Silver linings

カリフォルニアで子育てとか仕事とか。

ジェスチャー様々 2/16 (水)

2005-02-17 12:55:40 | リュウガクジダイ
デスクトップの背景を変える。

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あたたかい日が続いています。いつもどおり、実習。その後は日本語&文化の個人レッスン。今日、視覚障害者の方に道を尋ねられました。

"Is this Boundary street?"
しかしその人が居たのはBoundary st.とNewport st.の交差点。
私"Yeah, Boundary is THIS way."と言いながら思いっきりジェスチャーしている自分に気がつく。(あ、こんなことしても見えてないか・・・)
彼女"Which way?(どっち?)"
私"This way!(こっちです!)"
まだジェスチャーしてる自分。ちが~う!左って言いたいの!
私"On your left!(左側!)" ←かなりぶっきらぼう・・・。
私"Walk to the left!(左に歩いて!)"←落ち着け>自分
私"Yes, you're walking on the Boundary st.(そう、今歩いてるのがBoundaryだよ)"良かった、と思ったのもつかの間、迷いがあるかのように歩みを止めた彼女。
私"Where do you wanna go?(どこ行きたいの?)"
彼女"I'm just trying to figure out which way is quicker to the Griffin st.(Griffin st.へ行くにはどの道が近いのかなって考えてて・・・)"

オーノー、それじゃあ逆方向だよ・・・。

"Oh...then, you should take THAT way.(それならあっちの道だよ)"と言いながらまたジェスチャーしてるし・・・。いいかげんにしろよ>自分

結局また向きを変えてもらって、交差点に戻り、無事道案内を終えました。この出来事で自分が普段いかにジェスチャーに頼っているかということを痛感。

でもね、Albert Mehrabianという心理学者によれば、人間のコミュニケーション活動のうち、言葉によってコミュニケートされるのは全体の7%のみ。実に93%が非言語によるものなのだとか。非言語とは声のトーンや視線、体勢、顔の表情、ジェスチャー、間、沈黙など。びっくりだね~、「言語」を媒介しないメッセージがいかに大切か!

私の怪しい英語でもなんとか暮らせていけてるのはこういうわけ(笑)。
今日はほんと、視覚障害者の方との会話によって、ジェスチャーなしでどれだけのことが伝わるんだろう? どういうふうに導けば良かったんだろうか? 自分の腕をつかんでもらうとか、そのほうが良かったのか? などなど、色々考えさせられました。→そして、4時半からの日本語レッスンに遅刻したよ―。

昨日の続き 2/15 (火)

2005-02-16 13:12:32 | リュウガクジダイ
学校に警察官の導入を、との声も高まっているとのこと。

アメリカの学校はというと・・・。

1番最初に私が実習をしていた中学校には確かに警察官がいました。町の駐在所が中学校の建物内にある、という感じ。地域すべての中学校に1人づつ警察官を置く余裕がなかったのか、その警察官は3つぐらい学校の巡回をかけもちしていました。生徒からもとても慕われていて、学校の雰囲気は良かった。物々しい、ということは全くなし。

2番目に実習をしていた高校では常駐の警察官はいなかったけど、その代わりにたくさんの警備員がいました。生徒数2千人規模の学校で警備員さんが10人ぐらい。ほとんど警察のようなもので、非行の取り締まり、ギャング(日本で言うチーム?まだあるの?チームって。)の調査などもしていた。いつも学校内の所定の位置に居て(無線を携帯)、休み時間の生徒の移動など「早く行け!」と一喝したり、授業中は校内をひたすら巡回。出歩いている生徒には必ず声かけをしてくださってました。喧嘩が起こるとすぐに駆けつけ、素行の悪い生徒のことは先生方よりも詳しかったりします。

3番目の実習先、つまり今の小学校では、警察官も警備員もいません。

問題の多い高校では、空港のセキュリティチェックのような金属探知ゲートをくぐらなければ登校できないようになっている学校もあるんだよね。いつかの日記にも書いたように、武器&ドラッグの所有を警察犬や金属探知機を使って抜き打ちで検査することは珍しくない。

でもさ、アメリカの学校に警察官や警備員がいるのは、外から来る不審者をブロックするためじゃないんだよね。中にいる生徒(だって銃とか剣とか持って来るんだもん)を監視するために配置されているわけだし。コロンバイン高校の事件だって、銃を放った生徒は在校生で、中にいたわけでしょ。

