2011年12月30日 今日から我が家は旅に出る。
年末年始の計画を、ああでもない、こうでもないと考えていた秋のある夜。 『そうや。 せっかくやから、今年の正月は京都に行ってみるか!』
今年から大学生になった次男が京都に下宿しており、狭いながらもそこに長男一人なら泊まることができる。 探してみると、その下宿からちょうど良い距離の場所に、安い旅館も見つけることができた。
『よっしゃ、これで決まりや! 京都の正月、どんなんか、楽しみやなあ』 妻と長男は、次男の下宿に行ったことがあるのだが、私は初めてなのである。
***
もう十年ほど前になるが、私が横浜に単身赴任していた時、家族を呼び寄せて横浜で年末年始を過ごしたことがあった。 みなとみらいでのカウントダウンや、中華街のお正月などなど、広島とは違う年末年始の雰囲気を堪能することができ、今でも家族の良い思い出になっているのだ。
こうして家族の想い出が、一つ一つ増えていく。
知らない土地で過ごす年末年始。 本当に楽しみだなあ。
***
30日の夕方、広島から新幹線で京都へ。 京都からは在来線で次男の待つ駅へ。
息子二人は下宿で待たせ、妻と二人でまずはタクシーで宿に向かい、チェックインを済ませる。
ここからは、歩いて下宿まで。
暗い夜道を歩くこと、約40分で到着。 近いもんだ。
『お待たせ。 じゃあ、どっか飯でも喰いにいこか。 おススメのとこ、あるんか?』 聞いてみると、時々学校の友達と行くという串カツ屋さんがあるとのこと。
『じゃあ、そこにしよ』
さすが関西圏。 二度浸け禁止のソースがたっぷり入った入れ物が出てくる。 『へえ、やっぱり違うのう』
友達と来た時には、さすがにみんなそんなに余裕がある訳ではないようで、全員が予算を気にしながらケータイで計算しつつ注文しているんだと聞き、(『おうおう、そうか。 スマンノウ。 たっぷり仕送りできんけえ、苦労掛けるよのう』と心の中で呟きながら)『今日は、遠慮のう食べえよ』
***
でもまあ、自宅を離れての下宿生活というのはそんなもんなんかもしれんのう。
私自身、東京で暮らしていた大学時代、お昼ご飯は学食でご飯とコロッケ、サラダをセレクトしたものを、勝手に180円定食と名付けて毎日毎日食べていたし、お金がない時は近くのスーパーで買った100円のカップラーメンで晩ご飯を済ませていたこともある。
たまに寮で飲む320円のサッポロの瓶ビールは本当に贅沢だったし、たまに新宿や渋谷、吉祥寺で友人と飲むのはとびきり最高の一時であった。
今でも忘れないが、近くの酒屋で買った一升が確か800円くらいの日本酒(?)を、安い安いと喜んで寮に持ち帰って飲んだ時は、コップ一杯飲むと頭が痛くなり、『なんじゃこの酒は! メチルか?』と驚いたこともあった。
また、当時住んでいた寮に広島時代からの友達が来たとき発した最初の言葉は、『なんか、ビジネスホテルみたいな部屋やのう』
そう、当時私はあまりモノを持っておらず、部屋にあったのは、炬燵兼用のテーブルと、引っ越してから購入した中古の木製勉強机、その上にはラジカセと電気スタンド、そして本、本、本。 後は、押し入れに入るだけの布団とウエアだけであったのだ。 これぞ本物のシンプルライフ? ああ、懐かしき良き時代よ!!!
