1958年8月25日、日清食品はお湯を掛けたら2分で食べられる即席ラーメン
「チキンラーメン」を発売しました。一般にこれを世界初のインスタント
ラーメンとしています。
このチキンラーメンを開発したのは、安藤百福さんです。
安藤さんは元々銀行マンだったのですが、戦後の厳しい経済情勢の中で銀行
が倒産、何か仕事をしなければというので、最初自宅の裏庭でインスタント
ラーメンの開発を始めました。
「お湯をかけただけで食べられるようになる」そのコンセプトが実現するま
で安藤さんの家族は毎日のように失敗作のラーメンを食べさせられる日々が
続きました。保存性がよく、工場で量産が可能で、おいしい、そういう線に
到達するまではたいへんな道のりであったようです。
価格もできるだけ安くしようとしたのですが、35円にするのが限界でした。
当時うどん玉が1個6円で買えた時にこの35円という値段には、多くの人
が事業的な成功には否定的でしたが、実際には大ヒットとなり、昭和40年代
へ続く、インスタント文化のさきがけとなったのだそうです。
1999年のインスタトンラーメンの生産量は袋麺20億食、カップ麺30億食の
合計50億食。国民ひとりあたり40個くらいの計算になります。
なお、インスタントラーメンに関する最もよくある誤解は「保存料が入って
るからからだに悪い」というもの。
インスタントラーメンは干し椎茸や高野豆腐などと同じ乾燥食品ですので、
保存料は入っていません。
という訳で私もこの日の朝食は、久しぶりにインスタントラーメンを、タッキーと頂きました。
若い頃お世話になったインスタントラーメン、美味さもひとしおな記念日でした。
「チキンラーメン」を発売しました。一般にこれを世界初のインスタント
ラーメンとしています。
このチキンラーメンを開発したのは、安藤百福さんです。
安藤さんは元々銀行マンだったのですが、戦後の厳しい経済情勢の中で銀行
が倒産、何か仕事をしなければというので、最初自宅の裏庭でインスタント
ラーメンの開発を始めました。
「お湯をかけただけで食べられるようになる」そのコンセプトが実現するま
で安藤さんの家族は毎日のように失敗作のラーメンを食べさせられる日々が
続きました。保存性がよく、工場で量産が可能で、おいしい、そういう線に
到達するまではたいへんな道のりであったようです。
価格もできるだけ安くしようとしたのですが、35円にするのが限界でした。
当時うどん玉が1個6円で買えた時にこの35円という値段には、多くの人
が事業的な成功には否定的でしたが、実際には大ヒットとなり、昭和40年代
へ続く、インスタント文化のさきがけとなったのだそうです。
1999年のインスタトンラーメンの生産量は袋麺20億食、カップ麺30億食の
合計50億食。国民ひとりあたり40個くらいの計算になります。
なお、インスタントラーメンに関する最もよくある誤解は「保存料が入って
るからからだに悪い」というもの。
インスタントラーメンは干し椎茸や高野豆腐などと同じ乾燥食品ですので、
保存料は入っていません。
という訳で私もこの日の朝食は、久しぶりにインスタントラーメンを、タッキーと頂きました。
若い頃お世話になったインスタントラーメン、美味さもひとしおな記念日でした。