「アメリカのように学校に警察を」との声が日本から聞こえてくるけど、そもそもの導入理由が違うので一概に「そうすれば安全」とは思えないんだけど・・・。安全な響きはする。でも警備員・警察官のいるアメリカの学校だって、「卒業生です」と言って尋ねてきた者を追い返す人はいないでしょうに。

「敵(危険因子)が中にいるから中をしっかり取り締まりましょう!」っていうアメリカと、「敵は外にいていつ何どきどんなふうに学校内に入ってくるのかわかりません・・・」っていう日本。

こりゃあそうとう深刻だ。京都伏見区の小学校、池田小学校、そして今回の寝屋川小学校の事件が残した課題。大きな、大きな課題だと思います。ほんとに。

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今日は幼稚園のクラスでToleranceについて授業した。全学年全クラスに2月中にTolerance(多様性を受け入れ異質なものを認め合うこと)について授業をするのがカウンセラーの仕事でもあるんだけど、Tolerance、この単語、私には発音むずかしいです(泣)。

また 2/14 (月)

2005-02-15 14:57:09 | リュウガクジダイ
大阪の小学校で17歳少年が起こした事件にショックを受けました。現時点で「小学校の時の担任の先生がいじめに遭ったのに助けてくれなかった」という供述を始めたというニュースが入ってましたが、多くはまだ語られず、という感じ。

冷静に事件を受け止めたいと思います。

そんな最中、中山文部科学大臣の「ゆとり教育」脱却表明のニュースも気になるんだわ。また指導要領変わるのかな。現場の混乱が目に浮かびます(今に始まったことじゃないけど)。
・・・寺脇さん(だっけ?)て今何してるんだろう。


バレンタインデー 2/13 (日)

2005-02-14 14:22:26 | リュウガクジダイ
アメリカのバレンタインデー。贈り物をするのは女性から男性へ、とも決まってないし、基本的には男性から女性へ。もっと広げて家族や友達、日ごろお世話になっている人達同士もちょっとした贈り物をし合います。チョコレート、とも決まってないし、お花やカード、お菓子などなんでも良し。

(でも私が日本で高校教師してた頃、生徒達は女友達どうしで盛り上がってたなぁ、そういえば。日本も友達どうしでバレンタインを楽しむ傾向ができつつあるのかな。)

カップル達にとってはアメリカでもこの日はとっても大事な日。クラスメイトは「クリスマスは彼氏と過ごすより家族と過ごしたいけど、バレンタインは恋人同士で過ごすのが当たり前」と。

日本のバレンタイン&ホワイトデーのことを話すとけっこうみんな「ナンだそりゃ?」て感じ。チョコレート戦線のことやら、ホワイトデーなんて日はこっちにはないものね。ちなみに日本のクリスマスのカップル達についても「ナンデ?」て感じ。

そんな明日のバレンタインは…
朝8時半→夜10時まで教育実習+大学授業2コマ
1週間で一番きつい日。おやすみなさーい。

土曜日の学校で。 2/12 (土)

2005-02-13 10:50:28 | リュウガクジダイ
「ほれ、どこにタトゥーしたいの?」スポンジを手に、子どもに聞く。

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土曜日だけど実習先の小学校へ。今日はValentine Carnivalというイベントの日。子ども達の親が学校に集まって、お菓子を焼いたり、ゲームをしたり。お祭りのようなもの。

今期、「学校・家庭・地域のパートナーシップ」が私の実習の大きなテーマ。こういうイベントには顔を出すようにしている(・・・本当はおうちでゆっくり休みた~い!)。でも企画運営の先生達にはふだん助けられているしね。

バレンタイン企画なので、学校はハートのデコレーションがいっぱい。甘~いお菓子の香りもただよって、ボランティアのお母さん達も楽しそう。10時になると、子ども達や家族がゾクゾクと集まり、私がお手伝いをしていた「ハート型のタトゥー」コーナーは大盛況!

