村岡花子エッセイ集
「曲がり角のその先に」
村岡花子
河出書房新社
「赤毛のアン」の翻訳者、村岡花子さんのエッセイ集で、1940年代~1960年代に書かれたものが集められています。内容は家庭のこと、社会のこと、映画や文学のことなど多岐にわたっていますが、その中の「歌と糧」というエッセイにとても共感したのでご紹介します。
「朝、ラジオから美しい曲が流れ出している。シューマンの「トロイメライ」の旋律である。聴いていると、胸をしめつけられる思慕のやるせなさにおそわれる、と言ったところで誰を懐かしみ哀しむのでもない、それは遠く過ぎ去った若い日への追憶の哀愁に堪えがたい思いがするだけである。麻布の丘の学校の寮に私は十年の年月を暮した。」(本文より)という文章で始まり、寄宿舎での夕方の自由時間によくピアノの「トロイメライ」が聴こえていたので、この曲を聴くと若い頃の喜びや悲しみや怒りや、さまざまな感情がよみがえってくる、というような内容でした。これを読んだ時に「そうそうそう!」と私にも同じような曲があることを思い出したのです。私の聴くと胸がしめつけられる曲はベートーヴェンの交響曲第6番「田園」の1楽章です。私の通っていた中学では、朝の学活が始まる前に毎日「田園」が流れていたのです。中学に入学したばかりで不安と緊張でいっぱいいっぱいだった時、毎日聴いていたからでしょう。「田園」の出だしを聴くと不安で物悲しい気持ちになります。頭に浮かんでくるのは田園風景ではなく、真新しい制服を着て緊張している自分やともだちの姿なのです。そこから広がって中学時代を思い出し、感傷的になったりしてしまいます。きっとみなさんにもそういう曲がありますよね。
高齢者の方へのコンサートで「ふるさと」を演奏すると、涙ぐんで聴いてくださる方がおられます。きっと子どものころや若い頃のさまざまなことを思い出されているんだろうと思います。音楽の力ってすごいですね!
このエッセイ集、私が生まれる前に書かれた文章ではありますが、とても自然に読むことができました。興味のある方はぜひ読んでみて下さいね。