ジーンズといえば、当時府中の駅近くにあったジーパン屋さんで、たまに傷物B級品(確か当時で一本千数百円)を買うのが楽しみだった。
テレビは大学4年になってから、ようやく近くの質屋さんで中古の白黒小型テレビを購入し、文化的な生活?が始まったが、卒業する直前には勝手にボリュームが大きくなってスイッチを切らざるを得ないという情けない品物。
テレビを買うまで夜の友はラジオ。 覚えているのは、当時人気だった工藤静香がDJをしている番組なんかを聞いていたこと。 でもたまに、寮の友人達と寮の共有スペースで麻雀をした時には、その部屋にはテレビがあったのでオールナイトフジを見ながらみんなで盛り上がったのを覚えているなあ。
その頃から好きだった旅は、テントを大学や友人から借りての、中古のバイクでの貧乏キャンプツーリングだったけれども、それはそれでとても楽しかったし、今でも良い想い出になっている。
そう、野田知佑も言っているではないか。 『さて、諸君、ここまで教えたからにはすぐ今からパドルを握って野に出たまえ。 暖衣飽食は老人にまかせて、少し辛いがスリルに満ちた荒野を一人で漕いで行きたまえ。 あらゆる面白いこと、そして沢山の苦難が諸君の上に振りかかることを祈る』 そう、全ての経験には意味があるのだ!
***
大学生活や部活動の事など、いろいろな話を聞きながら、久し振りの再会の時を楽しんだ。 『あー腹一杯じゃ。 じゃあ、そろそろ帰ろうかの』
下宿でしばしゆっくりした後、妻と私は嵐電で宿の最寄りの駅まで戻り、そこから歩いて十分ちょっとで宿へ。
『あー、なかなかええ一日じゃったのう。 じゃあ、おやすみ』
***
2011年12月31日 今日は、初めて京都で過ごす大晦日である。
朝、宿を出て今日も歩いて次男と長男が待つ下宿へ。
この宿は、二人で三泊、素泊まりで約2万5千円と格安。 そのせいか、お客さんの多くは外国からの観光客であるが、下宿には歩いて行ける距離だし、部屋は広くてきれいだし、なかなか良い宿を見つけることができた。
途中にコンビニがあるのだが、なんだか雰囲気が違う。
屋根や看板、広告塔の色が普段目にするものとは異なり、入ってみると店内の照明も少し抑えめ。 やはり周りに由緒あるお寺や神社が多いこの地区では、外観にかなり気を使っているようだ。 納得。
少し先には『仁和寺』が。
以前次男の下宿に来た時に観光でこのお寺にも来たという妻が、『ここ、すごく良い感じよ。 ちょっと入ってみる?』 『じゃあ、ちょっと行ってみようか』
立派な門。 迫力のある仁王様。 門を入ると広くて整然と整備された敷地。 『おお、京都のお寺さんは立派やなあ。 こんな広いんか。 驚きや』
『ここ、またゆっくり来ようや』
***
下宿に到着すると、次男にキッチンとトイレ&バスの大掃除を頼まれているという妻は、さっそく作業を開始。 私は家族を残して『じゃあ、ちょっと散歩してくるわ』
好天の京都の大晦日。 街は正月の準備で活気がある。
少し歩くと、『北野天満宮』 参道は、屋台の準備で忙しい。 なるほど、今日の夜からが稼ぎ時だ。
さすがに大晦日の午前中は、参拝する人も数えるほどで、一足お先にお参りを済ませる。 『2011年もいろいろあったが、まあ終わってみれば、ええ年やった。 今年一年、ありがとうございました』
***
北野天満宮を出ると、パワーストーンがあるという『平野神社』へ。
ここは、ほとんど人がおらず、静かにお参りができた。
***
平野神社から少し歩くと、息子が通う大学。
門の所に居られた守衛さんに『ここ、入っても大丈夫ですか』 『いいですよ。 休みですから建物は全部閉まってますが。 どうぞ』 『ありがとうございます』