私の名前を覚えた子ども達が増えてきて(私の名前はアメリカ人には覚えにくいのよー)
Hi, Miss Ryoko!
と向こうから声をかけるようになった。ふだん学校でもハグを求める子ども達が多いことに、戸惑ってしまう。異文化だねぇ。けど一応「ギュ~」とやっておく(笑)。

昨日の日記に書いた幼稚園生たち(I君S君)のお父さん・お母さんにもお会いできた。普段は校長先生に怒られどおし、学力も懸念されている子達だけど、両親のあいだに挟まれて幼い子どもの顔してました。この先学年を重ねても、両親の愛情が続きますように。

やっぱり教室や授業以外で子ども達に会うと新鮮です。それと今日また新たに色々な先生達と知り合えて良かったです。でも先生方は終了後「あ~疲れた。短い週末を楽しむわ。」と帰って行きました。
今日、土曜日だもんねぇ・・・お疲れさまです。

やれやれ 2/11 (金)

2005-02-12 14:54:30 | リュウガクジダイ
教育実習先の小学校では隔週の金曜日はジーンズデー。先生たちがカジュアルな格好で出勤できる日。私も今日はジーンズで行きました。あ~楽チン♪

今日は先日の日記にあった幼稚園を留年しているE君をカウンセリングオフィスに呼んだ。他にも幼稚園生3人(I君Q君S君)を呼んで計4人で、遊戯療法を取り入れたグループ活動をした。え、この4人を一同に集めるの?チャレンジャーだねぇ!と周りの先生から言われるほど、この4人は揃いもそろって、いわゆる問題児。

これから毎週この4人でグループ活動をしていく。注意力なし、多動、暴力などが彼らの問題。ADHDの芽ってこんな小さい頃から出るのかなぁ???まだ分からないけど。4人とも別々のクラスにいるのだけれど、多動ぶりは一目瞭然。他の子ども達から疎ましがられるほどで、他人とコミュニケーションをとるということもまだ知らない子達だ。

今日は顔合わせと場になじむ(何せ幼稚園生なので!)ということだけが目標だったので、粘土で遊んだりして何事もなく終わり。相手は5歳の子ども達なのに、まだまだカタイ自分。。。幼稚園生の話のトピックもあっちへ飛び、こっちへ飛び、ついていくのに必死だったり(笑)。

夜は、昨日の日本人パーティに持っていったトンカツの余りと、冷蔵庫を見たら、トマト半分、賞味期限間近のお肉、ふちが茶色くなり始めたマッシュルーム1パックがあった。よし、カレーだ!と思ってアメリカに来て初めてカツカレー♪

ウマー

その後、友達とDVD"Breakin' All the Rules"鑑賞。Jamie Foxx主演のコメディ。なんてことない映画なんだけど、アフリカンアメリカン(黒人)が中心に話が進んでいく映画。白人がちょこっと出てくる。観終わった後に白人アメリカンの友達が、ポツリ。
「この映画に出てた白人はみなcrazy peopleとして描かれてる」
あら、そう言えばそうだったわ。黒人が主体で、白人は脇役なんだけど、どのキャラクターもちょっと頭悪そうだったりクレイジーだったり。白人が主体の映画ではよく黒人がそういうふうに描かれるけど、この映画はその逆だわ。そんな皮肉に気がつくと、映画もおもしろい。

one/いち 2/9 (水)

2005-02-10 11:40:03 | リュウガクジダイ
さて今夜もやることがいっぱい!
朝から実習に行って、4時半からいつもどおり日本語の個人レッスン。最近あまり日記に書かないけど、毎週あるのだよ~(泣)。

英語でthis oneやthat oneなどに用いられる不定代名詞のoneはとても便利な表現だけど、今日はそれをそのまま日本語にしてしまった彼。
私「どちらの本が好きですか」の問いかけに対し、
Tim「私はこの一(いち)が好きです」と答えた。

???

一瞬「いちってナンだ?どこから出てきたんだ???」と謎だったが、英語のI like this one.のoneをそのまま訳したと知って納得。日本語の一(いち)は代名詞にはならないの、英語のoneは便利だよね~と流したんだけど。「ある日(one day)」も「1日」と間違うのだろうか。第2言語学習者のまちがいにはそれを裏づけする理由があることが多い。たいがい母国語が干渉しているんだけど。
・・・まちがってまちがって、成長していってくれぃ!私も英語、いっぱい間違ってます。←何年やってんダ。

明日の2コマ分の授業、課題も途中です。リーディングはあと1章を残すのみ(30ページ程だから何とかなる?)、夜は長いぞ、がんばるぞ。

ルームメイトが作ってた昨日のごちそう。またまたチキンスープでした。美味しく頂きました。

うちの子は 2/8(火)

2005-02-09 12:54:48 | リュウガクジダイ
高校や中学校でよく聞いた言葉を、ここ小学校の実習でも耳にする。「え?」最初は信じられなかった。

He is repeating.(彼は留年してるのよ)
She's gonna be retained.(彼女は留年だね)など。

あろうことか、幼稚園で留年?りゅ、留年?
(小学校に幼稚園が付属しているので実習では幼稚園にも行っている私)。

スペリングや数字の認識ができてないという学力的な理由で小学校に入る準備ができていないとみなされ、もう1年幼稚園をくり返している子がいる。アメリカではそれほどめずらしいことじゃないらしいですよ。

