高須台 渡辺 ピアノ/オカリナ教室

大人から子どもまで楽しく

影絵・朗読・邦楽による「そのとき、星は輝く」

2020年02月22日 | 日本の音楽

 東区民文化センター主催の「ノートジャパンの邦楽ノート」、毎年楽しみにしていましたが、今回が最終回だそうです。私は、影絵を上演するようになったここ数年の公演しか知らないのですが、邦楽の魅力をプロの演奏と斬新な切り口で紹介するサロンコンサートとして、2000年にスタートしたそうです。

 最後となる今日の公演は、「そのとき、星は輝く」と題して、宮沢賢治の「よだかの星」の物語を軸にしたお話しでした。影絵と朗読と音楽(邦楽)がうまく絡み合って、物語の中に引き込まれていくようでした。物語と音楽のコラボにはとても興味があるのですが、音楽の入るタイミングやお話しと音楽のスピード感などをあわせるのが難しいと感じています。タイミングが悪いと、物語の世界から現実へ引き戻されてしまうからです。しかし、うまくいった時には物語を2倍、3倍楽しめるように思います。

 「ノートジャパンの邦楽ノート」は今回で終わりですが、邦楽の魅力を伝える新しいコンサートが今年から始まるそうです。その名も「きらり★邦楽」。第1回目は7月3日(金)19:00〜 「細棹三味線の魅力」で、気軽に楽しめる邦楽のサロンコンサートだそうです。興味のある方はぜひ!

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わらべうた

2013年08月12日 | 日本の音楽

 最近、わらべうたの絵本をいろいろと探しています。「おはなしころころ」で、8月の勉強会は「わらべうた絵本」をテーマにしよう!ということになり、すでに10冊ほど図書館で借りました。見てみると、私の全く知らないわらべうたや、途中までは知っているけど後半は全く知らないわらべうた、私の知っているのと似ているけど、ちょっと違うわらべうたなどがたくさんありました。これはほんの氷山の一角でしょうから、なんとたくさんのわらべうたが昔から歌い継がれてきたことか・・・。私の知っているのと似ているけど、ちょっと違うわらべうたというのは、きっと地域によって少しずつ違うのでしょう。また、時代によって少しずつ変わってきてもいるでしょうから。
 わらべうたで音楽教育を始めると良いと書いている本を読んだことがあります。どんな本だったか覚えていないのですが、「わらべうたは音が少なく子どもが歌いやすい音域で、しかも楽しく遊びながら歌うものなので、音楽教育の導入に良い」というようなことが書いていたと思います。こどもは楽しいことはすごい勢いで吸収していくので、なるほど!と思ったのでした。
 今の子どもたちも、わらべうたで遊ぶのが大好きですよね。以前、小学校の軽度の知的障害を持った子どもたちのクラスで、リコーダーアンサンブルのミニコンサートをしたことがありました。プログラムの中にわらべうたのコーナーを設け、演奏にあわせて一緒に遊んだりしたのですが、それはそれは楽しそうでした。「とうりゃんせ」で、歌の最後で捕まらないように必死で駆け抜けるこどもたちの顔が忘れられません。楽しく遊びながら、基本的な音感や身体能力、先のできごとを想像する力などいろいろなことを学んでいるんですね。

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日本の作曲家

2013年05月21日 | 日本の音楽

 そろそろ6月16日に開催する発表会のプログラムの準備をしなければと思い、出演者と演奏曲と作曲者を書き出してみました。毎年のことですが、とっても有名な曲なのに作曲者を知らなかった!という曲があるんですね。(私が無知なだけなのかもしれません・・・)今年は「宵待草」の作曲者をはじめて知りました。竹久夢二の作詞というのは知っていたのですが、作曲者はだれだろう?と思って見てみると、「多忠亮」とかいています。「ん?なんて読むのだろう?タ チュウリョウ 、オオイ チュウリョウ いやいや違うだろう」(なぜか彫刻家の佐藤忠良さんが浮かんできて、忠亮をチュウリョウとしか読めない私)。調べてみると、オオノタダスケと読むのだそうで、明治28年生まれで大正から昭和にかけて活躍したヴァイオリニスト・作曲家だそうです。多家は宮内省式部職楽部所属の雅楽のお家柄だそうです。
 考えてみれば、1800年代生まれの日本の西洋音楽作曲家は、山田耕筰と滝廉太郎ぐらいしか知らなかったのです。だれもが知っているうた「たなばた」の作曲者、下総皖一の名前も2年前に知ったばかり・・・。小さい頃からあたりまえのように知っていた歌については、改めて作曲者はだれだろう?と考えたことがなかったんですね。今年もまた1つ勉強になりました。 

