「母」の死
夜雨(フリー画像より)
県立病院での諸検査の結果、網膜、視神経の大きな異常は見当たらないという所見でした。だからと言って無罪放免ではありません。見えないということには変わりがないので、精神科も含めて、多方面から検査が繰り返されました。通常の患者ではないといことは医師たちにとって格好の研究材料のようで、連日いろいろな医師が私を診察したり、検査したりしました。仕舞には私はくたくたになってしまい、もう止めてください !! と叫びました。妻も疲れ果てたようで、私をなだめる言葉も途切れがちになりました。
娘たち夫婦も何度か見舞いに来てくれました。ご縁市場の関係者、新阿国座の関係者も何人か見舞いに来てくれました。仙女さんも来てくれました。彼女は、今に新しい世界が開けます、と言いました。それはどういう意味ですか、と私は尋ねました。今に分かるはずです。彼女はそう言っただけで帰って行きました。
入院してから数日後、私の暗闇の世界に少しばかり異変が生じました。上の方から何か雨粒のようなものが無数に降ってきました。私の中にその雨粒が溜まっていくような感覚がありました。その雨に包まれているうちに、どこからとなく男の声が聞こえてきました。何を言っているのか定かではありません。しかし、どこかしら聞いたことのある声質でした。・・・ああっ、お父さんだ。そう心の中で呟きました。父と同じ状況。・・・そうだ、父が私を暗闇に呼び出したに違いない。お父さん、どこにいるの。そう呟いても返事はありませんでした。
やがて、母のような声が聞こえました。しきりに招いているような仕種も幽かに見えました。ああっ、お母さん。どこにいるの。私が呼びかけると、今度は別の女の声が聞こえました。私は、貴方に告げたはず。私が死んだら、貴方に何かが起こると。不自由で邪魔なものが貴方にとりついてしまった。いいですか、これから私の代わりにお父さんやお母さんとお話をしてください。ただし、暗闇の世界にいないとその声は聞こえません。貴方のお父さんもそうでした。目が見えないからこそいろいろな声を聞くことができたのです。その暗闇から聞こえてくる声は、過去の事ばかりではなく、未来のことも含まれる。そうです。私の代わりにそのお告げをいろいろなお方に伝えてください。・・・貴方は間もなく目が見えるようになり、普通の人間に返ります。私を信じてください。・・・目が見えるようになる。ほんとですか。私がそう言った時に電話のベルが鳴りました。
畝本さん、お電話です。・・・その声とともに看護師の姿がぼんやりと見えました。畝本さん、目が回復しましたか。・・・受話器を手渡しながら看護師は驚いた様子でそう言いました。
・・・みたいです、今のところ。・・・私はそう言いながら受話器を受け取りました。
畝本ですが、どなたでしょうか。
先生の執事です。
ああ、分かりました。で、・・・。
あの、先生が・・・お亡くなりになりました。
ええっ !! お母さんが・・・。
そうです。数日前です。貴方に先生のすべての力が乗り移りました。これからは私は先生の言いつけ通り、貴方を支えます。
支える。
そうです。お仕えします。先生のお言いつけですから。
止めてくれ !!
いや、先生のお言いつけですから。
私に付きまとっても私は何にも貴方に上げらけない。
いや、結構です。先生に以前頂きました。これからお邪魔にならないように付かず離れずお助け致します。とくに暗闇の世界にお入りになったときはすぐさまお導き致します。どうかご安心ください。
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夜雨(フリー画像より)
県立病院での諸検査の結果、網膜、視神経の大きな異常は見当たらないという所見でした。だからと言って無罪放免ではありません。見えないということには変わりがないので、精神科も含めて、多方面から検査が繰り返されました。通常の患者ではないといことは医師たちにとって格好の研究材料のようで、連日いろいろな医師が私を診察したり、検査したりしました。仕舞には私はくたくたになってしまい、もう止めてください !! と叫びました。妻も疲れ果てたようで、私をなだめる言葉も途切れがちになりました。
娘たち夫婦も何度か見舞いに来てくれました。ご縁市場の関係者、新阿国座の関係者も何人か見舞いに来てくれました。仙女さんも来てくれました。彼女は、今に新しい世界が開けます、と言いました。それはどういう意味ですか、と私は尋ねました。今に分かるはずです。彼女はそう言っただけで帰って行きました。
入院してから数日後、私の暗闇の世界に少しばかり異変が生じました。上の方から何か雨粒のようなものが無数に降ってきました。私の中にその雨粒が溜まっていくような感覚がありました。その雨に包まれているうちに、どこからとなく男の声が聞こえてきました。何を言っているのか定かではありません。しかし、どこかしら聞いたことのある声質でした。・・・ああっ、お父さんだ。そう心の中で呟きました。父と同じ状況。・・・そうだ、父が私を暗闇に呼び出したに違いない。お父さん、どこにいるの。そう呟いても返事はありませんでした。
やがて、母のような声が聞こえました。しきりに招いているような仕種も幽かに見えました。ああっ、お母さん。どこにいるの。私が呼びかけると、今度は別の女の声が聞こえました。私は、貴方に告げたはず。私が死んだら、貴方に何かが起こると。不自由で邪魔なものが貴方にとりついてしまった。いいですか、これから私の代わりにお父さんやお母さんとお話をしてください。ただし、暗闇の世界にいないとその声は聞こえません。貴方のお父さんもそうでした。目が見えないからこそいろいろな声を聞くことができたのです。その暗闇から聞こえてくる声は、過去の事ばかりではなく、未来のことも含まれる。そうです。私の代わりにそのお告げをいろいろなお方に伝えてください。・・・貴方は間もなく目が見えるようになり、普通の人間に返ります。私を信じてください。・・・目が見えるようになる。ほんとですか。私がそう言った時に電話のベルが鳴りました。
畝本さん、お電話です。・・・その声とともに看護師の姿がぼんやりと見えました。畝本さん、目が回復しましたか。・・・受話器を手渡しながら看護師は驚いた様子でそう言いました。
・・・みたいです、今のところ。・・・私はそう言いながら受話器を受け取りました。
畝本ですが、どなたでしょうか。
先生の執事です。
ああ、分かりました。で、・・・。
あの、先生が・・・お亡くなりになりました。
ええっ !! お母さんが・・・。
そうです。数日前です。貴方に先生のすべての力が乗り移りました。これからは私は先生の言いつけ通り、貴方を支えます。
支える。
そうです。お仕えします。先生のお言いつけですから。
止めてくれ !!
いや、先生のお言いつけですから。
私に付きまとっても私は何にも貴方に上げらけない。
いや、結構です。先生に以前頂きました。これからお邪魔にならないように付かず離れずお助け致します。とくに暗闇の世界にお入りになったときはすぐさまお導き致します。どうかご安心ください。
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