前回ちょっとだけ予告した「百子堂」のお皿です
この文様は何かの図録で知ったように思いますが、当時は自分が手にするこのとの出来る品ではないと思っていました

「百子堂」とは、中国の宮廷のことのようで、この文様は会議の様子を図案化したもののようです(全人代会議ですかね・・・)
本歌は明時代の染付の小鉢で、その文様を伊万里で写した訳ですが、この文様は享保あたりから登場するように思われます。
「百子堂」とはいうものの、実際に100人も描かれていようはずもなく、数えてみたら全部で42人でした

この品、小さくて良く判らない落款と、裏の様子から判断して、中期末~後期(寛政~文化・文政期)と思われますが
この文様の品の場合、一般的な平皿という器形が意外に少ないようで、小鉢が一番多く、他には変形皿
あるいは珍品では蓋茶碗なども存在するようです。
伊万里でこれだけ多くの人物を描いた文様は他にありませんので、優品ではないものの、ちょっと面白い品ではあります
この文様は何かの図録で知ったように思いますが、当時は自分が手にするこのとの出来る品ではないと思っていました

「百子堂」とは、中国の宮廷のことのようで、この文様は会議の様子を図案化したもののようです(全人代会議ですかね・・・)
本歌は明時代の染付の小鉢で、その文様を伊万里で写した訳ですが、この文様は享保あたりから登場するように思われます。
「百子堂」とはいうものの、実際に100人も描かれていようはずもなく、数えてみたら全部で42人でした

この品、小さくて良く判らない落款と、裏の様子から判断して、中期末~後期(寛政~文化・文政期)と思われますが
この文様の品の場合、一般的な平皿という器形が意外に少ないようで、小鉢が一番多く、他には変形皿
あるいは珍品では蓋茶碗なども存在するようです。
伊万里でこれだけ多くの人物を描いた文様は他にありませんので、優品ではないものの、ちょっと面白い品ではあります