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日本歌曲

2013年03月29日 | 日本の音楽

 昨年末だったと思いますが、「金子みすゞ詩による童謡歌曲集 ほしとたんぽぽ」(中田喜直作曲)をオカリナで演奏したのをきっかけに、中田喜直さんの歌曲をはじめ、日本歌曲をオカリナで吹くことに喜びを感じている今日この頃です。高校生の時に買った日本歌曲集2冊をひっぱり出して、音域的にオカリナでも吹けそうな曲をいろいろと吹いてみています。「さくら横丁」(加藤周一 作詞、中田喜直 作曲)、「花のまち」(江間章子 作詞、団伊久磨 作曲)、「花林(まるめろ)」(杉浦伊作 作詞、畑中良輔 作曲)、「母」(竹久夢二 作詞、小松耕輔 作曲)、「ゆりかご」(平井康三郎 作詞、作曲)、「椰子の実」(島崎藤村 作詞、大中寅二 作曲)など、オカリナで吹いても素敵でした。どれも昔から私の好きな歌ばかりです。私の好きな歌は、オカリナの音色によくあうということでしょうか?きっと、オカリナのような素朴でやさしい音色がにあうような歌が、昔から好きだったのでしょうね。
 ピアノ伴奏を自分で弾いて録音し、その伴奏にあわせてオカリナを吹いているのですが、ピアノ伴奏がどの曲もすてきです。ピアノを弾いて喜びを感じ、それにあわせてオカリナをふいてまた喜びを感じる、一人で二人分楽しむことができるなんて、なんて幸せなんでしょう!日本歌曲はたくさんありますから、全く知らない曲にも挑戦していきたいですね。まずは、6月16日のミニコンサート(生徒さんの発表会)で「ほしとたんぽぽ」より2曲演奏する予定ですので、お楽しみに!

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日常語になった雅楽用語

2013年02月22日 | 日本の音楽

 私たちが日頃なにげなく使っている言葉で、雅楽用語からきた言葉が結構たくさんあるそうです。「ほぅ、なるほど」と思うような言葉があっておもしろかったので、少しご紹介します。いずれも「雅楽ー僕の好奇心」(東儀秀樹 著 集英社新書)より引用させていただきます。

 打ち合わせ   
 

 平安時代から江戸時代まで京都、奈良、大阪(四天王寺)には、楽人のための「楽所(がくそ)」があり、それらの総称を「三方楽所(さんぽうがくそ)」とよんだ。三方の楽人たちが宮中に召されて演奏する際に、微妙な演奏法の違いを調整するために、前もって打楽器から約束ごとを取り決めた。つまり、太鼓類などの打ち方を合わせることから「打ち合わせ」という言葉ができたという説がある。
 また、楽人たちがリハーサルを行うときに、管楽器、絃楽器の順にあわせていき、最後に打楽器(打ち物)を合わせるということからできた言葉だという説もある。この最後の全員が揃う、打ち物も加わったリハーサルのことを、「打ち合わせ」というのである。

オツ

 渋くてカッコイイことを「オツだねぇ」といったるする。雅楽では高めの音を「甲音」と呼ぶ。たとえば、朗詠の「二ノ句」の歌い出しの高い音は甲音で表記される。この甲音に対して、低めの音を「乙音」と呼んでいる。音が低い、声が低いということは「渋い」という意味にも使われていたらしく、「おっ、渋いねぇ」が、「オツだねぇ」という表現に転化したらしい。

頭取

 銀行の頭取という名称も、雅楽用語が語源となっている。管絃の演奏の各パートのリーダー(主奏者)を「音頭(おんどう)」というのだが、(リーダーとなって)音頭(おんど)を取るといういい方はそこからきたものだ。頭取は、その音頭取りからきている。

左ぎっちょ

 雅楽に「打球楽」という曲がある。平安時代に、ゴルフのように棒で球を打つ貴族の遊びがあったのだが、それが様式化されて「打球楽」という舞になったのである。本当にゴルフのドライバーのような形をしたばちを持って舞うのだが、そのばちのことをギッチョウ(毬杖、球杖などと書く)と呼ぶ。右手に持って舞う決まりになっているギッチョウを、ある日、舞人のひとりが左手に持って舞ってしまった。「おまえ、それは左手にギッチョウじゃないか」とみんなに指摘され、以来、左利きを「左ぎっちょう」ー「左ぎっちょ」と呼ぶようになったといわれている。

他のもまだまだたくさんあるようですが、興味のある方は本を読んでみてくださいね

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