続・切腹ごっこ

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衆道者(もの)奇談 稚児の腹切り 三

2005-12-05 | ◆小説・kiku様

 切腹宿願

山のあちこちに小さな宿坊修行場が点在している。いずれは四方から攻め登られて焼かれようが、二人だけの時を過ごせれば充りた。空が白み始める頃、二人は打ち捨てられた宿坊に入った。
「疲れたであろう。しばらく休もう。」
源吾が太刀を抱いて板の間隅に座り込むと目を瞑る。側に添うて若者が腰に手を回した。

どれほど眠ったものか、源吾が目覚めるともう日は高く、すでに若者はいなかった。昨夜の事を思い出す。『二人だけで死ぬるか』などと、女ならまだしも、初めての色稚児にどうしてあんな事を言ったものか。直前まで落ちる術を考えていながら、どうかしていると自分でも思う。しかしあの時、なぜか俺はあの若者が愛しくて、ああ言わずにはいられなかった。『遠くからお慕い申しておりました』と彼は言った。あの稚児は何者であったのか。どうしただろう、逃げたのか。
若者が入って来る。昨夜の稚児とわかるまでしばらくかかった。身なりも昨夜のそれとは違っていた。
「お目覚めでございますか。よう眠っておられましたので、戻って食べるものなどを少しばかり。」
昼間に見る彼は屈託もなく笑って普通の若者に見える。夜の顔を思い出そうとしたが今は素面、あの妖艶さは窺えなかった。年齢はと思う。昨夜は幼くも見えたが十六、七にもなっていようか。
「そなた、歳は?」
「もう十六になりました、稚児というにはもはや・・・。」
声までが違うように思えた。世慣れた様(さま)は、生きてきた世凌ぎをしのばせ、それ以上は訊けぬ雰囲気を感じさせた。習い性になっているのか、さすがに気が行き届いて世話をする。知らずに会えば夜の顔など思いも寄らぬ。言葉や物腰も、どこにもいる律儀な若者としか見えなかった。それでやっと気がついた。昼の顔では目立たぬがこの若者は見かけた顔、源吾はすれ違うばかりで気も止めなかった。

「裏に井戸が。汗をお流しなされては。」
周囲を木立に囲まれて木々の間から裾野が広がっている。まだ日差しは強かったが、木陰を流れる風は、もう夏も終わろうとする爽やかさを感じさせた。近くで戦があるとは思えぬのどかさだった。
汗と埃にまみれたものを脱ぎ捨て、源吾が水をかぶると側から若者が垢をこそぎ落とした。身体に残る傷痕を、一つ一つ確かめるように指でなぞり由来を訊く。笑って答えずに源吾は身体を預けて立っていた。厚い胸、引き締まった腹と尻、太い脚、すべての筋肉が鍛えられ張り締まって、恥部を隠そうともせず立つ姿は頼もしく見えた。
「様子はどうであった。」
「ふもとの砦がまた落ちたとか。皆酷い殺されようだそうでございます。明日にも四方から攻め寄せられるとの噂でございました。」
「もうひとたまりもあるまい。死人の山であろうな。」
他人事のように源吾はつぶやいた。
尻の谷間を洗われて男根が反応を示した。顔を見合わせて二人が目で笑う。
「昨夜は世話をかけた。そなたも脱ぐがいい、背を流してやろう。」
若者はしばらく躊躇い、何度も促されて裸になり背を向けて立った。細い腕と脚、なで肩で尻も小さい。荒事に向いていないのは一目でわかる。女かと思えるほどの白い肌、夜目には妖艶とも見えた身体が、明るい日の下では頼りなげに見えた。
「背を流してもらうなど・・・、初めてでございます。」
前を向かせると、恥ずかしそうに前を手で隠していた。
「恥ずかしがることもなかろう。互いに舐め合うた仲ではないか。」
笑いながら水を頭からかぶすと、彼も嬉しそうに笑った。初めて見る笑い顔は、明るく好もしかった。立たせて水をかけてやる。
「面白いものだ、この細い身体で道具はわしよりも立派なものを下げておる。」
見比べながら源吾が面白そうに笑った。若者のそれは、濃い繁みから堂々と垂れていた。ひ弱さと男の証しが不思議な均衡を感じさせた。源吾は隅々までも拭ってやった。若者の汗の匂いが鼻腔をくすぐる。彼は抗いもせず、黙って源吾から目を離さなかった。
「この身体が間もなく虚しゅうなるとはな。無惨な・・・。」
「死なねばならぬなら、腹切りとうございます。」
独語のように若者が言った。
「健気(けなげ)なことを・・・。苦しいであろうが。」
「せめて最期は男子(おのこ)として恥ずかしゅうなく果てたいもの。私には無理でございましょうか。」
顔に真剣な想いがこもっていた。
「私は幼い頃より、男らしくは生きられませなんだ。せめて最期はと・・・。」

