ルイーズ・ブルジョワ展:地獄から帰ってきたところ 言っとくけど、素晴らしかったわ 続きです。
授乳
出産
ファム・メゾン(女・家)
この絵画シリーズでは、女性が家とひとつになり描かれています。身体はピンク色で頭部がネオ・クラシカル様式の邸宅になった女性や、石造りのマンションと合体して飛び跳ねる女性など、家に守られている一方で閉じ込められている女性の現実を象徴しています。また《、堕ちた女》[ファム・メゾン(女・家)](1946-1947年)に描かれた女性は、家を身体の一部としながら、自由と引き換えに家族というシステムからは除外された存在のようでもあります。ブルジョワは1947年に開催されたニューヨークでの2度目の個展でこれらの絵画を別名で発表しました。1960年代後半にフェミニストのアーティストたちが一連の作品を「女性と家の関係を提起するもの」と、ブルジョワはこのシリーズを「ファム・メゾン(女・家」と改題し、女性解放運動のアイコンとなったのです。
堕ちた女[ファム・メゾン(女・家)]
ヒステリーのアーチ
頭部のない男の身体が弧を描くように反り返っています。モデルは、1980年から2010年にブルジョワが亡くなるまで、助手として公私を支えた
ジェリー・ゴロヴォイで、このブロンズ像は19世紀フランスの神経科医ジャン=マルタン・シャルコー(1825-1893)が研究対象としたヒステリーを題材としています。シャルコーは長年、女性の病とされてきたヒステリーを、その研究成果によって男性も罹患する精神病であることを明らかにしました。ブルジョワは「美しい青年の背中を反らせた無理な姿勢」の彫刻をつくることによって、ヒステリーを起こすのは女性のみであるという固定観念を覆します。本作は、無意識化にある精神的緊張のエネルギーが解放される様子を、身体の動きとして提示しています。
第2章「地獄から帰ってきたところ」では、不安や嫉妬、敵意や殺意、拒絶への不安など、心の内にある様々な葛藤や否定的な感情、そして父との確執などが作品を通して語られる。展示室には、糸巻きにつながった針が刺さった心臓の彫刻《心臓》、人間の頭部を象った《拒絶》など、ブルジョワ自身の苦しみが見る者をも突き刺すような強烈な作品群が並ぶ。
心臓
罪人2番
取り壊された建物から回収された重厚な防火扉が、小さな椅子を囲むようにそそり立っています。椅子はまるで叱責される子どものようで、罪の意識が伝わってきます。遮断された空間には自省を促すように鏡が備え付けられ、数本の矢は「お前が悪さをした」と指差す他者の視線、あるいは行き場を失った子どもの怒りと不満を表現しているようです。
本作は、1990年代前半から始まった「部屋」シリーズのひとつ。独房や隔離所などを思わせる空間に、彫刻や古着、家族との思い出の品を並べました。ブルジョワは、シリーズの制作意図を「苦悩と失望に意味と形を与えるため」とし、「痛みの存在を否定することはできない。それを
和らげることも、言い訳することもできない。私は痛みを見つめ、それについて話し合いたいだけだ」と語りました。これらの作品は抑圧できない心の葛藤を他者と共有するためのすべでもあるのです。
部屋X(肖像画)
金網のケースに置かれた、赤い布でできた人間の頭部が、他者を嘲るかのように口から舌を出しています。一見、相手を侮辱しているように見えるこの行為には、他者とつながりたいという気持ちも含まれているとブルジョワは考えていました。誰かと親密な関係を築きたいという切望と、相手を嫌悪する態度、もしくは拒絶されることの恐れを読み取ることができます。また、ブルジョワにとって、赤は感情の激しさを伝える色であり、その他にも、血、痛み、暴力、恥などを意味しています。
拒絶
どうしてそんなに遠くまで逃げたの
父の破壊
赤く照らされた洞窟のような空間の中央に壇が置かれ、その上に肉片や内臓を思わせるオブジェが散乱しています。夕食で延々と自慢話を繰り広げる横柄な父親に痺れを切らした妻と子どもが、その身体を解体して食すという、ブルジョワが幼い頃に思い描いた幻想を発想源にしています。丸みを帯びたいくつもの突起物は柔らかい身体の部位を連想させ、同時にこの場面を嚙み砕こうとする硬質な歯にも思えます。
ブルジョワは精神分析の治療を受ける過程で、近しい人たちとの複雑な人間関係が、自身の心象風景を形づくる極めて重要なものであることに気づきます。そのなかでも、父親を破壊し、体内に取り込むというカニバリズム的な行為を象徴的に表現することで、抗し難い父親への思いを断ち切ろうと試みたのです。また、肉体が波打つような抽象的な風景と、性的で露骨な身体部位の表現は、1960年代から1970年代前半にかけてラテックスやゴム、石膏などの素材で探求した彫刻表現の集大成といえます。
カップルⅣ
ガラスケースの中で抱き合う頭のない2つの黒い身体は、糸で縫い合わされ、永遠に離れることができません。しかし、大切な相手と一対になることへの幸福感が伝わってこないのはなぜでしょうか。仰向けに横たわる女性が着けている義足が均衡の喪失を象徴し、黒色が悲哀の感情と別離や見捨てられることへの恐怖を暗示しているからでしょうか。
また、ケースに閉じ込められたカップルは、人間関係に伴う息苦しさを表現しながら、他者に依存することの危険性を表現しているように見えます。ブルジョワはふたりの人物が寝そべる「カップル」を多数制作しています。その発想源は両親の行為を目撃してしまった子どものトラウマにあると述べており、混乱という感情もテーマとなっています。
本作のほかにも、ブルジョワは補装具が着けられた人物像を多く制作しましたが、それは第一次世界大戦の帰還兵を目撃した若かりし頃の記憶に起因します。ブルジョワは、自らを度重なる苦境を生き抜いた生存者と考え、手足を失った人々と自身の姿を重ねました。
つづく