(4~5才の子どもの脳の発育を考えると、ものすごい勢いで細胞が発達している時期に、同じところに留まらせて、同じことをくり返させるのって良くないだろうなと個人的には思う。新しい刺激を渇望しているだろうに。)

でも同じことを1年余分にやっているのに、いまだにアルファベットが書けないし、読みも3つぐらいしか認識できない。小文字なんてお手上げ (>_<)/

今日そのお母さんが見えて、カウンセラー、サイコロジスト、校長先生、担任の先生を交えて話し合い。学校側の人間が全員その子の学力の低さを指摘している中、お母さんは1人「あの子はバカじゃない」「家ではちゃんとできるのに」と反論。母強し。両者の言い分はどうであれ、結局子どもの絶対的な味方って最後には親なんだ、と思った。

教育者としての立場から見れば、その子には絶対に何らかの介入が必要なんだろう。学力が他の子よりだいぶ遅れているのも本当だろう。でも、それを否定し「うちの子はバカじゃありません!」と主張する母親の姿が、なぜか、なぜか、美しく見えてしまった。。。

親ってそういうもんなんだろう。家族ってそうあってほしい。家族からも信じてもらえずに堕ちていく子達も少なくないものね。

P.S.
しかし幼稚園のクラスに入って先週と今週ずっと観察していたのだけど、その子は学力だけでなくソーシャルスキルや情緒面でも他の子とだいぶ違うぞ。ということで、金曜日に一緒にカウンセリングオフィスで遊ぶことになった →「グループカウンセリング」という名の遊びだけど。ヒヒ。

P.S.のP.S. 
今夜忙しいのに律儀にブログを更新している自分(汗)。図書館から。今日は中国の旧正月の日で、さっき家に本を取りに帰ったらルームメイトがなんだかご馳走を作っていた。一緒に食べようと言われたんだけど、「明日ね!」と言って出てきた。
―のに、ここでこうしてブログを更新かい。。。

子どもは生きていく 2/7 (月)

2005-02-08 14:14:16 | リュウガクジダイ
Psychopathology(精神病理学)のクラスで教授がおっしゃっていたこと。

「あなた達の中には生徒が学校を卒業してくれればそれで仕事が終わりだと思っている人がいるかもしれません。自分が担任している1年が終われば・・・あるいはこの子達が卒業していけば・・・はぁ~自分の任務は終わった、やれやれ、なんて思うのかもしれません。
でも、Psychopath(精神疾患)の子ども達は一生それと付き合っていかなければなりません。また、学校を卒業した彼らはどこか遠くへ行ってくれるわけではありません。私たちの住む社会の一員になるのです。ひょっとしたら、あなたの家の近所に住んでいるかもしれません。」


教授はそう言って、Psychopath(精神病理)やEmotional Disorder(情動障害)の人々がここバージニア州で起こした数々の事件を列挙した。殺人から軽犯罪まで。

この導入の仕方はちょっとゾッとしたけど、目を背けることのできない事実だし、私に長崎の少年(2003年7月に起きた事件のね)のことを思い出させた。
あの事件を起こした少年はアスペルガー症候群だった。勉強はできるけれど、対人関係に相互性が持てず適切な仲間関係が築けない子だった。彼の担任でそういう彼の問題点を見抜いていた教師もいたのに、改善にはいたらなかった。そしてあの事件が起こった。

「教育者として何ができるでしょう。子ども達が自分の手を離れればそれで自分の任務は終わり、じゃないのです。問題を抱えた子ども達はその後も社会に生き続けるのですから。その子達が障害を抱えながらも生き易い人生をおくれるための教育や治療、そして問題行動の予防を施すことが私たちの使命なのです。」

それはとても難しいことだし骨の折れる仕事だと思う。社会への責任感も強く感じた。でも学校だけがそれを担うのではなく、家庭と地域と社会全体で取り組んでいかないといけないと思った。
そんな夜でした。

※少年は、アスペルガー症候群だったから事件を起こしたのではなく、それを矯正しようとした母親の育て方にも問題があったと言われています。でも、その母親を支えてくれる理解者や一緒に取り組む専門家が地域にいなかったのは悲しいことです。