源吾は不思議なものを見るように若者を見た。
「男子として恥ずかしゅうなく果てたいとか・・・。」
以前に自分も同じ言葉を言ったことがある。同じことを考え、果たせなかった。この時彼はこの若者に自分との運命を感じた。
「この腹を切ろうというのか・・・。」
若者の腹に指を這わす。筋肉を感じさせず脂肉もない薄い腹だった。指で押すとはらわたの弾力さえも感じられた。中央の窪みはきれいな形をしていた。すぐ下には濃い草むらと男の印がある。昨夜のことを思い出して手が伸びる。印を握って顔を上げた。
若者は源吾から目を離さずに立っていた。
「切れるか。」
「はい。」
それだけ言って若者は頷いた。源吾は彼の手を取って自分のものを握らせた。無言で細い身体を抱き寄せる。

そうだ同じだ、あの時あの人は同じように抱いてくれた。同じに訊かれて同じ答えをした。この若者はあの時の俺だ。俺を抱いた胸は逞しく、指の中で男根は膨れ上がり固くなった。汗の匂いと、はち切れるように盛り上がった肉の感触を思い出した。
「源吾、死を怖れてはならぬ。腹切り男子として果てよ。」
あの人は俺の前で腹を切った。震える肉と流れ出す血が美しかった。最期に俺と目を合わせて首を落とされた。血が噴き上げ、目の前にあの人の首が転がった。俺はその時恐怖に襲われた。周囲の人たちが次々と腹に刃を突き立てた。女さえもが見事に腹を切った。呻く声と血の匂い。死に遅れてはならぬ。見下ろす腹にあてた刃が震えた。男として果てねばならぬという思いと、死ぬる恐怖とが闘っていた。胸の中に抑えていた記憶が蘇った。

心地よい風が流れて、せせらぎの音が聞こえていた。遠くでのどかに山鳥が鳴いた。源吾のものを握って、腕の中に若者がいた。
「いかに苦痛激しくとも死ぬるは一度、ひと時のこと。腹切りて死ねば男として最期を飾れようが。」
「共に死んで下さいますのか。」
源吾は答えなかった。若者は源吾の肉棒を握り導き、刃のごとくゆっくりと自分の腹に這わした。源吾も彼のそれを握って下腹にあてる。互いに目を見て離さなかった。握り締める男根が硬度を増して腹を突く。交差させ互いに己の腹に這わした。差し違えているように覚えて、源吾は握る指に力を込めた。
源吾はその時この若者を愛しいと思った。悶え苦しむであろうが、せめて望みのままに死なせてやりたい。この若者と共に自分も腹切り果てたいと思った。魂が呼び合うとはこのようなものかとおぼろげに感じていた。
握り合い見詰め合って立ち尽くしていた。指の中で男根が膨れ上がり、互いの腹に命水が弾け散った。遠くで地鳴りのような戦(いくさ)の音が聞こえてきた。山に木霊する砲声も二人の耳にはもう入らなかった。貪り合うように口を吸いもつれ合った。