閑静な高級住宅地の一角を占める、大きなキャンパス。 たしか、『鴨川ホルモー』のロケでも使われていた。
冬休みで人気のないキャンパスを歩いてみると、なかなか良い雰囲気である。 『へえ、こんな所で勉強してるんだ。 うらやましい』
***
たっぷりと1時間半ほど歩いて下宿に戻ると、妻はまだ掃除中。 『ねえ、悪いけど、レンジフードとスリッパ買ってきて』
(『えー、息子二人下宿に居るのに、なんでわしがいかなあかんねん』と心の中でつぶやきながら)『はいはい。 行ってくるよ』、と再び歩いて近くのスーパーへ。
昼前にようやく掃除が終り、家族で大晦日の買い出しに行く事になった。 クリスマスプレゼントとお年玉を兼ねて欲しいものがあるという次男のリクエストに応えるため、京都駅周辺まで行く事に。
駅まで行く途中には、『妙心寺』 これまた仁和寺とは違う雰囲気を持つが、やはり広大な敷地を持つ立派なお寺である。
『お前、こんなええ場所が近くに一杯あるなんて、ほんまうらやましい学生生活じゃのう』 『ほうかね。 自分じゃ分からんよ』 『お前のう。 こんなんは、卒業して引っ越してから、後で分かるもんなんよ。 今のうちにたっぷり楽しめよ』 『うん、確かにそうかもしれんねえ』
お昼ご飯を食べて駅に向かう途中、地元の小さなお蕎麦屋さんで、年越し蕎麦を売っていた。
見ると『ニシン蕎麦』が。 さすが関西圏や。 うちじゃあ、毎年天婦羅ソバに決まっとる。 『よっしゃあ、わしは今年はニシン蕎麦で年越しや!』
***
京都駅周辺での買い物も無事終え、夕方から少し近所を散策。
『お、zoom zoom やて! どっちが古いんかなあ?』
朝チェックした、仁和寺へ。 息子達はここに入るのは初めてなんだとか。
夕日に映える五重塔。 大晦日の静かな雰囲気は、なかなか好いものだ。
帰りには、次男が好きだという近所の豆腐屋さんへ。 ざる豆腐、湯葉、木綿豆腐、プリンなどなどを購入。
***
大晦日の準備を終えた後は、家族で近くの銭湯へ。
さすがに、ワンルームのユニットバスに浸かる気にはなれない。 久し振りに、長男、次男と一緒に入る風呂。
1年の疲れを大きなお風呂にのんびり浸かって癒し、さっぱりさっぱり! 『あー、気持ち良かった』
夜は彼の下宿で大晦日のささやかな宴。
『今年一年、お疲れさまでした』と私はビールをゴクリ、ゴクゴク。 『プハーッ、やっぱ旅先で飲むビールは最高に美味いなあ』
近所で購入した豆腐も美味い。
息子二人はキツネ蕎麦、妻は天婦羅ソバだが、私の〆はもちろんニシン蕎麦で年越しである。
11時半過ぎ。 『じゃあ、今日は帰るわ』と、近くの嵐電の駅から電車に乗り、昨日と同じ駅で降りて宿へ。
少し大きな交差点に近付くと、神社がある。 時刻は11時55分。 『お、せっかくやから初詣していこか』
12時になる前にお参りしたのでは『初詣』にはならないので、時計をみながら12時を待つ。 近くの若い娘達からも、『あと30秒』、『あと15秒』と聞こえてくる。
12時を過ぎると、それまでひっそりとしていた地元の小さな神社にも人が集まり始めた。 私たちは、12時1分頃に初詣を済ませ、静かで暗い道を宿へと向かう。
***
『いやあ、お疲れさん。 ああ、今年もええ年やった。 明日はいよいよ京都の正月やな、楽しみや。 じゃあ、おやすみなさい』 今日は、朝から晩まで歩き通し。 後で、最近買い替えたケータイの機能として付いている万歩計を見てみると、今日の歩数はなんと2万9千歩。 『疲れたはずじゃあ。 ほんま、よう歩いた歩いた』
『あるくみるきく』2011年の〆は京都。 こりゃあ最高の〆やないか! 終わりよければ全て良し。 シャンシャン!!!
