姫神さま、お願いがございます。さやかはリスに姿を変え、神の森の木に登りながらそう言いました。私は、息を潜めて聞いていました。
「おおっ、忠実なさやか、お前の気持ちにはずっと前から気づいていました。では、改めて述べてみるがよい」
姫神はさやかをすっかり信頼している様子でした。
「ご覧になっている通り、今日は父を連れて参りました。父についてのお願いです」
「承知している。さ、はっきりと述べてみなさい」
「ありがとうございます。・・・ご存知の通り、父は長らく麓の里の田舎道で電信柱として精一杯仕事をしてきました。最近は近くに姉が木となって父のお世話をしています。その甲斐あって、父は少しずつ木に変わりつつあります。いずれ、大きな樹木となって引き続き仕事を続けていくと思います。私はその姿を見ていて、命を与えられたことを喜んでいました。・・・しかし、私は元の大人として再び生きて欲しいのです。お願いです。姫神様のお力で元の人間に返していただけませんでしょうか。私の現世には父がいましたが、早死いたしました。私も病気だったのですが、父の霊がが治してくれました。母は元気で過ごしいます。母はことの経緯を少しも知りません。いや、その方がいいのです。母には私たちのすべてを知らせない方がいいと思っています。・・・どうか、私の願いを叶えてください」
「・・・分かりました。私の心の奥にその願いを収めておきます。ただ、一つ聞きたいことがあります。父の姿を人間に変えたとして、それからどうするのです。また危うい道を進んでいくかも知れない」
「いや、そういうことは絶対にないと信じます。精一杯生きて、幸せな家庭を築いていくとおもいます」
「ほほう、立派です。父を心底信じていますね」
「ありがとうございます」
「ただ、さやか、・・・すぐにそう出来るものではありません」
「姫神様、それはどういう意味でございますか ?」
「しばらくこの森で他の樹木と一緒に過ごしてほしい。・・・お姉さんも一緒がいい」
「分かりました。しかし、森への移動は難しいかと・・・。また、電信柱の代わりは・・・」
「さやか、たやすいことです。すぐに移しましょう」
姫神様は、やおら両手を高く掲げて祈りました。すると、周囲の樹の中から、たくさんの神々が姿を現しました。
「いいか、先ほどの話、しかと聞いていたと思う。すぐさま実行してほしい。・・・丁重に、丁重に」
従者の姫神たちは、音もたてずに素早く森の外に出て行きました。
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