イザヤ書1:18-20
『「さあ、来たれ。論じ合おう」と主は仰せられる。「たとい、あなたがたの罪が緋のように赤くても、雪のように白くなる。たとい、紅のように赤くても、羊の毛のようになる。
もし喜んで聞こうとするなら、あなたがたは、この国の良い物を食べることができる。
しかし、もし拒み、そむくなら、あなたがたは剣にのまれる」と、主の御口が語られたからである。』
神の選民イスラエルが神との交わりも失い、みことばから離れた生活をし、形式的な礼拝をささげているのを見て、神様は彼らにどんな罪があるのかを聞かせました。
心が鈍くなると罪を罪とも思わないので、それを知らせる必要があります。
彼らが犯した罪の内容です。
イザヤ書1:21-23
『どうして、遊女になったのか、忠信な都が。公正があふれ、正義がそこに宿っていたのに。今は人殺しばかりだ。
おまえの銀は、かなかすになった。おまえの良い酒も、水で割ってある。
おまえのつかさたちは反逆者、盗人の仲間。みな、わいろを愛し、報酬を追い求める。みなしごのために正しいさばきをせず、やもめの訴えも彼らは取り上げない。』
神様の嘆きが受け取れます。
神様の願いは彼らが再び純潔な花嫁になることです。
神様は彼らが神から離れてしまっても彼らに対する愛は何も変わっていませんでした。
彼らを見て心を痛めていました。
罪が多かれ少なかれ主の前に罪を下ろして主のことばに聞き従うならば、罪の問題は解決されることを話しました。
神の愛に答えるためには罪を悔い改めて神からの赦しを受けることです。
【祈り】
主の赦しがある時に、罪を悔い改めます。
《 3分バイブルボイス 》
【ディボーション】聖霊の力によって望みにあふれる:ローマ15章13節