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ドーハの朗報

2022年11月25日 | 日記

 23日、サッカー日本代表が4度の優勝経験を誇るドイツ代表に2―1で逆転 勝ちして、翌朝から報道が一斉にそのニュースを流し、1993年(平成5年)の「ドーハの悲劇」が「ドーハの奇跡」「ドーハの歓喜」と呼び騒いでいました。

 1993年といえば、現在の天皇、皇后両陛下がご結婚の年で、さきがけ・新生・日本新党ら、非自民連立政権・細川内閣が発足、55年体制が崩壊しました。また、大相撲の曙(あけぼの)が横綱へ昇進した年でもありました。

 「ドーハの悲劇」では、日本はイラクと対戦し、結果は2-2の引き分けで、得失点差で2位の韓国に及ばず、最終予選3位に転落した結果、本大会への出場はできなく、後に「ドーハの悲劇」と語り継がれたのでした。

 「ドーハの悲劇」を経験した森保監督は記者会見で、歓喜しているサポーターたちの歓声も聞える中で、始まったばかりで「次の相手国との対戦に備える」と明言し、冷静な態度が報じられました。

 さて、選手やサポーターの着衣の色はブルーを採用しているのですが、諸説 あるようです。1930年の国際大会での優勝がきっかけのようで、シンボルの八咫烏の採用は、明治時代に中村覚之助が東京高等師範学校(現:筑波大学)で蹴球部を創設し、日本にサッカーを広めたことから、彼の出身地にある熊野那智大社が、神の使いとして八咫烏を崇めていたことからのようです。

 カタールの首都ドーハで、再び「ドーハの奇跡」が起き、ブルーの着衣が舞い上がる「ドーハの歓喜」が起きることを願い、テレビを見ながら応援します。

                                                 

   江戸町奉行・大岡越前守忠相旧邸の門、【三河】岡崎市大平町西上野95-3の陣屋跡

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