年末年始の計画を、ああでもない、こうでもないと考えていた秋のある夜。 『そうや。 せっかくやから、今年の正月は京都に行ってみるか!』
今年から大学生になった次男が京都に下宿しており、狭いながらもそこに長男一人なら泊まることができる。 探してみると、その下宿からちょうど良い距離の場所に、安い旅館も見つけることができた。
『よっしゃ、これで決まりや! 京都の正月、どんなんか、楽しみやなあ』 妻と長男は、次男の下宿に行ったことがあるのだが、私は初めてなのである。
***
もう十年ほど前になるが、私が横浜に単身赴任していた時、家族を呼び寄せて横浜で年末年始を過ごしたことがあった。 みなとみらいでのカウントダウンや、中華街のお正月などなど、広島とは違う年末年始の雰囲気を堪能することができ、今でも家族の良い思い出になっているのだ。
こうして家族の想い出が、一つ一つ増えていく。
知らない土地で過ごす年末年始。 本当に楽しみだなあ。
***
30日の夕方、広島から新幹線で京都へ。 京都からは在来線で次男の待つ駅へ。
息子二人は下宿で待たせ、妻と二人でまずはタクシーで宿に向かい、チェックインを済ませる。
ここからは、歩いて下宿まで。
暗い夜道を歩くこと、約40分で到着。 近いもんだ。
『お待たせ。 じゃあ、どっか飯でも喰いにいこか。 おススメのとこ、あるんか?』 聞いてみると、時々学校の友達と行くという串カツ屋さんがあるとのこと。
『じゃあ、そこにしよ』
さすが関西圏。 二度浸け禁止のソースがたっぷり入った入れ物が出てくる。 『へえ、やっぱり違うのう』
友達と来た時には、さすがにみんなそんなに余裕がある訳ではないようで、全員が予算を気にしながらケータイで計算しつつ注文しているんだと聞き、(『おうおう、そうか。 スマンノウ。 たっぷり仕送りできんけえ、苦労掛けるよのう』と心の中で呟きながら)『今日は、遠慮のう食べえよ』
***
でもまあ、自宅を離れての下宿生活というのはそんなもんなんかもしれんのう。
私自身、東京で暮らしていた大学時代、お昼ご飯は学食でご飯とコロッケ、サラダをセレクトしたものを、勝手に180円定食と名付けて毎日毎日食べていたし、お金がない時は近くのスーパーで買った100円のカップラーメンで晩ご飯を済ませていたこともある。
たまに寮で飲む320円のサッポロの瓶ビールは本当に贅沢だったし、たまに新宿や渋谷、吉祥寺で友人と飲むのはとびきり最高の一時であった。
今でも忘れないが、近くの酒屋で買った一升が確か800円くらいの日本酒(?)を、安い安いと喜んで寮に持ち帰って飲んだ時は、コップ一杯飲むと頭が痛くなり、『なんじゃこの酒は! メチルか?』と驚いたこともあった。
また、当時住んでいた寮に広島時代からの友達が来たとき発した最初の言葉は、『なんか、ビジネスホテルみたいな部屋やのう』
そう、当時私はあまりモノを持っておらず、部屋にあったのは、炬燵兼用のテーブルと、引っ越してから購入した中古の木製勉強机、その上にはラジカセと電気スタンド、そして本、本、本。 後は、押し入れに入るだけの布団とウエアだけであったのだ。 これぞ本物のシンプルライフ? ああ、懐かしき良き時代よ!!!
