二人の母
ドーソンヴィル伯爵夫人(アングル 1845年 フリック・コレクション ニューヨーク)
「泉」の実物を鑑賞することができた私は、この画家の品格ある作品群に強い関心を持っている。心を包み込むような雰囲気は永遠に愛されることと思う。
小学校での各種の店の部屋割りと担当者等が決まり、いよいよ開店の日が近づきました。地元商工会は二部屋割り当てられ、品数としては小さなスーパー並みになり、この企画に賛同する地元の層も厚くなりました。ということで、報酬を目当てとしないボランティアの協力を得ることもできました。事務所の部屋も出来上がり、所長として古賀画伯が就任することになりました。そんなある日、郁子さんから電話がありました。
モデルを頼まれたんです、京子さんから。
ああ、独立展の作品ですね。
そうです。
いい話じゃないですか。ぜひ引き受けてください、私からもお願いします。
前後してご免なさい。もう始まってます。
あっ、そうですか。
数枚下絵を描いて、その中から決めるそうです。
そうですか。いろいろな構想を練ってますね。しかし彼女はもう実力は認められています。もちろん彼もです。・・・それで彼はどういう・・・。
ご主人は、お孫さんを抱いたポーズのお母さんです。
それもいいですね。
それで・・・。
なんですか。
いや、その下絵の中にセミヌードもあるんです。
えっ。
別に抵抗はありません。その絵柄が選ばれても私は構いません。
・・・。
いろいろなポーズをとっているとき、京子さんが突然、貴女はどこかでお目にかかったことがあるような・・・、とか仰ったんです。
えっ。
いや、はっきり言いますと、誰かに似ているとか、そんな・・・。
似ている。誰にですか。
画家の独特な勘でしょうか。
もっと具体的に仰ってください。
ある舞台女優の名前を上げたんです。
誰ですか。
中村仙女さんです。
中村仙女・・・。いや、私は演劇に疎いので初めて聞く名前ですが。
画家としても活躍されています。
道理で・・・。
ええ、画家だから余計に京子さんは意識されたかも知れません。
で、その似ているということがどうだと言うんですか、京子さんは・・・。
いや、それ以上何も仰いません。
そうすると、私に電話かけてきたのは・・・。
ご免なさい、個人的なことで電話までして・・・。
いや、いいですよ。
私はその方の子どものような・・・。
えっ、家を出られたお母さんはその方という・・・。
小さいころ父が私にちらとそのようなことを言ったような記憶が・・・。だから借金のことで家出したというのは作り話で、同居はしてなかったようです。冴子さんによくしていただいて、私は自然にお母さんだと思い込んでいました。・・・京子さんの口から中村仙女という名前を聞いて、反射的に私が動揺しました。そう言えば十分な収入がないお父さんが私を育ててこられたのもそのお方の影の心遣いがあったからではと思いはじめました。・・・私は冴子さんだけがそういう心遣いをしてくださっていると思っていました。でも、冴子さんも絵の商売をなさっていますから、おそらく二人で連絡をとっておられたのではないかと思います。
舞台女優という立場上、表に出ることはできなかった・・・。
そうだと思います。
昨日、私宛にお金が送られてきました。
えっ、お金が・・・。
全く違う名前だったですが、これはお母さんに違いありまんせん。新しい仕事で使ってくれと書いてありました。
二人の母・・・。私はそう言いかけて、その言葉を飲み込みました。
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ドーソンヴィル伯爵夫人(アングル 1845年 フリック・コレクション ニューヨーク)
「泉」の実物を鑑賞することができた私は、この画家の品格ある作品群に強い関心を持っている。心を包み込むような雰囲気は永遠に愛されることと思う。
小学校での各種の店の部屋割りと担当者等が決まり、いよいよ開店の日が近づきました。地元商工会は二部屋割り当てられ、品数としては小さなスーパー並みになり、この企画に賛同する地元の層も厚くなりました。ということで、報酬を目当てとしないボランティアの協力を得ることもできました。事務所の部屋も出来上がり、所長として古賀画伯が就任することになりました。そんなある日、郁子さんから電話がありました。
モデルを頼まれたんです、京子さんから。
ああ、独立展の作品ですね。
そうです。
いい話じゃないですか。ぜひ引き受けてください、私からもお願いします。
前後してご免なさい。もう始まってます。
あっ、そうですか。
数枚下絵を描いて、その中から決めるそうです。
そうですか。いろいろな構想を練ってますね。しかし彼女はもう実力は認められています。もちろん彼もです。・・・それで彼はどういう・・・。
ご主人は、お孫さんを抱いたポーズのお母さんです。
それもいいですね。
それで・・・。
なんですか。
いや、その下絵の中にセミヌードもあるんです。
えっ。
別に抵抗はありません。その絵柄が選ばれても私は構いません。
・・・。
いろいろなポーズをとっているとき、京子さんが突然、貴女はどこかでお目にかかったことがあるような・・・、とか仰ったんです。
えっ。
いや、はっきり言いますと、誰かに似ているとか、そんな・・・。
似ている。誰にですか。
画家の独特な勘でしょうか。
もっと具体的に仰ってください。
ある舞台女優の名前を上げたんです。
誰ですか。
中村仙女さんです。
中村仙女・・・。いや、私は演劇に疎いので初めて聞く名前ですが。
画家としても活躍されています。
道理で・・・。
ええ、画家だから余計に京子さんは意識されたかも知れません。
で、その似ているということがどうだと言うんですか、京子さんは・・・。
いや、それ以上何も仰いません。
そうすると、私に電話かけてきたのは・・・。
ご免なさい、個人的なことで電話までして・・・。
いや、いいですよ。
私はその方の子どものような・・・。
えっ、家を出られたお母さんはその方という・・・。
小さいころ父が私にちらとそのようなことを言ったような記憶が・・・。だから借金のことで家出したというのは作り話で、同居はしてなかったようです。冴子さんによくしていただいて、私は自然にお母さんだと思い込んでいました。・・・京子さんの口から中村仙女という名前を聞いて、反射的に私が動揺しました。そう言えば十分な収入がないお父さんが私を育ててこられたのもそのお方の影の心遣いがあったからではと思いはじめました。・・・私は冴子さんだけがそういう心遣いをしてくださっていると思っていました。でも、冴子さんも絵の商売をなさっていますから、おそらく二人で連絡をとっておられたのではないかと思います。
舞台女優という立場上、表に出ることはできなかった・・・。
そうだと思います。
昨日、私宛にお金が送られてきました。
えっ、お金が・・・。
全く違う名前だったですが、これはお母さんに違いありまんせん。新しい仕事で使ってくれと書いてありました。
二人の母・・・。私はそう言いかけて、その言葉を飲み込みました。
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