腹切る契り
「よいか胡蝶、これからそなたと交わるのは情を交わすのではない。腹切る契りを結ぶのだ。」
源吾が諭すように言った。
「はい。」
見上げて胡蝶丸が頷いた。彼には難しい事はわからなかったが、それが覚悟を確かめる儀式と思えた。
「今生最後、あなた様を見届けて死にとうございます。」
源吾のすべてを記憶に残して死にたいと胡蝶丸が望んだ。源吾は頷くと、横たわり目を閉じた。
身体の隅々までも指を這わし唇を這わした。男の全てが逞しかった。肉のすべてが厚く頼もしく、心強かった。縮れた草も菊の蕾もふぐり袋も確かめた。叢(くさむら)にそそり立つ中心に指を伸ばした。口に含むと懐かしい匂いがした。すべてがここから始まったと思った。口いっぱいに放たれた精水はこの人の命そのものだった。飲み下して身内に入れたあの時、命の記憶までもが注がれた気がした。あの時にすべてが定まったのだと思った。
引き締まった腹に唇を押し当てた。まもなくここは切り裂かれ血にまみれる。源吾の傍らで自分が腹を切る姿を思い描いた。この人は私と死ぬために戻ってきてくれた、私と切腹するために。苦しくても男として、自分も腹を切らねばならぬ。最後に優しく口をつけて別れを告げた。
源吾は身体を開いて愛撫を受けた。胡蝶丸の身体が上を這い、薄い胸も尻も無惨に切り裂かれる腹も、華奢で細い身体の全てが目の前を通り過ぎる。間もなくこの身体が腹を切る。胡蝶が悶え苦しむ姿を思い描いた。いかに望むとはいえ無惨とも思う。自分が死ぬる苦痛など何ほどのこともないように思えた。
男の印を含まれ、昨夜からの記憶を辿る。腹に唇をつけられて腹切る激痛を思った。源吾の記憶が蘇る。死ぬる覚悟を誓いながら熱棒に契り貫かれた。
「そなたは衆道者として腹切り果てねばならぬ。」
俺はあの時、確かに腹切り死ぬると誓った。この時やっと全てが見えた気がした。死ぬる予感が、衆道の契りを思い出させたに違いない。俺はきっと導かれてここにいる。この若者に腹切らせて、俺も衆道者として腹を切らねばならぬ。
「胡蝶、もうまかせよ。」
源吾が抱きしめて言った。胡蝶は身をゆだね、上から組み伏せられ開かれた。
「胡蝶よ、色稚児であったことを忘れよ。契りを受けよ。」
源吾はまっすぐに見た。胡蝶は頷いて目を閉じた。
しばらく源吾は動かなかった。
胡蝶が目を開ける。源吾が見下ろしていた。
「胡蝶よ、共に腹切り死のうぞ。」
握った手に力を込めた。
「はい。お連れ下さい。」
見上げて大きな手を握り返した。
「さあ、貫いてくだされ。」
促すようにもう一度頷いて、胡蝶は目を瞑って大きく脚を開いた。
心も身体もすべてを開きゆだねていた。グググッと深くも一気に貫かれ、狂うたように叫び声を上げた。男同士が交わるとはこういうことだったのかと初めてわかった気がした。押し広げられる痛みが快感だった。胡蝶はもっと深く強くと叫んでいた。柔らかい身体がいっぱいに折り曲げられ開かれていた。
「お願いです、そのまましばらく・・・。」
源吾が動きを止めて見下ろした。菊門を押し開いて、腹の中まで届いた男の先が内襞(ひだ)を探っているのがわかる。覆いかぶさる圧倒的な肉体に包み込まれ、呑み込まれてしまう様に思った。二つの身体が今一つに結ばれていると実感できた。自分の男根が二人の間にそそり立っている。胡蝶はそれに手を添えた。
「切腹を・・・、必ず・・・。」
胡蝶が見上げて言うと源吾が頷いた。指の中ではち切れそうに膨れる肉の刃を握り締める。
ゆっくりと抽出が始まった。名を呼ばれ、名を呼んだ。何度も呼ばれそれに応えた。ただ一途に貫かれている感動に魂が震え、果てる予感に身体が震えた。逆巻く海が目の前にあった。飲み込まれて頭の中が真っ白になる。胡蝶丸は甘美な苦痛と死を体感していた。すべての雑物が消え、腹切る誓いを確かめた。男として散るために、今魂が凝縮しようとしていた。生命のすべてが激しく燃焼し、死に向かって駆けた。
抱きしめられ、股間が密着し震えていた。今注がれると思った。固くも結ばれ、刺し貫く剣(つるぎ)が一気に膨張し、熱水が身体の中心に迸(ほとばし)った。狂うたように手がしごいた。胡蝶が咆哮を上げる。握る刃が命を噴き上げた。
すべてを解き放ちすべてをゆだねていた。恍惚と満ち足りた気分だった。大きな手が優しく肌を慰め抱いた。細い指は名残り惜しげに肉を這った。
「胡蝶よ、此の世などはひと時の夢。よいか、そなたはもう色稚児ではない、わしと契った武家念者ぞ。武家の衆道は死ぬる契り、ともに腹切りて死に、次の世までも永劫離れまい。」
固くも深く結ばれた余韻を確かめ、胡蝶丸は涙を止められなかった。もう自分は一人ではないと思った。源吾の腹を撫でさすり、腹切る決意を込めて自分の腹を撫でた。すでにもう未練とてなく、死ぬることなど怖くなかった。今このように死ねることが幸せとさえ思えた。今は疑いも迷いもなく、これが自分の運命と確信した。
窓から差す月の光の中で、静かに至福の時が流れていた。