ジーンズといえば、当時府中の駅近くにあったジーパン屋さんで、たまに傷物B級品(確か当時で一本千数百円)を買うのが楽しみだった。
テレビは大学4年になってから、ようやく近くの質屋さんで中古の白黒小型テレビを購入し、文化的な生活?が始まったが、卒業する直前には勝手にボリュームが大きくなってスイッチを切らざるを得ないという情けない品物。
テレビを買うまで夜の友はラジオ。 覚えているのは、当時人気だった工藤静香がDJをしている番組なんかを聞いていたこと。 でもたまに、寮の友人達と寮の共有スペースで麻雀をした時には、その部屋にはテレビがあったのでオールナイトフジを見ながらみんなで盛り上がったのを覚えているなあ。
その頃から好きだった旅は、テントを大学や友人から借りての、中古のバイクでの貧乏キャンプツーリングだったけれども、それはそれでとても楽しかったし、今でも良い想い出になっている。
そう、野田知佑も言っているではないか。 『さて、諸君、ここまで教えたからにはすぐ今からパドルを握って野に出たまえ。 暖衣飽食は老人にまかせて、少し辛いがスリルに満ちた荒野を一人で漕いで行きたまえ。 あらゆる面白いこと、そして沢山の苦難が諸君の上に振りかかることを祈る』 そう、全ての経験には意味があるのだ!
***
大学生活や部活動の事など、いろいろな話を聞きながら、久し振りの再会の時を楽しんだ。 『あー腹一杯じゃ。 じゃあ、そろそろ帰ろうかの』
下宿でしばしゆっくりした後、妻と私は嵐電で宿の最寄りの駅まで戻り、そこから歩いて十分ちょっとで宿へ。
『あー、なかなかええ一日じゃったのう。 じゃあ、おやすみ』
***
2011年12月31日 今日は、初めて京都で過ごす大晦日である。
朝、宿を出て今日も歩いて次男と長男が待つ下宿へ。
この宿は、二人で三泊、素泊まりで約2万5千円と格安。 そのせいか、お客さんの多くは外国からの観光客であるが、下宿には歩いて行ける距離だし、部屋は広くてきれいだし、なかなか良い宿を見つけることができた。
途中にコンビニがあるのだが、なんだか雰囲気が違う。
屋根や看板、広告塔の色が普段目にするものとは異なり、入ってみると店内の照明も少し抑えめ。 やはり周りに由緒あるお寺や神社が多いこの地区では、外観にかなり気を使っているようだ。 納得。
少し先には『仁和寺』が。
以前次男の下宿に来た時に観光でこのお寺にも来たという妻が、『ここ、すごく良い感じよ。 ちょっと入ってみる?』 『じゃあ、ちょっと行ってみようか』
立派な門。 迫力のある仁王様。 門を入ると広くて整然と整備された敷地。 『おお、京都のお寺さんは立派やなあ。 こんな広いんか。 驚きや』
『ここ、またゆっくり来ようや』
***
下宿に到着すると、次男にキッチンとトイレ&バスの大掃除を頼まれているという妻は、さっそく作業を開始。 私は家族を残して『じゃあ、ちょっと散歩してくるわ』
好天の京都の大晦日。 街は正月の準備で活気がある。
少し歩くと、『北野天満宮』 参道は、屋台の準備で忙しい。 なるほど、今日の夜からが稼ぎ時だ。
さすがに大晦日の午前中は、参拝する人も数えるほどで、一足お先にお参りを済ませる。 『2011年もいろいろあったが、まあ終わってみれば、ええ年やった。 今年一年、ありがとうございました』
***
北野天満宮を出ると、パワーストーンがあるという『平野神社』へ。
ここは、ほとんど人がおらず、静かにお参りができた。
***
平野神社から少し歩くと、息子が通う大学。
門の所に居られた守衛さんに『ここ、入っても大丈夫ですか』 『いいですよ。 休みですから建物は全部閉まってますが。 どうぞ』 『ありがとうございます』
