帰 郷
中原 中也
柱も庭も乾いてゐる
今日は好い天気だ
縁の下では蜘蛛の巣が
心細さうに揺れてゐる
山では枯木も息を吐く
あゝ今日は好い天気だ
道傍の草影が
あどけない愁みをする
これが私の故里だ
さやかに風も吹いてゐる
心置きなく泣かれよと
年増婦の低い声もする
あゝ おまへはなにをして来たのだと……
吹き来る風が私に云ふ
私という電信柱に囁きかけるのは、いつもの風の言葉。そうです。「あゝ おまへはなにをして来たのだ」と言うのです。私は何もこの詩人の詩句に酔い痴れている訳ではありません。毎日風に吹かれて突っ立っていますと、心の中で自ずと湧き上がってくるのです。野良犬が足元にしょんべんをかけて立ち去るときも、風は野面を吹き渡っていきます。ああ、寂しい。誰か私の友達になってくれないだろうか。おい、おい、お前は一人だからこそ電信柱でいられるのだ。二三本かたまっている電信柱なんて見たことがないぞ。内なる声が聞こえてきました。
私には唯一の情報源があります。それは電線から伝わってくる誰かの声です。まるで糸電話のような感じですね。ああ、今も聞こえています。隣町の誰かが死んだようです。ああ、それから、赤ん坊が生まれたという便りも昨日聞きました。・・・美しい人に会いたい。今度はそんな他愛ないことも思って、耳を澄ましていました。
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柱も庭も乾いてゐる
今日は好い天気だ
縁の下では蜘蛛の巣が
心細さうに揺れてゐる
山では枯木も息を吐く
あゝ今日は好い天気だ
道傍の草影が
あどけない愁みをする
これが私の故里だ
さやかに風も吹いてゐる
心置きなく泣かれよと
年増婦の低い声もする
あゝ おまへはなにをして来たのだと……
吹き来る風が私に云ふ
私という電信柱に囁きかけるのは、いつもの風の言葉。そうです。「あゝ おまへはなにをして来たのだ」と言うのです。私は何もこの詩人の詩句に酔い痴れている訳ではありません。毎日風に吹かれて突っ立っていますと、心の中で自ずと湧き上がってくるのです。野良犬が足元にしょんべんをかけて立ち去るときも、風は野面を吹き渡っていきます。ああ、寂しい。誰か私の友達になってくれないだろうか。おい、おい、お前は一人だからこそ電信柱でいられるのだ。二三本かたまっている電信柱なんて見たことがないぞ。内なる声が聞こえてきました。
私には唯一の情報源があります。それは電線から伝わってくる誰かの声です。まるで糸電話のような感じですね。ああ、今も聞こえています。隣町の誰かが死んだようです。ああ、それから、赤ん坊が生まれたという便りも昨日聞きました。・・・美しい人に会いたい。今度はそんな他愛ないことも思って、耳を澄ましていました。
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