こちらの店主の小林さんは、永福町と、東池袋の2つの大勝軒で修業された由緒正しいお方。
その方が作ったつけ麺ですから、美味しくないわけがない!
たちまちつけ麺の虜になりました。
当時必勝軒は、
チャーシューメン(つけ麺)を頂くのは、至難の業でした。
なぜ?
実は限定5食だったから(笑)
その事を知ってから、
開店前に5番以内に入るように、ずいぶんシャッターしました。
そして見事限定5食のチャーシューメン(つけ麺)をゲット。
初めて頂いたときは感動ものでした。
最後に、
現在つけ麺で主流の、「極太麺」、「濃厚スープ」、「魚粉」の元祖は?
埼玉の「頑者」がその起源です。
そしてそのスタイルを踏襲して全国区になったのが、東京の「六厘舎」です。
あと10年、20年したら、つけ麺って、どんな形になっているんですかね?
秋の夜長、そんな未来に想いを馳せながら、大つけ麺博に並ぶのも乙ですね~♪