閑静な高級住宅地の一角を占める、大きなキャンパス。 たしか、『鴨川ホルモー』のロケでも使われていた。
冬休みで人気のないキャンパスを歩いてみると、なかなか良い雰囲気である。 『へえ、こんな所で勉強してるんだ。 うらやましい』
***
たっぷりと1時間半ほど歩いて下宿に戻ると、妻はまだ掃除中。 『ねえ、悪いけど、レンジフードとスリッパ買ってきて』
(『えー、息子二人下宿に居るのに、なんでわしがいかなあかんねん』と心の中でつぶやきながら)『はいはい。 行ってくるよ』、と再び歩いて近くのスーパーへ。
昼前にようやく掃除が終り、家族で大晦日の買い出しに行く事になった。 クリスマスプレゼントとお年玉を兼ねて欲しいものがあるという次男のリクエストに応えるため、京都駅周辺まで行く事に。
駅まで行く途中には、『妙心寺』 これまた仁和寺とは違う雰囲気を持つが、やはり広大な敷地を持つ立派なお寺である。
『お前、こんなええ場所が近くに一杯あるなんて、ほんまうらやましい学生生活じゃのう』 『ほうかね。 自分じゃ分からんよ』 『お前のう。 こんなんは、卒業して引っ越してから、後で分かるもんなんよ。 今のうちにたっぷり楽しめよ』 『うん、確かにそうかもしれんねえ』
お昼ご飯を食べて駅に向かう途中、地元の小さなお蕎麦屋さんで、年越し蕎麦を売っていた。
見ると『ニシン蕎麦』が。 さすが関西圏や。 うちじゃあ、毎年天婦羅ソバに決まっとる。 『よっしゃあ、わしは今年はニシン蕎麦で年越しや!』
***
京都駅周辺での買い物も無事終え、夕方から少し近所を散策。
『お、zoom zoom やて! どっちが古いんかなあ?』
朝チェックした、仁和寺へ。 息子達はここに入るのは初めてなんだとか。
夕日に映える五重塔。 大晦日の静かな雰囲気は、なかなか好いものだ。
帰りには、次男が好きだという近所の豆腐屋さんへ。 ざる豆腐、湯葉、木綿豆腐、プリンなどなどを購入。
***
大晦日の準備を終えた後は、家族で近くの銭湯へ。
さすがに、ワンルームのユニットバスに浸かる気にはなれない。 久し振りに、長男、次男と一緒に入る風呂。
1年の疲れを大きなお風呂にのんびり浸かって癒し、さっぱりさっぱり! 『あー、気持ち良かった』
夜は彼の下宿で大晦日のささやかな宴。
『今年一年、お疲れさまでした』と私はビールをゴクリ、ゴクゴク。 『プハーッ、やっぱ旅先で飲むビールは最高に美味いなあ』
近所で購入した豆腐も美味い。
息子二人はキツネ蕎麦、妻は天婦羅ソバだが、私の〆はもちろんニシン蕎麦で年越しである。
11時半過ぎ。 『じゃあ、今日は帰るわ』と、近くの嵐電の駅から電車に乗り、昨日と同じ駅で降りて宿へ。
少し大きな交差点に近付くと、神社がある。 時刻は11時55分。 『お、せっかくやから初詣していこか』
12時になる前にお参りしたのでは『初詣』にはならないので、時計をみながら12時を待つ。 近くの若い娘達からも、『あと30秒』、『あと15秒』と聞こえてくる。
12時を過ぎると、それまでひっそりとしていた地元の小さな神社にも人が集まり始めた。 私たちは、12時1分頃に初詣を済ませ、静かで暗い道を宿へと向かう。
***
『いやあ、お疲れさん。 ああ、今年もええ年やった。 明日はいよいよ京都の正月やな、楽しみや。 じゃあ、おやすみなさい』 今日は、朝から晩まで歩き通し。 後で、最近買い替えたケータイの機能として付いている万歩計を見てみると、今日の歩数はなんと2万9千歩。 『疲れたはずじゃあ。 ほんま、よう歩いた歩いた』
『あるくみるきく』2011年の〆は京都。 こりゃあ最高の〆やないか! 終わりよければ全て良し。 シャンシャン!!!